第76話 第3章2 その森、異変アリ
囚われてより数日。
シャルールは違和感を感じていた。
それは森の部族という “ 存在 ” をよく知らなくても、彼らの “ 存在 ” そのものが不自然と断言できてしまうほどだった。
「(……最初はオーガ、その次はオーク、その次が
最初こそ、森の部族とはこういうものなのだろうと思っていた。
けれどシャルールの所に
それどころか森林の奥深くを生活圏とするには似つかわしくない種族が多すぎる。
彼女は不意に小屋の壁の僅かな隙間から外を覗いてみた。
「(村の中も……うん、なんなんだろコレ、ガラの悪そうなのばっかり。それに……変異的なのも…多すぎるよね、明らかに?)」
例えばちょうど見える範囲内へと能天気にテクテク歩いてくる1匹のゴブリン。
手足が、骨折した後にズレてくっついたかのような
目の上のまぶたも、その下に眼球がある分を考えたとしても異常な盛り上がり方をしているし、頭頂部の皮膚の一部が、真上に向かって角が生えているかのように変形している。
もちろん普通のゴブリンに角などない。
「(…うん、子供の件は見送って正解だわ。どってことないし別にかまわないけども、この村ちょっと怪しすぎる。でも…そしたらどうしようかなぁ……あんまり悠長にしてらんないし、長くかかっちゃうと村の誰かが心配して森に入ってきちゃうよ)」
なるべく彼らに捕えられない方がいい―――はっきりとした根拠はないものの、この村はとにかく異様に過ぎる。
ガタン、ギィィイ…
「ギャッギャッギャ、やっとオレらの番だぜぇ。可愛がってやるからよぉ、ヨロシク頼むぜぇ? ウヒャウヒャヒャァッ♪」
そもそも当然の良識からして、こうして訪問してきた女性を有無を言わさずに捕らえて辱めるなんて普通はしない。
「…はいはい。ほら、さっさとしてよ面倒なんだから」
今回小屋に来た連中は
樹木がそのまま亜人となったかのような見た目をしており、ようやく樹海に関係ありそうな種族がお目見えした感じだが、やはり不自然だった。
「(|小樹人(エントス)…って、かなり生活環境に厳しい種族じゃなかったっけ? それにあの姿…この辺の森じゃ合わなさそうなのに)」
本来エントスは、自分達と似た植物が多く生息する環境を好み、生活圏を厳選する種族である。
ところがこのエントス達は、あきらかにこの大森林どころかアトワルト領内には生息していなさそうな、もっと熱い地域の熱帯系樹木のような見た目をしていた。
そこまで考えて、シャルールは少しだけピンとくる。
「(あ、……他所から来た、とか? もしかしてこの村の人達…)」
ありえない話ではない。
ロズ丘陵は外部からすれば昔から深入り厳禁の地だ。森林外には、森林の中が今どうなっているのか詳しい事情を知る者はいない。
もし元々いた森の住人達を他所から来た者が排除し、住み着いていたとしても誰も気付かないだろう。
スケベ心満点で身体をまさぐってくるエントス達の相手をしながらも、シャルールの意識は彼らではなく、自らの思考の方へと傾倒する。
何か良くないことが起こっている気がムクムクと沸き立ってきて、彼女は今のこの状況に似つかわしくない難しい表情を浮かべながら考え込んだ。
――――――魔界某所。
ローブを深くかぶった男が建設中の建物を見上げる。
既に屋根の敷設に取り掛かっており、外観がほぼ完成済みのその建物は、一見するとちょっとばかし豪勢な商人が住まう邸宅のよう。
周囲を森や深い谷の底に川が走っているような自然の中に立つそれは、誰もが有力者の別荘か何かだと思うことだろう。
「……いいカモフラージュだ。考えたものだな」
「身分低い者の家を装うでは不自然だからな。実際、それなりの商人の別荘という
「これで26箇所目か。順調…と言ってよいのかな?」
「ああ、かまわんだろ。
ローブの男は、そうかとなんら感情のこもっていない短い一言だけで会話を切った。
アジトの建設は昨日今日始まったものではない。長い長い年月をかけて慎重に進めてきた重要計画の一つだ。
なぜなら “ 彼ら ” にとって魔界各地に満遍なく拠点を得るのは、途方もない難事である。
何せ手ごわいという言葉では表しきれないほどの相手と敵対している真っ最中。過去に打ち負かされた後、今も厳重にこちらの動きを警戒されている中で事を運ばなければならない。
故に任務失敗はご法度であり、安易な行動よりも時間をかけての確実こそを良しとして動かなければならない。もどかしくはあるが、それが “ 一族 ” の明るき未来のためなのだ。
不意に思い至り、周囲を見回しても目的の人物の姿が見当たらず、ローブの男は仲間に訪ねる。
「ベギィの奴はどうした? お前と組んで拠点担当であったと記憶しているが…」
「ああ、ベギィなら地上に行ったぞ。お前達の任務完了の報告を受けた年寄り達が、何か指示を出したらしい」
それを聞いて、ローブの男は辟易とした。
「……余計をしてくれなければいいんだが。最近の年寄りどもは劣化が著しい。ボケて足を引っ張る真似をしでかさないか常々不安だが………ベギィか。しくじらねば良いがな」
「違いない、アイツは粗忽な所があるからな。…ここだけの話、我らが一族の者としては恥となる、出来損ないだと俺は思っているよ」
ローブの男は少し驚いた様子で仲間を見た。秀でた者しかいない彼らにとって、一族の誰かを悪く言うなんて事は、非常に珍しいからだ。
「気持ちは分からんでもないが…言うものだな」
「何が我らの
「フッ、そういう意味では人心掌握に長けていると取れるやもしれんぞ? …まぁ年寄りどもに問いただしておく。失敗しても構わんような任なら良し、そうでなければ……再び地上へ
それを聞いて仲間はハハッと笑う。
フードを深くかぶりなおすとその中でペリペリと何かを剥がして捨てた。顔の皮のように見えるそれは、何かの樹液を固めて作られた変装のための道具であった。パチンと指を鳴らすと地面に落ちたそれは、一気に燃えて跡形もなく消えた。
「まだ失敗するとも限らないだろうに。存外、大功を打ち立てたりするかもよ?」
「……どうだろうな、そうであれば楽なんだが。少なくともこちらの任の結果を打ち消すような失敗だけはしないでもらえれば上々といったところか」
「あぁそういえば、
ローブの男は、そういえばそんな奴もいたなと思い返す。
彼らから見れば貴族の名門家などゴミクズに等しい故、いちいち気に留めはしない。
ただその名は何かと便利に使える。利用価値があるだけまだかろうじて頭の片隅に記憶していたという程度でしかなく、その個人名を思い出すのに彼は数秒を要してしまった。
「……確か、ウンヴァーハとかいうゴミだったか。
「大丈夫なのか? 利用できるとはいえクズが信用できるとは思えないが」
それはローブの男にしても同意するところだった。
確かに手駒は欲しいが、一族以外の者への接触は慎重を極めねばならない。そのウンヴァーハの件にしても、下手をすればそこからこちらの情報がもれてしまう可能性だってある。
「間に3人介していると聞く。それにウンヴァーハとやらもつまらん私怨を抱いているようで、その辺りを突いて働かせているようだ。今しばらくは問題あるまいし、何か厄介事を招くようなら処分するだけだろうしな」
「名門のボンボンなど小物、とはいえ影響力はまるっきり無視できるものでもなし…か。利用できるだけ利用し尽くすわけだ、年寄り達もまだ冴えているのかな?」
「どうかな。…どちらにせよ、俺達には油断も失敗も許されん事に変わりない。今はただ、己が任を着実にこなすより他あるまいよ」
ローブの男もフードの乱れを直して改めて深くかぶりなおした。建築中の建物が完成するまでそう時間もかからないだろう。完成と同時に、工事に携わった者をすべて処分しなければならない。
といっても殺すわけではない。安易に殺せばそこからアシがついてしまう。
かといって一人一人に時間をかけた処分をしてはいられない。一人でも逃がしてしまえば、やはりそこから辿られてしまう懸念がある。
自分達の存在を辿られないよう完璧な
何十回と繰り返してきたこと。
それをあと数時間のうちに彼らは行う。工事関係者たちは自分達に待ち受ける未来がいかなものかなど考えもしない。あと少しで支払われる時がくる報酬の事だけを夢見て、無垢なほどひたむきに仕事に励んでいた。
「ふん、問題はなし…か。それは
「はい、分かっておりますとも。ですがさすがでございますねベギィ様、森の部族を丸々乗っ取る…こうも上手くゆくとは思いませんでしたよ」
地上はアトワルト領の北西、ニアラ村の宿。
そこで報告を聞くローブの男は、安易に自分の名を呼んだ事に眉をひそめるも、下賤者はそんなものだろうとさして気にしない事にする。
自分はこの世で最も優秀な種族の一員であり、彼らはその生まれを哀れまれる存在で、その一挙手一投足にいちいち憤るは可哀想というものだと思ったからだ。
「ところでお前、その恰好はなんなのだ?」
「これですか? ベギィ様と同じものを揃えてみたつもりなのですが…いけませんでしたかね?」
報告する男は
今回、ベギィが自らの任務を行うにあたって現地雇いした協力者だが、要するに
「……まぁいい。ともかくだ、あの村との連絡は密にしろ。些細な事も見逃さず報告すればそれで良い」
「はいっ、お役に立ちますっ」
この男がこうも自分に忠誠心を見せるのは、下等ゆえに上位なる生物への憧憬であると軽く考えているベギィ。
だが、実際は支払った金のおかげである。なぜなら彼らにとってはした金でも、ならず者には結構な額だとは、魔界でしか活動した事のないベギィは思い至らない。
他の一族の者ならばこういう場で軽々しく金を振る舞うなんて愚は犯さない。地上での知識や常識を十二分に得るまでは慎重な行動を取る。しかしベギィは若かった。
決して不出来ではないが、功を上げんとして幾ばくか焦っているところがあり、その行動は軽率なところが多い事を、自認できていなかった。
「(我らの存在を知られる事を避けられる地上活動拠点の構築。それを機能させるための環境と組織づくり……。これを成功させれば地上での同胞諸君の活動は非常にやりやすくなる。さすが長老様方は、よく考えておられるな)」
そうは言ってもすぐにロズ丘陵の大森林に目をつけたわけではない。地上にきてからの数日、あちこち見て回った。その結果として、外界と隔絶された森林の中に、先の大戦の被害によって滅亡寸前にあった部族の村を発見し、今回の計画を立てた。
まさに自分達の条件に最適なその村を、救うという名目で事実上の占領下に置く。
しかし直接支配するのではなく、自分のいう事をよく聞く代理者を立てる形にすべく、魔界より息のかかった重犯罪者たちを
これで万が一失敗したとしても一切の責任をそいつらに押し付けられる。ベギィは
安心して自分に課せられた任務の数々にだけ注力できる。
「(だが何も任務遂行にのみ専念する必要はない。我が一族にとって有益となるよう、任務外の活動にも手を広げる……先輩方にいつまでもデカい顔をされている俺ではないのだ!)」
ベギィは地上を良く知らない。見聞きした情報から、魔界よりも未開であるという認識しかない。なので地上での任務遂行にせよ任務外の活動にせよ、甘く見過ぎているとはこれっぽっちも思っておらず、やはり軽々しく行動し始める。
「よし、俺はこの村より移動する。森の方は何かあれば連絡せよ…これを持っていけ」
「…これは一体何なのでしょうか??」
投げ渡されたモノをしげしげと観察する男に、ベギィは呆れるとばかりにため息を吐いた。
「そんなこともわからないのか。なんと下等な」
「す、すみません…っ」
「まぁ良い。それは簡易的に連絡を取ることのできる魔道具だ。魔力を込め、送りたい文言を念じろ、そうすれば俺が持っているこちらにその文言が届く。わかったな?」
「は、はいっ!! そのような貴重な品を賜り、光栄ですっ」
なんという低レベルな生命か? やはりこの世は我が一族が支配せねばなるまいと、ベギィは改めて大志を胸に刻んだ。
―――――夜中、森の部族の村。
鎮まりかえった村の中、闇夜に動く影が一つあった。
「………」
彼が最初に向かったのは、シャルールが囚われている小屋だった。
「………」
小屋の中から声が聞こえてくる。ここ数日、昼夜問わず漏れ聞こえる声は、中で行われている事を容易く想像させる。
だが彼は盗み聞きに来たのではない。
「(まだオンナは無事…、殺される事はないと思うが下手に接触はできん…)」
彼女の安否の確認。
「(……次だな)」
だが助けるつもりがあるわけではない。彼女がどんな目に遭っていようとも知った事ではないとばかりに、彼はあっさりと小屋の前から移動を開始する。
サササッ……
やはり音もなく移動する。
次に彼が立ち止まったのは長老の屋敷の前――――ではなく、裏手に回って息をひそめる。
『……今日
『んじゃ、しばらくは何もしなくていいってわけか、へへ、気楽だぜ』
『おいおい、素になり過ぎだろ。それっぽく振る舞えよ』
『いいじゃねぇか、四六時中従者っぽく振る舞えなんてしんどいぜ。どーせ誰も見てねーんだしよぉ。他のヤツらは寝静まってるか、あのオンナのとこに通ってるかだろ?』
『そういえばあのオンナ。まったく泣き叫んだりしないようだが…』
『諦めよったんじゃろう。何せこの
「(魔導具は…やはりあの杖か…いや、他にもあるかもしれん…断定はできない)」
目的の一つは魔導具の全容を掴むことにあった。
魔導具は
『それより、いつまでそんなジジイの真似してんだぁ? お前も楽になれよ』
『それもそうじゃのう、では少しばかり羽を伸ばすとするかの――――…ふう、やれやれだ。ベギィ様に
予想はしていた。だがその者の正体を知った瞬間、ストイックなる
「(……長老……やはりもう奴らに……クッ)」
長老のフリをしていた者の正体は悪魔族の男だった。腰を曲げ、何かしらの変身を担う魔法かアイテムを用いていたのだろう。真なるその姿は下半身が小さく、上半身がマッチョという歪な体格で茶まだらな肌の色をしており、長老とは似ても似つかない。
人相は非常に悪く明らかな悪人顔。地上では滅多に見ない、本格的に危険の香りを漂わせている事から、侮れない力の持ち主であると判断できる。
他の生物なら白目にあたる部分が光なき漆黒に染まって、瞳孔が金色の二重輪を描いている瞳が、疲れ目を癒す体操とばかりに上下左右に動いたかと思うと、やがて仲間に向けてその焦点を合わせて止まった。
『へへ、そうは言っても結構まんざらでもないんだろう?』
『まぁな、なかなかに面白いぜ。村の生き残りの奴ら、誰も疑いもしねぇで崇めてくるんだから、それはそれでいい気分ってもんよ。多少窮屈だがな』
「(……今に見ていろ。我らを侮辱した事、必ずや後悔させる!)」
それは、先の神魔大戦での事だった。
この地の領主であるアトワルト候は森の部族への理解を示し、彼らの古からの権利を保障した。
このロズの大森林を住処とし、外部より侵さず、税も取らずと明言してくれた。実際、この地が新たな領主を迎えても、森の部族はそれまでと何ら変わらぬ暮らしを謳歌し続ける事が出来ていた。
しかし大戦の火は、そんな事は知らぬとばかりに彼らにも降り注いでいた。
『カーフ部族の村が全滅だ!!』
『生き残りはどれだけいる!!?』
『く、来るっ! 天使どもの魔法がっ、う、うわぁぁぁぁ!!!』
敵も少数が抜け
それは大戦全体で見れば些細なもの。
それでもロズ丘陵の大森林で暮らしてきた森の部族たちは、長い歴史上かつてないほどの被害を受け、事実上の壊滅状態に陥ってしまったのだ。
だが森の部族の権利を保障し、税も取らないという事はすなわち、彼らもまた領主の庇護に預かれないという事である。
これまではそれで十分だった。森の恵みさえあれば、いかなる状況からも際限なく立て直せる。彼らはそう信じて止まなかった。
ところが今次大戦による
そんな非常事態に全ての森の部族の生き残りが集結し、新たに作られたこの村も、やはり男も女もあまりに不足しすぎていた。
―――――限界集落。
生き残りが生きていく事は出来ても、次世代が生まれ根付かない。長期的に静かに腐ってなくなるのを待つだけの状態と化した森の部族。その運命はもはや避けられなかった。
そんな彼らの元にある日、ローブをかぶった男とその仲間達が現れた。
ローブをかぶった男は、様々な施しと救いを彼らに与えた。死んだと思われていた村長と祭祀を司る従者たちをいずこかより生きて連れ帰った。いくつかの便利な魔導具やアイテムの数々を供与してくれた。
そして村を立て直す頭数としての新たな村人たちを、やはりどこからともなく連れてきた……
しかし、その結果は生き残りの者達にとっては、やはり絶望的なものであった。真なる森の部族は、現在の村の人口の1割にも満たない。
「(
しかし状況は芳しくない。連中は決して弱くはないだろう。森に住まう全部族でも1、2位を争うと言われた彼でさえ、一目で勝ち目は5分と判断したほどだ。それも希望的観測であり、加えてあくまでも1対1においてという限定条件がつく。
生き残りの者達を結集したとて、数で圧倒的に負けている。加えて魔導具の数々を用いられては勝率はゼロだ。
それでも彼は、悲観はしていなかった。
理由はあのオンナ――――シャルールの来訪にあった。
森の外から訪れたという事は、彼女の身内なり仲間なりが森の外部にいる可能性は高い。彼女が帰らなければそれらはきっと動き出す事だろう。
どうにかして連中よりも先に、そうした者達と接触して協力を仰ぐ。時間はかかってもそこから活路を見いだせるかもしれない。
「(積極的に、森の外へ出る事も視野に入れるべきだが……)」
しかし彼にそれは出来ない。
彼だけではなく部族の生き残りの者達も、生れてから一度も大森林の外へ出た経験など無い。
情報や知識に欠ける状態で森林外へと出たところで出来る事はそう多くないだろう。そこであのシャルールというオンナの存在が貴重だと彼は考えていた。
彼女を通せば考えの多くが可能になるかもしれないし、少なくとも外部の情報や知識を仕入れる事は確実に出来る。
「(まず、あのオンナへの接触が不可欠……)」
だが、それを
慎重。
今は焦ってはいけない。慎重に事を進めなくてはならない。
部族の…否、あるいは森全体の未来がかかっているかもしれない。だから決してしくじるわけにはいかない。
孤独な戦いだ。しかし、彼はやらねばならないと自分に言い聞かせる。
強い使命感。
生き残った者として、戦士として、森を、部族を守らなければならない。
月のない夜。彼は静かに…そして着実に調査を重ねていった。
――――――その翌日のこと、唐突に機は訪れる。
「……この私が、ですか」
「さよう、今夜の番はお主とする。よく励みてオンナに子を孕ませよ、良いな」
これまでこの偽長老がシャルールの相手役たるオスとして指名するのは、新たに村人として連れてこられた連中、つまりは自分達の息のかかった者ばかりだった。
ところが今宵は、元よりの真なる森の部族たる生き残りである
怪しくはあったが、彼は特に態度を変える事もなく
「……良いので?」
「昨晩決めたじゃろう? たまにはアメをくれてやらんととな。この村の支配を固めるが、
「―――なるほど、そういう事か」
「(とはいえ、おそらくは一晩のみだろう……。その一晩で可能な限りの手を尽くさねばならん)」
連中に知られる事なく彼女と会話を交わす事が出来るチャンス。
だが、彼女がこちらに理解を示し、協力してくれるかどうかはまた別の話だ。何せ彼女が何者で、どういった女なのかも未だにわからない。
偽長老によって、半ば無理のある罪人認定されはしたものの、本当に悪人である可能性もある。
下手すると、偽長老やその背後にいる黒幕が用意した、自分のような者をいぶり出すための罠であるというセンも考えられた。
「(……賭けになるか)」
彼が話す事を頭の中でまとめ、駆け引きと万が一の時の事も考えている内に、やがて村に夜の帳が降りてくる。
ギィィィ……バタン
だが時間が惜しい。気持ちを萎縮させている暇はない。1秒でも有意義に使わなければ――――
「あれ、もしかして
そう言って彼女はウィンクする。見た目よりは元気そうで彼は少しだけ安堵した。
「………。まず一つ、言っておくオンナ。長老の指名を受けて来たのは確かだが、私はお前を抱きにきたわけではない。………お前に色々と、聞きたい事がある」
彼は、意を決して切り出した。
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