新編:第3章

第75話 第3章1 スライム娘の大開拓時代


―――――――クイ村跡地。ある日の朝。


「む~……んっ! んーよく寝たのー」

 瓦礫の山から覗く朝日を背に、不定粘液族スライムが大きく伸びをした。眠る時は人型を保たないのか、綺麗な楕円形の丸みの一部を思い切り天に向かって伸ばす。かと思えばそれが落ちてタポンという音と共に、また安定の丸みあるフォルムに戻った。


 少しの間プルプルと揺らめいたかと思えば、今度は全体が上へと伸び上がって、前後左右、様々な方向へと随所が伸び縮みしはじめた。

 それはまるで、子供が衣服を無理矢理着ている様を想起させる動きで、一通りグニグニうごめき続けたかと思うとポンッという軽やかな音を立てる。

 彼女――――ムームは、いつものスライム少女の姿になった。



 ムームは、領主ミミからこのクイ村跡地のお片付けを任され、しばらくこの地に滞在していた。

 先の反乱騒ぎが終息し、主だった者が領主の元に集まってそれぞれが仕事を命じられたり申し出たりしている中、彼女もその場の熱に当てられて勢いよく手を上げた。

 自分から手伝いを申し出たとはいえ、彼女はお世辞にも頭がいいわけではない。当然ながら、小難しい仕事はこなせない。

 そこでミミは、このクイ村の壊れた建造物や柵の撤去と、廃材などの分別作業を彼女にお願いしたのだ。

 比較的シンプルな仕事の上、クイ村はドウドゥル湿地帯に近い。湿度が高めの方がスライムであるムームにとって快適な環境であり、彼女もこの仕事を楽しんで行っていた。


「よーし、今日もがんばるのー。ぶんべつぶんべつーぅ~♪」

 既に残っていた建造物の解体はあらかた終わり、クイ村の跡地は、地面こそ村滅亡時に出来たデコボコをあちこちに残すも、ほぼ綺麗な更地となっている。再利用可能な建材の取り分けも終わり昨日、オレス村へと全て送り出し終えた。

 残っているのは使えない瓦礫の山のみ。ムームの当初の仕事はもう完了している。しかし彼女はなおこの村跡に居残っていた。

 それは先日送られてきた手紙に、追加のお仕事のお願いが書かれていたからだ。


「むーむーむー~、もいちど確認する~ぅ」

 ムームは自分の身体の中に納めていた手紙を胸元当たりからニュッと出し取り、改めて内容を確認する。

 あまりおつむのよくない彼女は、こうしてキチンと毎朝の確認だけは怠らないようにしていた。



 ―― ムームさんへ ――

  おしごとお疲れサマです。

  使えない瓦礫の山は、さらに木・石・土・藁・金属で、

  ぶんべつしてください。


  それが終わったら、2まいめの手紙を読んでくださいね。  

  よろしく おねがいします。

                    ミミ=オプス=アトワルトより ――



「うい! ムーム、がんばるー!」

 長い年月を野生で根無し草に生きてきたムームにとって、誰かから仕事をお願いされるというのは新鮮だった。しかも誰かから手紙を貰うという経験もほとんどない事である。

 彼女からすればこのクイ村での仕事は、楽しいことこの上ないものだった。




「きー、きー、きー。いーしーいしいししー。わらわらわーらーらーららー。てつてつ、どーどー、てつーどーどーぉ~♪」

 こういう時、スライムという種族は便利である。自分の身体を柔軟に変化させられるため、腕を何本も生やせば振り分け作業の効率はグンッと上がるし、作業中に付着する汚れなどは、体表のどこからでも吸収・分解・消化してしまえるため、身体が汚れる事もない。

 なので積み上げた山から適当にヒョイヒョイ掴んでは雑に投げ分けるという、通常なら周囲に砂ホコリが舞って憚られるやり方も、ムームにかかればデメリットなく行える。しかも今、このクイ村にいるのは彼女一人。自分のやり方で自由に仕事が出来るので、作業効率は非常に良い。



「んお? てつーと、きー。…ん~、わけるーぅ。えい」

 錆び付いた薄い金属プレートと、それが張り付いていた木の板きれを引っぺがす。バキンという音と共に綺麗に剥がれたが次の瞬間、衝撃に耐えられなかったのか、板きれが端からボロボロと崩れてしまい、ムームの手の中で小さくなってしまった。


「むー…。きー、ぼろぼろー。ちっちゃくなった。ま、いいの~、ぽいっ」

 再利用不可能な山に積まれているモノは、だいたいこんな感じのものばかりだ。

 一見すると板材に使えそうな木も、風雨に晒され続けたせいで脆くなってしまっているし、金属は完全に錆びきってしまっている上、原形が分からないほど変形しているモノばかり。

 藁葺ワラぶき屋根に使われていたワラはまとめていた紐がなくなってバラバラになり、湿気でグシャグシャだ。石材の類は欠けてひび割れ、表面もボロボロでもはや自然石との見分けがつきにくいほど劣化してしまっている。


 しかしムームは、律儀にキチンと材質別に仕分けながら大きな瓦礫の山を、いくつもの小さな山へと変えていった。





「これもー、あっちにぽいっ。これはー、いしーだからー、こっちにぽいっ」

 気づけばムームの腕は左右合わせて10本に増えている。

 少女の姿を象ってこそいるが、スライムにそもそも顔はない。体表の全てが目であり、耳であり、口であり、鼻であり、肌であるムームには、瓦礫を持った瞬間に判別が付けられるので、掴む腕が多ければ多いほど作業はよりスムーズになる。

 それでも10本が限界だ。あくまで身体の一部を変化させているため、自分の身体の容積以上の変化を行う事はできないからだ。


「ふーぅ。…んお? そろそろおひるー??」

 それぞれの腕でヒョイヒョイとつまんでは投げ、つまんでは投げを繰り返している内に、太陽の位置がほぼ真上付近になっている事に気付く。

 単純作業の繰り返しだが、複雑な事をあまり考えないムームにとっては、退屈や面倒を感じることも少ない。むしろ楽しんでいるうちに経過した数時間は、彼女にはあっという間に感じられた。


「おしごとすとっぷ。おひるごはんにするーぅ~」

 10本の腕がするすると本体に戻り消え、ポンッと2本の腕が改めて生える。そして大きな瓦礫山の脇を通り、ムームはそこそこの大きさの箱に両手を入れ、果物を取り出した。


「いただきますーの~♪ あむ、あむっ」

 両手に持った果物を、腕ごと口に放り込む。少女の姿をした顔の頬が、大きく歪んで広がり、元の顔の2倍くらいに広がったり戻ったりの伸縮を繰り返す。

 頬をかたどっているあたりの内側で果物は消化され、ムームの栄養として芯まで完全に溶け消えた。

 食糧は、クイ村跡地のほど近くのロズ丘陵の大森林、その木々から落ちていた果実を拾い集めての自給自足。

 幸運な事に森に立ち入る事なく、木々がその恵みを森の外へと落としてくれていたので、ムームは一定量の食糧の確保を難なく行え、廃材で作った不格好な木箱の中に入れて保管していた。


「あむ、あむ。モムモムモムモム…………むーぅ?」


 彼女がお昼ゴハンにありついていると、少し遠巻きの街道を移動している一団が通りかかった。それがつい先日まで再生可能な資材を受け取りにきていた人々である事に気付くと、ムームは腕を上に大きく伸ばしてブンブンと振るう。


「むー、むむむむむーぅ!」

 果実を頬張ったままで満足に声は出せないが、ムームのいる位置から街道までの距離は100mもない。あちこちに瓦礫の山が積まれている光景に目が引かれていた事もあって、通りがかりの一団はすぐにムームに気付いた。


「やぁームームさん。お疲れ様ですー」

「んむむーむ、むーむ、むーむむーう、んむー」

「おや、俺らにくださるんで? 食料は今、貴重でしょうにもったいない―――」

「むーむーむ、むーむむーっ、んむー、んむーぅ」

 彼女が何を言ってるのか全然わからないが、グイグイと果実を持った両手を押し付けてくるので、彼らは互いに顔を見合わせ、ならばと差し出された果物を受け取った。


「すみません、ありがとうございます」

「んむー。……モグモグ…ごくんっ。きにしないのー、おしごとたいへんー」

 彼らがオリス村から板材を受け取り、運搬している途中である事は、大きめの荷車数台を伴っている事からも明らかだ。

 ムームなりにその労をねぎらい、またオレス村までの道中も頑張ってという応援の意味も込めてのおすそ分けであった。


 ・


 ・


 ・



「ふー、だいたいおわったのー。んお? そらそら、まっかー。ゆうゆう~」

 彼女が見上げると、そこには夕暮れに染まった空があった。

 自分でも驚くほど集中してお仕事していたのだと、彼女は満足して少し誇らしげに胸を張り、鼻息を一つつく。

 実際、彼女の眼前には綺麗に小山が並んでいて、仕分けはキッチリとなされていた。瓦礫の大山は姿を消し、ひとまずの仕事は完了したのだ。


「つぎのてがみー………は、また明日なのー」

 今読むと内容を忘れそうだと思って、彼女は仕事を切り上げる事にする。

 そのかわりといってはなんだが、彼女は小脇に建つ普通よりもさらに小さな小屋の方へと移動した。

 このクイ村の跡地にあって、唯一原形をとどめていた建物。

 元は農具の類を納めておく小さな物置だが、変幻自在なスライムのムームには、十分に夜風をしのげる立派な住まいである。


 もっとも完全な状態で残っているはずはなく、あちこち隙間だらけ。ムームが最初ここにやってきた時は、小屋全体が30度ほど傾いて今にも倒壊してしまいそうだったほどだ。


「きょーぅはー、すきま埋め埋めするーぅ」

 毎日少しずつ、彼女はこのボロボロの小屋を修繕し、自分の住居を整えていた。昨日は柱の根本に石を置き、その前は屋根の穴の空いていたところに錆びた農具の柄をつっかえさせて、地面からむしった背の高めな雑草をのせて埋めた。

 今日は湿地帯の土を少し持ってきて乾いた土を混ぜつつ、板材のゆがみで空いてしまっている壁と壁の隙間へと塗りたくり、埋めていく。


「む~、む~、む~♪」

 なんとも酷いリフォーム術ではあるが、それでもムームは楽しんでいた。

 根無し草で自分でもどれほど生きてきたかわからないほどの年月を歩んできた彼女が、はじめて一か所に留まり、暮らし、仕事をし、食事をする……そんな生活がとても刺激的で、かつ新鮮で楽しい。

 茜空の遠くで鳥が飛んでいくのを眺めながら、なんとも心地よい涼風がゆらりとそよぐ。

 夕暮れ時の良い雰囲気。穏やかな一日の終わりを、ムームはご機嫌に堪能しながら初めてのマイホームを少しずつ直していた。


 そんな時だった、ボコボコと何か気泡が立つような音が聞こえたのは。



「んお? ………むー、むー、むー??」

 口癖をもらしながら右に左に後ろに空にと見回すも、何も見当たらない。

 小首を傾げながら、作業に戻ろうとする…と


 ボココ…ボコボコボコ…


「むー、なにか音するーぅ。……どーこー??」

 気のせいではないと確信し、一度小屋から離れてより大きく周囲を見回す。するとやや遠い位置、ドウドゥル湿地帯の方角に、何やら両手で掬えそうな程度の泥の塊が蠢いていた。


「むー? ……キミ、まものー?」

 ムームがそう思ったのは、その泥の塊に目や手らしきものがあったからだ。

「……」

 どうやら喋る事はできないらしい。だが小刻みに震えながら、泥の瞼が開いてくりっとしたお目目おめめが、ムーム見上げる。

 長命な魔物ならばその外見で年齢を判断する事は難しいが、どうやらこの泥の魔物はまだ子供らしいと、ムームは思った。

 それはムーム自身が長く生き、様々な生物を見てきた事による直感からくる判断であった。


「……」

「むー、ちょっと待ってるー、ゴハン、あげるーのー」



 ・


 ・


 ・



 泥の魔物の子供は、死にかけていた。

 どうやらドウドゥル湿地帯から這い出してきたようだが、空気中の湿度が高いとはいえ、クイ村の地面は既に湿地帯のぬかるみではない。

 泥の魔物にとって乾いた地面を這いずる事はとても大変な事である。それが小さな子供ともなると生命すら危うい。

 小さいとはいえ、それが分からないワケはないだろう。知らなかったとしても、湿地帯から出てすぐに気付いて戻るはずだ。



「むー、どーしてあそこいたー??」

 泥の魔物を拾ってから二晩あかしての翌朝。ムームは貯めていた果物の一部を与えつつ水分や湿地帯の泥を持ってきては彼の看護を行った。とりあえず幾分か元気を取り戻したようで、今は嬉しそうにその身を揺さぶっている。


「………」

 言葉は話せなくともムームの言ってる事は理解しているらしく、何やら辺りをキョロキョロ見回し始める。

 そして、木の分別山の麓に手頃な棒が転がっているのを見つけると、それを泥の手でからめとって、おぼつかない手つきで地面に絵図を書きだした。


「むー、むー………こっちー、おっきーの、キミの親ー?」

「……」

 泥の魔物はコクコクと頷く。すると、今度は描いた親の絵にバツを乗せ、その下に別の人物と思われる絵を小さく描く。


「むー? ……こいつがー、キミの親になにかーしーたー……、むー? ゆーかいー?」

 泥の魔物が絵図を描き、ムームが逐次その絵図の意を解釈しては問うを繰り返す。

 10分ほどをかけて泥の魔物が何を言いたいのかを把握したムームは、確認がてら要約を口にした。


「んー、キミのー、親ー、ヘンなーやつにー、さらわれてー、キミはー、探しにでてきたー?」

「………」

 泥の魔物は今までで一番多く頷いて見せた。

 とりあえずコミュニケーションは取れるし魔物が自分に害がないと知ってムームは安心する。ミミから仕事を貰ってそれなりに使命感や責任感を感じて取り組んでいたので、子供でも泥の魔物に対してそれなりに持っていた警戒感が薄れた。


「むー……こいつー、みたことある気、するー…ぅ、んー、んーんー……?」

 泥の魔物の描いた絵図。親をさらったという者の絵はお世辞にも上手ではなかったが、ムームにはどことなく引っかかるものがあった。

 くちばしのような、ピーナッツのような、やや細長手っぽい顔のシルエットはドラゴマンかドラゴンニュートか、あるいは鳥亜人系辺りを表していると思われるが、特定の人物の心当たりに至るにはさすがに厳しい。

 それでもムームにはこれまで会った、あるいは見た事のある者の中に絵図から感じられるフィーリングに似た何者かがいる気がしてならず、彼女の弱いお頭おつむを焦がす。


「むー…ゴメンなのー、見た事ある気ーするー、けど…思い出せないー」

「……」

 泥の魔物は残念そうにしょんぼりした。

 それを見てムームは、なんとかしてあげたいと思い、方策をうんうん唸りながら考えた。

「! そーなのー、ミーミぃにも聞いてみるー。ミーミィえらいひとー、知ってるかもなのー」

 と、言ったところでムームはハタと気が付く。手紙を書くための道具は何もないし、書いたところでどうやって手紙を出せば届くのかも彼女は知らない。

 今まではクイ村に廃材を取りにきてくれた村人達から手紙や言伝を受け取っていたが、使えるものを運び出し終えた今、村人達がこのクイ村にやってくるのはいつ来るともわからない街道の通りすがりくらいのもの。


「む~……これはなかなかナンモンなのぉ~」

 波長が合ったのか、泥の魔物もムームの真似をして悩む素振りをする。

 ほんの5~10cmの泥の塊が意志を持って動く様は愛らしくはあるが、湿地帯から少し離れただけでも死にかける脆弱な命では親の行方を探すなどとてもできない。

 ムームはしばらく唸っていたが、不意にあっけらかんとして息を吐き出した。


「どうにもならないの-、考えてもむーだ~。ミーミィにはまたのきかいに聞くぅ~。それまでー大人しくしてるのー」

 諦めた彼女の態度に抗議しかける泥の魔物。…が、実際問題、今は諦めるしかできないのも事実だ。それにまだ自分一人であてもなく探しにいくよりはマシだと、小さい命は正しく現状を認識して、渋々頷く。


 こうしてムームしかいなかったクイ村に一匹、新たな住人が増えた。


 ・


 ・


 ・


 その翌日。

 ムームは、当初の予定である2枚目の手紙を読むのをひとまず置いておき、自分の小屋の横の地面を掘っていた。彼女の右肩が御椀のように変形して、その中にあの泥の魔物の子がおり、そこからムームの作業の様子を観察している。


「ふー、深さはこのくらいー。掘ったつーちでかべつくるーぅ」

 それは、泥の魔物のための住居だった。

 深さ20cm程度の四角い穴に、湿地帯から泥を運び入れる。

 広さは縦横1mほど。手のひらに乗る程度の彼には十分な広さだろう。


「どーろどーろどーろー。どーうー? 住めるーぅ?」

 ムームに訪ねられて、泥の魔物は彼女の肩から飛び降りる。

 だが泥がかたすぎる・・・・・らしく、浮かべずにどんどん沈んでいってしまった。

「おー、だめー? む~、……みず? みずみずおーみずたしてみるーぅ♪」

 自分の身体を構成する水分のいくらかを分泌し、泥に混ぜる。

 ドウドゥル湿地帯は表面に水分が浮き出し、深い部分よりも泥が柔らかい。

 大人になってそれなりの体格になればともかく、まだ小さい子供の魔物だと泥が柔らかくなければ浮き上がってこれない。

 その事をムームが知っていたわけではないが、溺れた時に水分の多い泥の方が助け出しやすそうに思ったので水を混ぜることを閃いたのだが、結果的にそれが正解であった。


「……♪」

「おー、いいかんじー?? じゃ、あめよけかぜよけ屋根つくるーぅ」

 使えない石や木板でも、この規模なら十分。

 泥プールの横や上を覆うように組んでいき、不格好ながらも泥の魔物の住居は完成した。


「できたーの。おうちかんせーぃ、しばらくコレでだいじょーぶーぅ」

 泥の魔物は問題なくこれで暮らるようで、機嫌よくパシャパシャと泳いでいる。

 体調も良くなっているようなので、ムームは一安心した。


「……ハッ!? 手紙よむー、わすれてた~。ミーミィからの手紙よむーぅ」

 一仕事終えたと思わずぼけっとしてしまってたムームは、慌てて手紙を取り出す。

 泥の魔物もぴょいっと飛び乗ってきて再び右肩に座し、読めるとは思えないがムームと一緒に手紙に視線を落とした。




 ―― ムームさんへ ――

  おしごとお疲れサマです。

  ぶんべつが終わりましたら、

  木と藁をしっかりと、かわかしてください。

  石と金属はそのままでもかまいません。

  (ちょっとだけキレイにしておいてくださるとたすかります)

  

  それが終わったら、シュクリアにかえってきてください。 

  よろしく おねがいします。

                    ミミ=オプス=アトワルトより ――





「むー、かわかすー? ……むー、むー、む~~~ぅ」

 仕事の内容自体は分別よりも簡単だ。日によく当たるように動かすだけでいい。

 しかし、ムームを悩ませているのはその乾いたものをどう保存するか、だった。

 何せ分別したものは今も野ざらし。乾かしても一雨くればすべて台無しになる。

 かといって、雨除けに運び入れられるような建物はこのクイ村跡地にはもうない。ムームの使っている小屋では小さすぎて、運び入れておくのは不可能。


「む~……これもなかなかナンモンなのぉ~」

 肩の魔物も、ムームと同じような表情を真似て悩んでいるような素振りをする。さすがに手紙の意味や、彼女が何に悩んでいるのかを分かっているわけではない。ただの真似っこだ。それだけでもこの魔物が知能が低い、ないしは相応に幼い事が分かる。

 ムームがしばらく悩んでいると真似っこは飽きたのか、ぴょいっと肩から飛び降りて、自分の新居たる泥の中へと飛び込み、ふたたび機嫌よく泳ぎ始めた。


「! そーなのー、あーなー掘るー。あめあめふってもへーきなあな~っ」

 自分を見下ろしながらポンッと両手を叩いて閃いたと喜んでいるスライム娘に、泥の魔物の子供は泥の中から?を浮かべて見上げる。やがて彼女が動き出したのを見て泥の中から飛び出し、再びその半透明な肩の上へと飛び乗った。


 ・


 ・


 ・



 さらに2日後。


 久々にクイ村跡地を通りかかった人影は、オリス村に向かう途中のオレス村の住民達だった。


「おや? ムームさんの姿が見当たらないぞ?」

「本当だ。もう引き揚げたのかな? でもまだ分別物が残されてるみたいだが」

 彼らが知った姿を探し求めて辺りを見回していると、やや遠目の地面で土が舞い上がった。

「なんだ?」

「あれは…地面を掘っている、のか? あそこにいるんじゃあないか??」

 彼らは運搬用のリアカーをひとまず置き、その場所に近づく。

 定期的に噴き上がる土は、やはり掘削したものを外へと排出してのものだった。


「なんだってこんな穴を? …おーーーい、ムームさーん、いるのかーい!?」

『…むー? だれかよんでるーぅ?? は~い、ムームここー、いるーぅ~』

 響くような声がかえってきて、彼らはホッとする。

 野生の獣ではない、モンスターの出現が確認されたという報を聞いていた事もあって、何か危険な存在に彼女が襲われたんじゃないかという一抹の懸念は、これでなくなった。


「んしょ、んしょ、…ぷーは~。んお? どしたの~?? もうぜんぶ運んだ~、ちがう??」

「ああ、俺達はオリス村に行く途中だったんだ。ムームさんの姿が見当たらなかったんでどうしたのかと思って……なんでまた穴なんて掘ってるんです??」

 穴は、人2人が同時に入れる程度には大きいものだ。しかしひょこっと顔を出した土まみれのムームだと、その下半身の体積の大きいスライム部が引っかかるらしく、彼女はんしょんしょ言いながら、窮屈そうに這い出して来る。


「あめあめざーざー、きてもへーき。じめんほるー、かわかす~、そして…おくーのっ!」

 何やらジェスチャー混じりに話してくれるも、彼らの目は理解不能とばかりに点と化した。

「???? えーと、な、なんですって?? もう一度ゆっくりと順番に説明してもらってもいいですかね?」





 説明を根気よく聞く事10分弱。

 ようやく彼らは、ムームの言わんとする事を理解した。

「な、なるほど…。つまり領主様から受けたお仕事として、そこの藁やら木やらを乾かして保管しなければならないんだけれども、雨を避けられる保管場所がなくて困った。けど地下室を作ることを思いついて、穴を掘っている…と」

「そーそー、ちかしつーぅ。それ掘ってるのー」

 えっへんと腰に両手を当て、胸を張って見せるムーム。

 なるほどと言いながらも、彼らは彼女が掘っていた穴の入り口を見て少し納得しかねていた。


 というのもムームの堀っている穴は、地面からただ適当に掘り進められてるだけで、巨大なモグラの穴と言われても納得しそうなほど雑なもの。

 あれでは雨水が簡単に中へと入って行ってしまうし、そのまま深く掘っていくと、下手すると上がってこれなくなる可能性もある。ムームの言う乾燥させた物品を保管しておくという目的にはまるでそぐわない。


「うーーーん………。ロクな建材もない状況じゃあ、仕方ないっちゃ仕方ないのかもしれないですけども…んー。そうだムームさん、俺らが少し手伝いますんで、この穴、もうちょっと良くしませんか?」

「おーぉー手伝ってくれるーぅ?? ありがとなのー、たすかるの~!」

 正直なところ、ムームにしても自分の思っていた通りの穴を掘れていたわけではなかった。

 何せ、スライムたる自分の手足だけで掘るのだから、いかにこの辺りの地面が比較的柔らかくとも、そうそう上手く掘れるはずもない。

 想像と現実はかけ離れ、2日かけても穴は現在幅2~3m、長さ10m程度で、軽く捻じれるように斜め下に向かっているだけ。

 上手くいかないと焦燥感が募り始めていたところへの助っ人は、まさに渡りに舟だった。


「……」

「おわっ?! な、なんですかこの泥の塊?? う、動いてる?」

 ムームの身体からピョンと飛んできた小さな泥団子。驚いて後ろに1歩退く彼らを前にしてソレは、観察するようにあっち向きこっち向き、クリンクリンと身体をうごめかせる。

「おー、そうだったー。ちょうどよかったのー。このコーも~おねがいしたかったのー」

「は、はぁ、おねがい?????」


 何が何やらといった様子の彼らに対し、抱えていた難問を解決する助けが来た事を受けて、ムームは一人でわーいと喜んでいる。その様子を見て小さい泥の塊も彼女の動きを真似て喜んでいる。

 よくわからないがソレに害はないらしい。彼らは顔を互いに見合わせ、そして両肩をすくめてなんなんだろうというジェスチャーをするくらいのリアクションしか取れなかった。





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