第74話 第2章5 森の棲み人



――――――ロズ丘陵の大森林 深部。



 広大な森林地帯の中、どこにあるのか位置すらハッキリとしない村が点在している。

 その村々には森林を己らの絶対的な縄張りとし、外部の者とは組さず従わずの姿勢を貫く者達が暮らしていた。

 そんな彼らを森林外の者は “ 森の部族 ” と呼称し、彼らは彼らで森林外の者を侮蔑的な意を込めて “ 部外者 ” と呼んでいた。

 だが、両者は決して忌み嫌い合っているわけではない。互いの社会秩序に深く干渉しない事を取り決めあい、住み分けがきちんとなされている良き隣人同士である。


 森の浅い部分までならば彼らも “ 部外者 ” の立ち入りに目くじらを立てはしないし、ルールに従う限りは一定の交流も行っている。

 それだけに彼らの規律はことさら厳しい。彼らのルール上の罪人・・に対する姿勢は、特に厳しいものがあった。




「………ん…、……ここって。………」

 シャルールは薄っすらと目をあけ、視線だけ動かして辺りを見回した。

 乾いた草が近い。というか頭の右側面にそれらが敷き詰められているとおぼしき感触がある。まだ少しボヤけているが、向こうの方に古ぼけた色の木板が並んでいる壁らしきものも見えた。

「……家? …ううん、あばら小屋、かな」

 意識が徐々に戻るにつれ、周囲の様子がよりハッキリとわかってくる。

 全体的に暗い。そして青緑色の光が壁の隙間や枠しかない窓より差し込み、独特の雰囲気をかもしている。そんな森深さを感じさせる自然光は、小屋の古ぼけた茶色を完全に喰っており、小屋の内色を一層暗く見せていた。


 

 時間の経過とともに意識の覚醒は進み、やがて視界は完全に開け、身を起こせるようになった。

「んー、まぁ何もない、は…当然かー。でも全裸でこんなとこに放置はちょっと扱い雑過ぎるんじゃないの?」

 どこにも荷物がない事、何も纏っていない事、場所が至極簡素なボロ小屋の中、藁を敷いただけのところだという事、そして―――


ガチャリ、ジャララッ


 片足にのみだが、鎖の先に大層な金属球付きの足枷がハメられていた。

「――――……こういうのはキッチリしてるんだ。でも、随分と原始的なデザインの足枷…」

 地上よりもすすんでいる魔界に生まれ育ったシャルールとて、マグル村での暮らしの中、相応に地上の文化・文明レベルに慣れたつもりだった。

 それだけに今、自分の自由を奪っている拘束具が、むしろ物珍しい物に見える。


「うーん、“ 森の部族 ” の村に着いた、探す手間が省けた…って考えればいっか」

 こういう時、悲観しないのが彼女の強みだった。

 そもそもこの程度の扱いは、それなりに生きた淫魔族にとってはどうという事はない。もっと嫌な環境や状況下でお偉いさんを相手にした時の事を思い出せば、これでも楽園のようなものだと思えるだけの経験を、彼女達は年端もいかぬ頃よりくぐりぬけてきている。

「あとはどうやってこっちの話を聞いてもら――――」

「目を覚ましていたか、オンナ」

「! ……ワー・ドゥローン雄蜂獣人? 珍しい種族ね」


 インセクト・ドゥローンという種族がいる。この種族はオスのみしか存在しない蜂亜人であり、亜人といっても巨大化した蜂が二足歩行で暮らしているようなもので、見た目はほとんど虫のそれと同じだ。

 しかもこの種族はオスばかりが生まれるため、大半は他種族のメスと交配し、子孫を残す。

 シャルールの前に現れた者は獣人との混血なのだろう。手足が獣人系のそれであり蜂の特徴は頭部と、臀部でんぶから生えた蜂のお尻と針、あとは身体のところどころに蜂を思わせる模様や色の体毛があるぐらいだ。


「…来い。長老がお前に裁きをあたえる」

 最低限のみの口数。無用な会話を交わす気はないらしい。

 かなり冷たい態度だ、むしろ敵意すら感じる。全裸のシャルールを前にしても、オスとして興奮を覚えるような様子もない。

「(付け入る隙はなし……かなコレは。色仕掛けとかも通用しなさそうだし、もしかして結構ヤバいかな、私?)」

 さすがに冷や汗が流れる。

 “ 森の部族 ” と接触するのは初めてだが、もう少しどうにかなると思っていた。だが実際にはこれだ、完全に罪人扱いで弁明の余地はなさげときている。


ワー・ドゥローン雄蜂獣人は人差し指を真っすぐに上げた。そこから針のように鋭い爪が伸びたかと思うと、その先端に緑色の光が生じる。

「! …魔法……ううん、魔力?」

 自身も使っている、魔力を操作して便利使いするアレに似ている。彼女は少し興味を持って言葉を投げてみるも返ってくる言葉はない。

 そうこうしているうちに、魔力の光は彼女の足枷の金属球に向かって放たれた。


パァッ……シュゥウン……


 一瞬、何やら文字めいた文様が、受け止めた魔力と同じ色で浮かび上がったかと思うと、金属球は途端に軽くなった。

 それでもシャルールがかろうじて自力で歩ける程度であり、逃走できるほどではない。

「(重さを変える魔法? それとも枷の方がそういう魔導具の類とか…、もしかして “ 森の部族 ” って結構…?)」

 森深いところに住まい、部族と呼称してきたために、どこか原始的な暮らしを営んでいる印象を持っていた事は否めない。

 だがこの足枷一つとっても、魔力で操作できるシロモノだというのであれば彼らの文明は存外、森の外よりも進んだものがあるのかもしれないとシャルールは彼らへの認識を改めた。


「動けるはずだ、来い。逃げようと思うなよ」

「ん、どうにもなりそうにないし。大人しく従いますよーだ」

 素っ気なさすぎる相手に、せめてもの反抗とばかりに軽く悪態を混ぜてみる。だがそれに対する反応はない。

 どこまでも淡々としている。彼女が逃げだそうとでもしない限りは、どんな事があろうと無感情なままだろう。

 とはいえ、ならば逃走を試みてやろうなどという気は起きない。

 先を歩く彼のお尻の針が、まるでこちらを伺うかのように鋭い切っ先を向けて蠢いていた。少しでも気配が遠のけばこの針でお前を貫くぞという殺意が、ヒシヒシと伝わってくる。

「(すごいストイック……ちょっと怖いなー。まさか森の部族って全員こんな感じ?)」

 それはちょっと勘弁してほしいと彼女は辟易する。シャルールはその性格上、フランクな雰囲気を好む。ピリピリとした感じはなるべく遠慮願いたかった。



 そして連れていかれた場は、そんな彼女のリクエストに見事に応えてくれた。

「…う、わ……」

 小屋から連れ出されて20歩程度のところ、高い竹が周囲を囲うその場はなんとも隔絶された感じで、竹と竹の合間は真っ暗で先が見えないという不気味さ漂う竹林の中、人為的に設けられた空間だった。

 その中央まで歩かされ、再びワー・ドゥローン雄蜂獣人が金属球に魔力を放つと、今度は1歩も歩けぬほど重くなる。

「えーっと、何が始まるのか…は、教えてくれないね? うん、わかってた」

 自分の左後方でじっと待機している彼は、何も語ろうとしない。

 その見事な直立不動っぷりは、初めからこの場に置かれている彫像だと言われても信じてしまいそうなほどだった。

 秩序か、あるいは上下関係か? ともかくそれほどに “森の部族” は厳格な社会を築いているのだろう。

 シャルールはますます我が身の危機感を募らせた、主に自身の生命という意味で。


 ボッ


「!!? な、何…っ?」

 笹の掠れる音以外、静謐せいひつだった空間。その地面上の四隅に、突如として炎が灯る。そのまま燃え盛ることなく一定の勢いを保ち、明かりとして機能していた。


「! これって、……魔法の?」

 暗かった空間に明かりがともったことで、ようやく自分の足元を中心に魔法陣のようなものが描かれている事に気付く。

 

 だが、シャルールの疑念は即座に否定された。


「正確には “ 呪 ” というものじゃ、罪人よ」

 声のする方を見ると、竹と竹の間が一定の広さまで不自然に開く。そこから奇妙な仮面をつけた者が、似たような仮面をつけた従者とおぼしき者を伴いながら姿を現した。

「 “ しゅ ” ? ……聞いた事があるような、ないような…」

 自身の記憶や知識を探るも、答えにたどり着く前に相手が口を開く。


「これより、裁きの儀をはじめる。罪人よ、覚悟は良いな?」

「良くないって言っても、関係ないんでしょーよ?」

しかり」

 だったら聞く意味ないじゃないと思ったが、口には出さなかった。下手に機嫌を損ねられたらますます状況が悪くなる。

 ここは相手の庭であり、こちらは1歩も動けず、しかも全裸ときている。立場は圧倒的に悪い。

「まずはお前の罪状を申し付ける」

「一つ、我らが領域への不躾なる侵入! 二つ、森においては絶対的に厳禁である火気の使用!」

 従者らしき者が、巻物を縦に広げて読み上げる。

 従者たちはそこそこ背は高いものの、シャルールとそう変わらない。

 一方で中心人物とおぼしき真正面に対峙している者は、背こそ低いが全体的には大柄で、ヨボヨボとしている。声色からしても相当な年長者なのだろう。

 伝統的な祭事などに用いられそうなデザインの装束から見えている四肢はシワだらけで、骨と皮だけに見えるほど細い。


「これら2つの罪をもって、お前を裁くものである」

 穏やかな、しかし強いイントネーションを含む老人の声が空間に響く。竹の間を風が吹き抜けて、それに呼応するように竹林がしなり、ざわめいた。

「…えーっと、私に弁明の余地は」

「ない。罪人に我らが決定に意を唱える権利などあるものか!」

 即座に答えたのは、従者の片割れだ。かなりの怒気を含んでいる。

 それほどに読み上げられた罪状とやらは、彼らからすれば重いものらしい。

「落ち着かぬか、愚か者。裁きの儀を乱すは不届きぞ」

「はっ、すみません」

 どうやら彼らにとって裁きとは、重大にして神聖なるものらしい。この隔絶された雰囲気に満たされている空間も、おそらくは裁きの儀とやらを行う専用の場なのだろう。

「ん、ん。…さて、罪人よ、そういうワケでお前に言い訳の機会は与えられぬ。罪には罰を、そして罰は我らが決める事。お前はそれを甘んじて受けねばならぬ。当然、拒否する事はできぬ」

「はぁ、そうですか」

 言いたい事はいくらでもある。だが、比較的話がわかりそうな老人も、どうやらこちらの話を聞く気はないらしい。

 シャルールは軽く両肩を落とす。無念―――ではない、今は素直に従うより他なしと、無意味に緊張するのをやめ、逆にリラックスする事にした。


「さて、肝心の罰であるが…、我らが裁きの基本は “ 穴埋め ” である。盗みを働きし者は、盗んだものに相当するものを。モノを破壊せし者には、破壊したものの修復、ないし相当する代替品の用意を。じゃが、それはあくまでも我らが “ 同胞 ” に対する裁きにおいて、である」

「? じゃあ、森の外から来た私は例外ってこと?」

「口をつつしめ、罪人が!」

「声を荒げるでないと、何度言えばわかるのか。……罪人が質問をする事は許されぬ。お前も黙って聞くがよい」

 完全に問答無用といった感じだった。少しでも会話が出来れば、そこからこちらの話を聞いてもらえる方向に持っていく事もできた。しかしここまでなしのつぶて一方通告では、酒場経営で培ったコミュニケーションもなんら力を発揮できない。


「さて、 “ 部外者 ” に対する罰はというとじゃ。その時の、我らが不足を補うことが基本」

「(あー…そっか。そういう事ね? 要するに、内部の者が罪を犯すのって、自分達にとってはマイナスにしかならないから、これをゼロに戻す、埋めるっていうわけだけど、外から来た者には、その時点で不足しているものを足させる事で、プラスにしようと)」


 ―――例えば、村全体のあらゆる面での総力値を100とし、村の中から盗人が出た場合。

 盗人が1を盗み出したならば99となり、元の数値からは-1となる。そのため、その盗人にはその-1分を補填させ、村の総力値を100に戻させる事で、実質的な損害をゼロに戻す、という “ 帳尻合わせ ” の法。


 しかし村の総力値が減少するのは、何も罪人のせいだけではない。自然災害や先の大戦のような、より大規模な加害によってのものともなれば、どうあがいたところで村の総力値は100から減少したまま、元に戻すことは到底できない。

 そういった自分達ではどうにか出来ないマイナスの補填をどうするかといえば……

「(悪い言い方なら、“ 部外者 ” からの搾取。しかも、それが罪人なら容赦なく搾り上げられる……、なんだか嫌な感じ)」


 シャルールにとって問題は、では今この村で不足しているものとは何か? だ。自分の裁量だけでどうにかできる話であればまだいいが、なんとか出来ないものを求められた場合、自己を人質としてマグル村や領主ミミへの請求が行われるかもしれない。

 さすがに他の誰かに迷惑かけるのは嫌だなーと思いつつ、彼女は下される裁きとやらを緊張しながら待った。


 そして…



「現在、我らにはメスが不足しておる。よってお前には最低、3人はメスを産んでもらう、これをお前の罪に対する罰とする」


「…………はい?」

 正直、シャルールはポカンとした。他の種族の女性であれば、おそらくこの罰はこの上なく重く、酷いものであっただろう。

 だが淫魔族にとってはかなり軽い罰である。もちろん望まぬ男と子を成すのは彼女らとて躊躇われる事だが、かといって絶対的に嫌悪したり拒否したりするようなほどの事でもない。


「補足して忠告しておく。1つ、オスを産んだ場合、それはカウントには数えぬ。あくまでメスを産む事がお前の罰である故。2つ、種付けは村のオスに行わせる。お前に相手を選ぶ事は当然できない」

「3つ、お前が産んだ子は我らが同胞となるが、お前は変わらず “ 部外者 ” である」

「4つ、罰を終えぬ限り、お前は罪人であり続ける」

「5つ、罪人に一切の権利はない」

「「以上!」」

 従者たちが交互に補足を述べ終えると、地面に描かれていた紋様が輝きだした。


「えーっと、一つだけ。私はここに目的があって来たんですが、私のその罪とか罰とかとは別に、聞いてもらう事はー…」

 何かヤバそうだと感じ、シャルールはまた怒られるのを覚悟の上で、慌てて言葉を挟んだ。すると何やら呪文を唱えようと構えはじめた老人が、杖をその場に一突きしてから答える。

「できぬ。正規の来訪者であれば交流にやぶさかでない。じゃが、今のお前は罪人であり、それ以外の何者でもない。早く罰を終え、罪人でなくなれば違ってくるがの。さすればお前は来訪者として扱われる―――要はさっさとメスを産み終えればよいという事じゃ」

 以上だとばかりに、構えた杖を高々とあげる。

 すると紋様の輝きは一層強くなり…


「カーッッ!!!」


 一喝と共に、強い風がねじれながら地面から噴き上がった。


「っ!? ……? …これは…」

 風がおさまると同時に、シャルールは自分の身体の異変に気付いた。

 下腹部に何やら複雑な紋様が浮かび上がっている。そしてその一部が延伸しはじめ、やがて全身に紋様のラインが走り、まるで彼女の身を拘束するように廻りきる。


「我らが告げた罰を終えるまで、その “ 呪 ” は消えぬ。そしてその “ 呪 ” ある限り、お前は罪人。この村より出でる事は出来ぬし、行動は大きく制限される。そして何より………」

 老人が、彼女の後ろで待機していたワー・ドゥローン雄蜂獣人に視線を剥け、軽く杖を上下させて合図を送ると、彼は片手を前に出して口を開く。

ひざまずけ」

「! …えっ、あ、か、身体が勝手に??」

 シャルールの意志とは関係なく、彼女の身体は彼の方に振り向き、そしてその前に跪いてしまった。

「一部の村の者の命令に逆らえぬ、絶対服従の隷となった。これもその “ 呪 ” が消えぬ限り、解放される事はない」

「……さっき言った事をやるまで?」

「その通りじゃ。一度結ばれた “ 呪 ” は条件を満たさぬ限り、決して消える事はない。これにて裁きは決した、罪人を引っ立てよ!」




 


 狭い竹林。笹の葉が大量に積もって足ざわりが悪くないのがせめてもの救いだ。それでもせめて、靴くらいは履かせてほしいものだとシャルールは正直に思う。


「(んー、かといって言ってみたところで、罪人がー、ってなるだけでしょうね?)」

 相変わらず、その身は全裸のままだ。着用しているものといえば、片足にほどよく重い足枷のみ。

 一般的な個人として考えれば、それは最低の扱い――――一切の権利を認められないような奴隷状態に等しい。


「(これが本当に奴隷扱いだったら、もっと酷い事されてたんだろうなー。逆に罪人ってされた事で、彼らの秩序を守る厳格さに助けられた、とも言えるのかも…)」

 いにしえの時代、先祖たちがまさにその奴隷扱いであった頃を思えば、まだ彼女の置かれた状況は最悪とは言えないだろう。

 最も、シャルール自身の目的を考えると、時間がないという意味では最悪だ。

 子供を作る・・・・・くらいどうという事はないが、急いでもそれなりに時間がかかってしまう。その間、一切こちらの言い分を聞いてくれないというのは完全にタイムオーバーになってしまう。


「(う~……ん、ミミ様がなんとかしてくれる、と思うけど……)」

 村の食糧問題。

 領主であるミミが領内の問題に何も取り組んでいないわけはないし、領民を見捨てるような事をする領主でない事は、彼女もよくわかっている。

 だからといって、領主様に頼りっきりというのは間違っている。自分達でなんとか出来る限りは改善の努力を惜しんではならない。それが未だ未開の地と呼ばれる地上で、生きていく上での基本的な心構えというものだ。


「(森で食糧採取の許可だけ取り付けて、村に伝えるだけでもいい。それでも当面はなんとか凌げるんだし…うー)」

 シャルールには、これから何者かと交配させられる事への恐怖や不安は微塵もない。

 歩きながら考える事は、この状況からどうやってマグル村の食糧難を緩和する事ができるのか、そればかりだ。


 だが、これといった良い案が浮かぶ事もなく、目の前が明るく開ける。


「っ? ……ここが、森の部族の村…?」

 歩かされた感じからおよそ100mほどの竹林を抜けた先。やはり竹が左右に不自然な開き方をして広がったのは、周囲を様々な木々に囲まれた森深い村の風景。

 切り開かれ、地面を平らにならして確保したとおぼしき村の敷地。

「(一番奥に見える森の木々の感じから、だいたいマグル村の2/3くらい? あのちょっと変わった感じの木造の…あれが家? 最低4、500軒はあるかな?)」

 地面は堅く固められ、所々に短い草が生えている以外は、土が見えている。

 家は木造だが、太さや長さを揃えた丸太をそのまま組んで壁や床、屋根を構成している。

 支柱が地面から突き出て、どの家も地面から1mほど高い位置に支え上げられていた。

「(確か…ログハウス式、っていうんだっけこういうの? 大昔の地上にあった建造物の一種だとか、前に探検家のお客さんから聞いた覚えが…)」

 地上に住まう人々の家屋は、発見された遥か太古の遺跡を参考に建造される事がままある。物珍しいという事もあるが、調べてみると何かと理にかなっている造りである事が多く、実用的だからだ。

 とはいえ、建材や暮らす種族の生態などの差があるため、必ずしもそういった家作りがどこでも流行るわけではないのだが。


「何をぼさっとしている。こっちだ、さっさとついてこい!」

「はいはい」

 自分の行動を制限するこの足枷から、存外進んだ文明を築いているのかもしれないと考えていたものの、こうして実際に村内を見て、彼女はそうではないと思い直した。

 なぜなら村の中にはこれといった魔法関連の設備や施設というものが一切見受けられなかったからだ。しかも村内を行き来している村人と思しき住民達も、これといった装飾を身に着けているわけでもなく、ほとんどの者が半裸で腰に簡素な布を巻いているだけ。

 当初思い描いていた “ 森の部族 ” のイメージそのままだった。


 ジャラ…ジャラ…


「(じゃあコレは、彼らにとっても結構貴重なモノなのかも?)」

 あり得ない話ではない。未開な文化・文明であっても、特別な力を持った道具の一つや二つあってなんら不思議はないし、それが特別な催事や儀式などに用いられるというのであれば、むしろしっくり来る。

 が――――それとは別に、シャルールには違和感を覚える事があった。

「(私が最初に寝っ転がされてたあの小屋と、村の建物の造りが違うのは……なんでだろう?)」

 古びたボロ小屋。

 しかしその造りは板材によるもので、マグル村でも見慣れた木材で建造された建物だった。しかし村の中の建物はすべて丸太組みの建物ばかりである。

「(言ってしまえば用途の違いっていうだけの事かもしんないけど、なんか気になるのよね…)」

 そうこう考えている内に、一向は一軒の建物の前に着く。それは他と同じ丸太組みのログハウス式だが、一回り小さめで窓らしき穴が見当たらない。ぱっと見では蔵のような印象があった。

「さあ入れ! 1歩でも外に出ることは許されない!」

「はーい、わかりましたよっ…と…うわ、暗……くもないかな?」


 丸太の隙間から差し込む光のおかげで、辛うじて室内が見える程度の明るさがあった。

「窓は、やっぱりないんだ。明かりもなし?」

「当然だ、罪人にはこれでも過ぎた住処よ、ありがたく思え!!」

 腹が立つ。もう少し言い方というものはないものかとシャルールはイラっとするが、何を言っても聞き入れられない以上、黙して従うより他ない。

「さて、罪人よ。今一度言うておくが、ここより1歩でも外にでる事はならぬ。そして都度、男が訪れるゆえその際は当然、一切を拒む事も許されぬ。全て受け入れ、励むが良い」

「つまり、ここが繁殖場なわけね」

「そういう事じゃ、覚悟を決めたようで何より。努々ゆめゆめ逃げ出そうなどとは思わぬようにな」

 老人は言い終えると、従者ともども去っていく。最後に残ったワー・ドゥローン雄蜂獣人も、再びシャルールの足枷を重くしてから小屋の扉を閉めた。


ガタン、ガコッ…ガコン


「鍵は、錠でも扉に内臓式でもなく、つっかえ棒なのね……」

 やはり解せなかった。何か彼らとこの村に妙な違和感を感じてしまう。

「うーーーん…考えたってわかる事じゃないっか。でも」

 そしてもう一つ、シャルールには不思議に思った事があった。

 ここまで歩いてきた中、村内にいた村人には様々な種族がいた。それ自体はマグル村でもそうだし、なんら不思議ではない。むしろ地上では特定種族のみしか暮らしていない町や村の方が珍しいからだ。問題はその容貌である。

「村人も、なんだか変だ、この村。妙に醜悪に寄ったような姿形すがたかたちしてたし…」

 たとえば同じゴブリンでも、普段よく見かけるゴブリン達とは大違いだった。この村のゴブリンは、目つきは悪く、全体的に醜悪さが極まったような風貌をしているのだ。だらしない腹は鍛えたような感じはまるでなく、四肢は痩せ細り、頭部は卑猥にすら思えるほどいびつだ。極稀に発生するモンスター・ゴブリンよりもよほど悪そうな顔と雰囲気だった。

「うーん…やっぱり何かおかしいよ、この村も、村の人々も。それとも見た目はああでも中身は凄く紳士的だったりとか――――」


ガコン! ギィィィィ……


 扉が開く。差し込んできた光を背に、やはり森林外の同種族とはまるっきり異なる醜悪な容貌のオーガが3体、ニタニタ顔で入ってきた。

「―――――うん、絶対ないねコレは。見た目通り、間違いない」


ギィィィィ………ガコ、ガコン。

 扉が閉ざされた。外でつっかえ棒がかけられる音がする。

 おそらくは最中・・、一人か二人は常に見張りに立っているのだろう。

「ホント、嫌になるくらい厳重。は~ぁ、まったく気乗りしないけど、しょうがないかぁ」

 丸太の隙間から入り込む僅かな光が、暗い室内に彼女の肌を薄っすらと浮かび上がらせる。

 1体でもシャルールを押しつぶせそうなほど、大柄なオーガ達から聞こえてくるのはヨダレをすする音。

 いかに淫魔族とはいえ相手は選びたくはあるが、彼女は渋々ながらに飛び掛かってくる彼らを受け入れる。わざと押し倒され、その場に仰向けに寝っ転がり、小屋の天井を仰いだ。






「あのオンナが、ガキ産むのにどのくらいかかるかな」

「さぁな? 人間じゃあねぇみてぇだが見た目似てる気もするし、早くても半年とかじゃね?」

「賭けようぜ? 最初に産むガキがなんの種族になるか、ってよーぉ」

「混ざってたらどーすんだよ? ってか混ざるだろフツー」

 村の中心広場。

 住人達が下卑た笑い声をあげながら、先ほど連れてこられた罪人の話を肴に酒をかっくらっている。


 その広場を遠目に見ながら、従者の男の一人が老人に話しかける。

「一体どうするので? あのオンナが本当に3人女を産んだ場合、あるいは産まなかった場合は?」

 その問に対し、老人は広場から小屋の方を軽く一瞥してから答えた。

「……彼ら・・の覚えは良くしておきたい。なので、あの者が産もうが産むまいが関係なく繋ぎておく。あの “ 呪 ” は、我らが解かぬ限り決して消えぬのじゃからなぁ、グッグッグ」

 仮面の下で、老人の口元がこの上なく醜悪に歪む。そして一呼吸おいてから、小さく、しかしこの上なく醜悪に一言呟いた。

「………我らの役に立ってもらおうではないか、永久に…のう」




「………」

 そんな彼らの様子を、さらに少し離れたところからワー・ドゥローン雄蜂獣人の彼は眺めていた。その表情は無感情を貫いているようでいて、しかしどこか苦しそうなものを含んでいるようでもあった。



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