第35話 彼の者のレベル。そして、彼のレベル




 輪を作り見せ合う顔ぶれは、ほとんどがいつものデカルト隊の作戦会議のメンツ。

 ここで挙がる議題に銘を打つなら、魔王転移作戦。発案者は俺。

 猟術士の転移陣を使い、未だ姿を見せぬ最後の魔王をここへ引っ張り出そうというものだ。


「途中まで魔王転移は、敵方戦力の分散が狙いだと思い聞いてたが、その逆とはな……ま、やるつもりではいるけれどよ」


 マサさんは険しい表情だった。

 隣はそれを遥かに上回る厳然たる顔のキョウカ女史。


「アリーゼ隊が八十名、こちらは三十名の戦闘可能な人員があります。しかし戦況は有利とは判断しかねる、切迫した状態です。そこに彼の作戦を遂行すれば、総崩れの危険性が高まります。火を見るよりも明らかな失策です。承服しかねます」


「けどよ参謀役。さっき赤毛の嬢ちゃんが説明してたろ。この『狭間の広間』で、すべての魔王を倒さねえと収まりが悪い。ギルドとしても討伐後、ふらっと魔王が現れても困るだろ」


「だからと言って、この戦力で四体すべてを相手にするのは無謀ですっ」


 強い口調で断言された。

 ただ、残念ながら輪の中にあって、キョウカ女史一人だけが渋る構図となっている。

 会議はもう討議の場でなく、段取りを話し合う流れとなっているからだ。


「結局全部倒すにゃら、三体も四体も大して変わらないのにゃ」


「ボクはかなり変わると思うけれどなあ。でも、だからこそでしょうか。今後魔王が分裂しないと言い切れない以上、もしかすると、『玉座の間』で四体を相手にすることになるかも知れません。最悪ボク達はここで三体、あちらで四体、計七体の魔王を討伐することになります」


「各魔王を殲滅できる部隊を編成できるのでしたら、私もここでの同時討伐は反対です。しかしその戦力は今ここには残されていません。残されているのは百名近くの一つの強さです」


 説得するような語りでルーヴァ、アッキー、カレン。

 それでも、目を伏せる女史には、得心した様子はうかがえない。


 この魔王転移作戦には、この場で唯一の猟術士、サクラちゃんの力が絶対的必要条件だ……。

 アリーゼ隊の指揮官には了承を得ている。あとはギルドの意向だ。

 サクラちゃんは自分の身の振り方を、上司に当たるキョウカ女史に委ねた。

 彼女の後押しがあれば、少女は動いてくれる。


「参謀役。ギルドは虫が好かねえが、おりゃアンタを、この隊のため尽力してくれる仲間の一人だと思っている」


「……では、刻印者もいます。ここは一時城内から撤退し、ベルニ隊との合流を果たした後、再討伐を試みるのが……得策ではありませんでしょうか」


「その刻印者を抱えたまま、何日だ、何日敵地で過ごして待ちゃいい」


 マサさんの口調は、苛立たしさを孕む。

 三つの討伐隊の一つベルニ隊がこの付近へ到着するのに、一日や二日辛抱するだけでは済まない。


「魔王には……分裂による減衰などはないのでしょう」


「『黄泉の刻印』が確率スキルに変化していると言い出したのは、アンタじゃなかったか?」


 急に話の先が見えなくなったキョウカ女史の発言にも、マサさんは応える。

 そのまま隊長と参謀のやり取りが、二つ三つ静かに続く。


 魔王の分裂に、これまでに在った強さの分割はなく等分で存在している。


 『盗眼とうがん』スキルで盗んだ魔王の情報から、キョウカ女史は分析するのだが、言われるまでもなく、俺達は肌で感じている。


 今までの……いいや。

 上限超えの強さを手に入れた魔王を四体相手にする、その覚悟の上でこの話をしている。


「マサさん。魔王達のレベルって、140とかだよね?」


「ん? ああ、綺麗に同じレベルのようだな。最後の一体が特別仕様でもなけりゃ、もう一体レベル140の魔王が増えるだけだ。どうってことねえ。心配すんな」


「クマの隊長さんは、怖いこと言うにゃね。ぷらぐが立ったにゃ」


 立つのはフラグな、それ挿すやつ。


「そのことですけれども……」


 おずおずと口を開いたのは、キョウカ女史。

 まさかの最後の魔王の特別仕様フラグ成立なのか!? と気を重くしたが……違う意味でのそれだった。


 虚偽報告の告白がなされた。

 キョウカ女史は動揺を抑えるためと、皆に魔王のレベルを偽って伝えていた。

 真実が知らせられれば、俺の周りで唸りが起きてた。


「180……道理で、しぶてえわけだ……」


 頭を掻きむしるなり、げんなりして愚痴るマサさん。


「うーん。レベルじゃ勝っているけど、やっぱ四体ってなると憂鬱ゆううつになるよなあ……」


「ええ、たとえレベルが上でも、魔王自体の数の問題は大きい……!?」


 横のカレンの眼が真ん丸になる。


「イッサは今、レベルは上、優っているようなことを口にしていましたか!?」


「口にしていたのはカレンの方だけれど、まあ、ちょっとだけ」


「にゃー!? にゃんじゃこのレベルはっ!?」


 こっちがびっくりするような驚く声が上がる。


「カレレもアッキーも、早くイササのステータスを見るよろしっ。とんでもないことににゃっているのにゃ!」


 フフォン、フフォンと、電子画面が立ち上がる。

 その後は絶句状態のパーティの仲間達。


「おいおい兄ちゃんっ。お前さんのレベルいくつだっ」


 パーティの反応もあってか、マサさんからの期待値を高く感じる。


「あれだよ、180の魔王とそんなに違わないよ。あんまりハードル上げないで」


「ご託はいいから、とっとと教えろっ」


「レベル、217……かな」


 間違ってなかったよな、と俺も自分のステータスを確認。

 フフォン、と手元に発光する画面が浮かぶ。




【レベル217 イッサ――魔法使いX】



 体力値……321


 攻撃力……259


 防御力……278


 魔法力……308(△401)


 素早さ……268


 器用さ……352


・特性スキル /子供の成長期<*>


・追加スキル /スロットふえーる /火炎ブースト極<*> /魔法力ブースト<*> /ふんばーる




「でも、あれなんだよね。ミロクみたく壁とか殴って壊せないし、めちゃくちゃな動きもできないし、思ってたほど強くなった気がしないんだよね……」


 ステ値は超えてるんだけどなあ……。

 改めてあいつのチート級の強さを知る。


 んで、驚かれるだろうとは思っていたけど、やっぱりこの世界での”レベル”の占めるウエイトって大きいんだなあ、としみじみ思う。

 まるで異星人とでも遭遇したかのような面食らった顔が並び、それらから、しげしげと見つめられるばかり。


「ねえ、皆聞いてる?」








 魔王転移作戦――。


 本作戦は猟術士のスキルを使い、『玉座の間』でテレビでも見ながらくつろいでいるであろう魔王を、問答無用でここ『狭間の広間』へ召喚する。

 この作戦が必要とされる理由は、魔王討伐を魔王の魔監獄送りを以って終えるためだ。


 作戦行動としては、三体の魔王を総勢100名近くの冒険者達が現状のまま相手をしている間に、俺が単独で『玉座の間』へ乗り込む。


 やはり、単独で行動するリスクに不安視はつくのであるが、選択肢がこれしかなかった。

 戦力的に、新たな工作部隊を編成することは難しい。

 そのことから少数精鋭での攻略を選ぶことになる。


 強者かつ、巫女救出の実績を持つ単独行動に長けた者を考えれば、自ら志願した俺以外に該当者はいない。

 当然ながら、”送転陣”は猟術士がいないと発現できないので、サクラちゃんは同行する。

 なので、本作戦の相方となるレベルが30と少ししかない少女にとっては、きっと大冒険もいいところになるだろう……な。


 見つめる先では、先輩冒険者に指導を仰ぎながら、後輩少女が床面の石材へ指を差す。


「赤いは受転陣。確認よし」


 固定された場所にしか描けない転移陣。

 魔王転移作戦で使用する陣は、床石が破壊せれれば消滅する。

 俺達が占有する広間の、”緑”扉と”青”扉側の隅にでも刻んでおけば無難なのだろうけれど、そうすると最後の魔王が転移した際に、現在の三体と挟撃されることになる。


 なので、可能な限りギリギリまで”受転陣”を中央へ寄せる。


「っんじゃま、受転陣壊されないようによろしく頼むよ」


「私は何を宜しくするのでしょうか?」


 カレンはきょとんとした様子で、側のルーヴァはウシシ、とニヤけた笑いを浮かべる。


「カレレがいると、イササはサクランとイチャチャこらできないにゃーね」


 なんてお気楽な。


「カレンがいようがいまいが、イチャイチャなんてしない……んだけど」


 白い騎士装束の帯を、きゅっと締めるカレン。


「ええと、まさか俺と一緒に来るつもり?」


「当然です。イッサは同じパーティの仲間なのですから」


 何を馬鹿なことを言っているのですか、とのお叱りが続く。


「カレレだけじゃなくて、ルーヴァも一緒に行くにゃ。もしかして、イササはルーヴァも置いて行くつもりだったにゃ?」


「いや……ルーヴァ、刻印持ちだろ」


「イササはルーヴァをナメナメし過ぎるにゃーね。獣人素早い、攻撃強い、打たれ強いの格闘最強職にゃ」


 猫獣人が力強くポージングすれば、そこへ赤毛のアッキーが乗り出してくる。


「それでも、絶対に回復役は必要ですよね」


「隊長殿には断っています。さあ、参りましょう」


 白い騎士の手が、そっと背中に触れた。

 猫の手が頭を撫でた。

 赤毛の子が、俺の手を引っ張る。


「皆……」


 俺の秘めていた心細さが、温かい心太さになった。







「よろしく、お願いします」


 サクラちゃんの小さな会釈の後に、キョウカ女史が話す。

 腹を決めたのだろう。至って無愛想だけど、協力的だ。


「伝令は回っています。貴方達は、真っ直ぐ”黒”の扉へ向かってください」


「どっから回っても、魔王の間合いの中は突っ切る形になるもんな。じゃあ、最短がマシか」


 『玉座の間』への道を守るような配置となった三体の魔王ら。


「行きますか」


「ええ、推して参りましょう」


 駆ける。駆ける。駆ける。

 魔王と戦う大勢の仲間達の輪に飛び込むようにして、駆ける。


 右方から爆風が押し寄せてくれば、左方からは舞うようにして数名の冒険者が落ちてくる。

 衝撃波――。


 スキルなのかただの一振りなのか、魔王が四つの腕を振り広げただけで、竜巻の如き風が起きる。

 そうして獣の巨躯が、一息で走る俺達の側面へ攻撃を仕掛けた。

 上腕を使った重たい剣撃と打撃。

 莫大な重圧を引き受けたのは、アリーゼの男達。


『Пути――』


 鼓膜をつんざく魔王の咆哮とともに男達が吹き飛べば、更なる冒険者が人壁になるように、俺達の道を作るように、迅速に寄り合う。

 怒号なのか激励なのか分からぬままに、仲間の大声を後ろへと追いやる。

 走る、走る、走る――走りながら、女神の名を念じる。


「また戻ってくるから、餞別ってわけでもないが」


 火炎魔法の『ドラゴニール』は発動するまでに”遊び”がある。

 炎の槍を形成するタイムラグだ。

 だから、速射性に難があるわけなのだが、俺はこの魔法が好きだ。

 ”遊び”は多少の融通を利かせてくれる。


 天まで届く勢いの広く高い天井には、60本近い炎の槍が生まれようとしている。

 これを三束に分けて、矛先を真下へ。


 紅蓮の大槍と化した三本の『ドラゴニール』。

 落とし貫く先は、魔王の頭。


「頑張ってくれっ。俺からの気持ちだ」


 背中の向こうで、巨大な赤い帯の柱が立つ――。




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