17】召喚魔法、イマイチなサッカー部員 -2
「それより、さっそく始めない?」
「そうだな。じゃ、こっち来て」
駐車場のすみにあったもう使っていないだろうと思われるすたれたワゴン台へ移動すると、沢瑠璃さんがいつものように鞄からあの白地図を取り出してワゴン台へバサリと広げた。
白地図にはあいかわらず赤いマルと見たこともないキャラクターのハンコが乱立している。沢瑠璃さんとおでんを探すようになってからも、着実にハンコの数は増えている。けれど人員が倍増しても一度に探す場所の数が増えたわけではないので、赤マルの数は全体を見てもまだ三分の一程度は残っている。すべてが埋まるのにどのくらいの日数がいるのだろうか、ということをふと考えながら、今日の目標を決めることにした。
「ここが一番近いな。ここにしよう」
「あ、でも川があるし、橋まで遠回りになるからこっちの方がいいんじゃない?」
「む。なかなか意見するようになったじゃないか」
「……沢瑠璃さんも意見聞いてくれるようになったんだね」
「聞くとは言ってないぞ」
「お前らいつもこんな感じでやってんの?」
「そうだね、でもだいたいは沢瑠璃さんの意見が通るかな」
「私のほうが正しいからな」
「いやでもこれは織野のほうが正しいと思うぜ」
沢瑠璃さんはすっくと立ち上がった。
そして僕の目の前にずっしりと立つ。ゆっくりと見上げるとそこに沢瑠璃さんという大山がそびえ立っていて、天空を彷彿させる頂からの超高度から憤怒の視線が流星のように降り注いでくる。
そして。
やはり、鞄が墜落してきたのだった。
昔観たアニメで、一体のロボットが墜落する隕石を支え、そしてその軌道をそらすという脅威じみたシーンを見たことがある。僕と鞄との配置はまさにそのシーンそのもので、僕はそのロボットそのものであり、鞄は隕石そのものであり、沢瑠璃さんは隕石の推進力そのものだった。唯一の違いを見出すならば、それは人々を救うためなのか鞄プレスを喰らいたくないだけなのかという理由だけだった。
「司、私は寛大だから聞いてやる、こいつはなぜここにいる……? なにを召喚した……?」
「ぼ、僕は召喚魔法使えません……!」
ギリギリという圧力音が少なくとも僕には聞こえて、そり始める背中に全力を込めながら必死に顔を横に振る。
僕の横に、なぜか理塚くんが立っている。僕の横になぜかあの強くも弱くもない中途半端なサッカー部に所属している理塚くんが立っている……!
「いや待て待て待て沢瑠璃、オレは召喚獣じゃない、とりあえず織野を解放してやれ!」
「ならぬわ!」
沢瑠璃さんが隕石の推進力役に徹したまま僕の背後へぐるんと回り込む。にもかかわらず力量変化がいっさい起こっていない。いっそ見事なまでの役者魂だった。
「司、お前が呼んだのか!? 五秒以内に答えなきゃこのままボリンと折りたたむ! 五、四!」
「理塚くんとにかく今すぐ沢瑠璃さんへ分かりやすく簡素に端的に説明お願いします!」
沢瑠璃さんの言う折りたたむが前傾のことでは決してないことはボリンという擬音語が語ってくれた、だから僕は理塚くんへ懇願した。沢瑠璃さんに拒否られたはずの理塚くんがなぜここにいるかは分からない、あの強くも弱くもない中途半端なサッカー部に所属している理塚くんがなぜここにいるかは分からない、けれどそんな彼が僕の命運を左右してしまうからだ。
「違う違うオレが勝手に織野の後を尾けてきたんだ! てかオレ、お前の同級生だけど知らないか!? 理塚ってんだけど!」
「知ってるぞ理塚光宗! 賢そうな名前なのに本人バカっぽくて名前負けしてるところが印象に残ってる!」
「そういう憶えられかた!? うわショック!」
のっけから理塚くんが沢瑠璃さんに脇腹を刺されている。理塚くんは頑張って握手しようとしたけど、伸ばされた手をすり抜けて沢瑠璃さんは鋭いナイフを理塚くんの脇腹に突き刺した、そんな感じだろうか。
沢瑠璃さんが僕の耳に顔を寄せてきた。うわ顔近い! と思った直後に、
「この名前負けしてるやつが言ったことはホントか……?ウソだったらやっぱり体折る。五、四」
僕は顔を縦に振った。沢瑠璃さんへの返事として一回、ちゃんと伝えるための保険として三回の合計四回顔を縦に振った。
「四回も振ったということはつまりウソだな?」
保険が逆に首を絞めてきた。
「か、彼の言うとおりです」
ちゃんと伝えるために言葉を使った。
……けれど、鞄の圧力が変わらない。なぜ?
「やっぱり司、私をハメたなきっさまぁ!」
「なんで!? なんでそうなるの!?」
「落ち着け沢瑠璃、織野はハメてないハメてない!」
「そんな言葉を受け付けるほど今の私に余裕があると思うてか!」
「え!? 沢瑠璃さんパニクってるの!?」
「よくぞ見破った司、まさにそのとおりだ!」
「悪かった! オレがそこまで予想外だったなんて悪かった! だから織野をその鞄から解放してやってくれ!」
――僕たちはそうしてひとしきり騒いだあと、本屋の店員さんの「よそでやってください」という冷たいけれど至極当然の指摘を受け、とにかくこの場を離れることにしたのだった。
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