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 過去に類を見ない事象が起きた。仮想箱を扱う年季の入った施設において、一つの仮想箱が瓦解したのだ。正確には最低限の機能を保って内部構造や蓄積情報の大部分が無意味化した。


「人生の最後を体験できる仮想箱だった」


 と、その仮想箱の体験者たちはどこか穏やかに言う。証言は箱に最初から備わっている表記の通りで、箱は正常に機能しているように思える。実際のところ人間側に与える影響にデータ的な変化はごく僅かしか見られず、箱から抜け落ちたものにも繕われたものにも論理的な説明のつく解釈は難しい。

 観測前その仮想箱は確かに少しずつ容量を増していたものの、それは誤差の範囲に留まる。箱から消えた重みは数字を見て明らかだった。中で起きたことを知ろうと箱から得られる体験を文字にすれば、この時代にいてよほど言葉に長けたものでないと子細な描写は表れず、箱側の調律を加えられるためにそれすらも箱の中に消える。


 施設自体は年老いていたが、来訪者に開かれた仮想箱はどれも第二次電子規定を経たもの。当然AI一機以上がその構造を監視している。つまり、水準“N”以上のAIの牙城が崩れたことになる。それもあろうことか、一人のプレーンな人間がそれを行ったという。



 現在設置されている3つの仮想箱の他に、いくつかの予備や旧式が施設には眠っている。そのうち一つ、最も古い仮想箱が人知れず一度だけ呼吸した。


FIND THE NEXT BOX.


 いわゆる没入型の映像装置が見せる“まあそれなりに見慣れた視界”に映ったその文字列に、


 祈りを込めて。

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