60_MeteoriteBox_20


 遠い国の遠い時代に“雪合戦”なる争いがある。前に仮想空間の中でひとしきり遊んだ。見渡す限りの白い大地が資源で、防御の要となる砦を建設し隠れて、手のひら大の雪玉を作っては投げる。面倒になれば被弾しながら即席で投げ合う。電脳戦のうちひとつの様式を電脳化していない人間に伝えるためなら、雪合戦は中々使いやすい例えだと思う。実物には時限式の砲台や空中に展開できるバリアもあるし、雪玉は大抵が雪ビームになってしまうけれど。プレイヤーは分身を放ったり隠れ蓑で誤魔化したりをするけれど。

 ハルカ姉ちゃんは現れたメカグモを結構怖がっているようだ。人を乗せて運ぶエッグよりも一回りも二回りも大きいのだから無理もない。トゲトゲした多脚重装、クモを機械化してカニのハサミを付けて色々とかっこよくしたフォルム。メカグモが人の捨てたゴミを拾ったり重いものを運ぶ作業を手伝う可愛い姿をハルカ姉ちゃんは知らないから、表情の無い“いかにもな装甲機械”が警告音を発しながら冷淡に近付いてくればそりゃ怖い。事実、ヒトの制御下にある多くの機械はヒトをどうにかするのに十分な出力を持っている。それは彼らの作業に必要だからで、ヒトは彼らが彼らの制御下を脱することを想定しないから。


『ジェミー、メカグモにちょっかい出しちゃダメだよ。こっちから何かするまで向こうは何もしてこないから』


{分かったジェミ}


 近くの人たちがざわめき始めた。見慣れない大きな機械が突然街中に現れたんだ、ほとんどの人の視界に映ったはずで、しかも発信源含め諸々の情報が『UNKNOWN』ときた。

 恐らくジェミーがメカグモと戦えば、一機程度なら互角に相手取れる。彼らナビゲーターがそういう扱いだからというのも勿論あるけれど、箱の中のあらゆる選択肢から出力される短い未来の中でハルカ姉ちゃんたちを守れるように演算能力自体も高性能にできている。このジェミーというナビゲーターは何だか妙に面白い。恐らく過去の自分が見てきたはずのナビゲーターたちの中でも特に。それに多分、優しい。そんなナビゲーターを連れた人ならば、ひょっとしてひょっとするかもしれない。この箱はどうも想定外の方向に因果要因が拡張されているようだけど、それでもきっと大丈夫だ。


 演算補助のヒーローマスクを展開、手始めに起点陣から挑発弾。


『今から適当に逃げ回るから、落ちてくるまで俺の戦いっぷりを見てて!』


 ハルカ姉ちゃんが「ちょっと待って」と言っているが、実はあまり時間が無い。格好良く後ろ向きの別れポーズを決めて加速装置を点火して走り出した。メカグモはよほどのことをしない限り人間に危害を加えない。自分たちエレゴーストであればその“よっぽどハードル”が少し下がる。


 視界を暗影が覆う。あれはいつ見ても立ち向かうことが無駄なんじゃないかと考えそうになる。過去の自分は何度か、あるいは機械的な反復の中で星の数だけ、そう思ったはずだ。突然の出現、サイズ質量を考えれば目視視認はあり得ないはずなのに、意地悪にスローモーションになる。演出の表面だけ見れば死の間際の体験のため。……とんでもない。


 あれ、戦いっぷりを見てとか言っちゃったな、そうじゃなくてメカグモの異様さを見て欲しいんだった。本来メカグモはこうではない、誰かか、何かが裏にいるはずだって。気付いてくれるかな。ジェミーにそれ以外にも上手くやってくれって頼んでおけば良かったかも……。


 強靱な機械脚が地面を突き刺し飛び跳ねた。捕食前腕と化した一振りをどうにか避ける。


『ダテマルビーム!』


 この技は完全に時間稼ぎだ。キミもあれに潰されて、優しいメカグモに戻ろう。あと何回かの世界の先でそれが叶うかもしれない。

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