54_MeteoriteBox_14


{おかえりジェミ}


「ただいま、ジェミー」


 小高い地点にあるベンチ付きの休憩所。見晴らしの良い景色が目前に広がっている。ノイズ交じりの少し未来の都市風景に強烈な違和感を刺す斜めの槍。景色を隔てる柵から少し距離を取って私は地に足を付けた。飾り気の無い風が空間をなぞる。世界を背景に私に向かい合う者がひとり。

 ジェミーは初めから手足の付いたピンク色のブラウン管テレビのような姿(曰く実体化)になって私を待っていた。膝の高さもない小さな識者は縦に引かれた緑色の太線二本の瞳で私を見つめ、続く言葉を待っている。――じゃない、何かを話そうとしている。


「聴かせて?」


 可愛らしい動作で頷くが、その後に選ばれる言葉は如何に。


{ハルカは何を見ても色々考えるジェミ}


 私も頷く。その通りだ。


{私はそれを演算の浪費だと思っていたジェミ。でもそれは美しい回路ジェミ。と思えるところまで、ハルカとハルカが見せてくれたものが私を構成したジェミ。嬉しいことジェミ}


 こちらこそ、嬉しいことを言ってくれるじゃない。でもなんだか、


「……なんだかお別れみたいに聞こえてきたけど、違うよね?」


{違うジェミ}


 ジェミーはきっぱりと否定した。


{イオの涙は私も反対ジェミ}


 そして熱を持った言の葉が舞う。


{まだ何かできることがある気がするジェミ。残念ながら私が何でも解決とはいかないジェミ。でもハルカの手伝いくらいはできるジェミ。ハルカ、ハルカは何をしようとしているジェミ?}


 イオを助ける、そう言いかけて一度飲み込んだ。


「少し待って」


{はいジェミ}


 隕石を止める。初めはそうだった。ただ興味本位でというくらいの動機だった。今は……それだけじゃない。隕石を止めればイオを含めたこの仮想箱の中の世界は“その後の時間を経験することになる”はず。それが救いを意味するのかどうか分からないけれど、直視を許さない歯車の織り成すフィルムは何か大きな意味のある変成を余儀なくされる。直感と仮定の域を出ない期待はそれだ。では、隕石を止めることを回答の言葉に選んだら、イオの涙をシナリオから取り除くことは霞んでしまう? ジェミーはそう受け止める? 私自身はそう受け止める?


{待てと言われればいつまでも待つジェミよ。それとも、もっと色々見てから考えてみるジェミ?}


「……と言いますと?」


{そうジェミね。とりあえず行ってみて欲しいところがあるジェミ}


 そろそろ見慣れて使い慣れた緑色の矢印が私の手の甲に宿った。



* * * *



 もう何がどこにあるか覚えてきた駅前風空間を抜けて矢印の導きで歩く。歩きながらジェミーに、さっき答えに悩んだ時の思考跡をなるべくそのまま伝えた。ジェミーは後でまた聴かせてと言い、それを聞いた私はそういえば私も後で行きたいところがあったと付け加えた。駅前のオブジェクトに『後で来い』と書かれていたのを思い出したのだ。

 さて、矢印は私を高層ビル群の一角に案内した。名のある大企業が威光を遺憾なく発揮するオフィス街の景観を基調に、やはりサイズ様々で配置不規則な管があらゆる高さに組み込まれている。建物のデザインは面白いことにそれほど進化していなかった。何なら見たことのあるガラス張りの壁面に、テトレンズ越しなら装飾情報が控え目に映る程度だ。機能が頭打ちになってデザイナーは遊び終えた、そんなところ?


{あっちから入って、中を通って、あれの上の方を目指すジェミ}


「途中までは分かるんだけど、高い建物の方は入れるの?」


 立方体フォルムの建物が細長い高いビルにくっ付いている。立方体の方には大きな入り口が付いていて、まばらに人が出入りしている。外見えはデパートのような施設には見えないが、厳重な警備を備えるところではなさそう。一方で細長いビルの方は明らかにオフィスビルだ。会社や組織の考え方が私の知るそれと違うかも知れないけれど、セキュリティの類があるんじゃ……?


{その辺は任せてジェミ}


 ジェミーがそう言うので大丈夫なようだ。探検続行。

 四角い建物の大きな入り口は、自動ドアの見た目を変えずに機能を加えたような威圧感で私を他の人たちと同じように出迎えた。接近を検知すると車……エッグ一台くらいは通れそうな幅ができて、私が通過するとそっと閉じた。その間ジェミーが粒子になって私の周りを一周した。振り返って見ていると、目の高さに半透明な輪っかを浮遊させたラフな格好の男性が私の後から同じようにドアを通過した。

 建物の中へ視界を戻す。空間は一気に開けた。正面にはこの仮想箱の中では中々見かけないザ・液晶ディスプレイな恰好をした巨大なスクリーンが設置されていて、整列した空港の待ち椅子に似た装置が多数。その二割くらいを老若男女ばらけた人々が占めており、ほんの一握りの人間が巨大なスクリーンを見ている。あとは手元か視界に備えた情報媒体とのやり取り。あれが全部同じくらいの大きさの手のひらサイズの長方形なら、私も見慣れた光景になるなあ……なんて。立ったまま利用するのであろう覆いの付いた一人用の情報端末群や通路の始点にある多目的の読み取れるアイコンを見るに、ここが何やら総合便利施設であることは分かった。体験したいのは山々……丘々くらい(?)なのだけど、矢印は外から見えた高いビルに繋がるルートを指すはず。


「えーっと……」


 地図を見て景色を見て座標方角のマッピングをするよりも矢印だけを見て歩けば良いのだから楽だ。室内でも精度に支障はなく、矢印を見て顔を上げて歩いて、矢印を見て顔を……やっぱり手間はあんまり変わらな……


「……えー……スカレーター?」


{何それジェミ?}


「これ?」


 ステップとステップの間に継ぎ目は無く未来の素材を使って色も青を基調とし、やっぱり一生懸命誤魔化しているようなどう見てもエスカレーターの形をした階段がある。


{もっかい言ってジェミ}


「動く階段」


{さっきと違うジェミ}


「動く階段」


{むージェミ……}


 私の知る動く階段には上りも下りもあったけれどこれは一車線? 使う人がいないからなのか沈黙停止していた。多分私がポールを通過すれば動くのだろう、それっぽいものがこの動く階段の両端にも付いている。


{これ足元が動くから気を付けてジェミ}


「えー、すごいね!」


{……ハルカ、何か隠してないジェミ?}


「そんなことないよ?」


 思わず変な演技をしてしまったが、そうか、私の基準時代がジェミーから見てどうこうという話もあるから色々とややこしくなるところだった。その意味ではジェミーに隠し事はしているのだ。この箱から自分の意志で出る時が来たらそれも話してみようかな。

 動く階段、駆動音がしないことや乗り心地は流石に未来を補足してくれた。緩やかに斜めに高度を上げながら一階部分を一望する。思った通りこの建物の中ではレンズをかけてもあまり情報が増えない。あの大型スクリーンがレンズをかけても真っ黒な四角のままで空間を切り取っていることは少々予想外とは言え。けれど、この時代の動く階段は最後に私に得意げな顔をした。床との境界に迫った時にそっと一時停止したのだ。安全に降りて歩みを続ける前に私は振り返って、外していたレンズを付け直してから小さく頭を下げた。

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