50_MeteoriteBox_11
「ジェミー、ご機嫌いかが」
転ばないように階段を駆け下りてひとまずジェミーの様子を確認。
{くるしゅうないジェミ。急いでいるジェミね}
「うん、もう一回イオのところに行くよ。まず私を覚えているかどうかだけど……」
優秀なジェミーはすぐにコンパスモードになった。走りながらチョキを重ねる傍から見ると怪しい仕草を済ませ、ひとまずテトレンズを付ける。もしかして駅前のお店にまた行かないといけないのかと思っていたが、適当な再現度のスタート地点付近の住宅街風空間にまで漂う文字記号情報群がそれを否定。軽快な走りは叶えられた。
テトレンズ越しに見えるようになる情報は駅前に比べてかなり少ないようだ。駆け足の相対速度で過ぎ去る文字記号をぼんやりと眺めていても密度の違いは分かった。本当は、人気のない上にハリボテのような建物に固定された文字記号を情報として読み解いた方が良いのかもしれない。道路標識のような数値やアイコンはともかく、何か重要なヒントを隠している気がしてならない。
(でも一つ一つ端から端まで見るわけにも行かないよね……)
{ハルカ、ちょっといいジェミ?}
「なんでしょ」
{少しの間ハルカから離れてもいいジェミ? 確かめたいことがあるジェミ}
「――え?」
それは、OKかNGかはともかく、もちろんOKなんだけど、
「……できるの?」
{できるジェミよ}
何故かジェミーは私から離れられないと思っていた。パーソナルアシスタントとやら。
「すぐ戻って来て下さいます?」
{……変な言い方ジェミ。さては寂しいジェミ?}
「うーん……うん」
思い返さずとも諸々の潤滑油だったジェミー。まあ今回は時間を20分にしているからそれほど困ることもないだろうし、でも居てくれた方が頼もしい、一人ではどこか不安なことは間違いない。
{イオのところに着く頃には戻るジェミ、それでいいジェミ?}
「うん、大丈夫。行ってらっしゃい」
{ありがとうジェミ、行ってくるジェミ。ちなみに矢印は私の一部を切り離して残すジェミ}
「そんなこともできるのね」
でも、どうやって私から離れるんだろう。
{歩いて行くわけじゃないジェミよ}
緑光粒子となったジェミーは風に乗ってやや上昇、そのまま私より先にセントラルの方角へ飛んでいった。中々綺麗な移動方法だ。エッグが一つ、私を追い越してゆく。軽く走る私よりちょっとだけ速い。銀の卵は相変わらず中身を見せない。ここにも法定速度はあるのかな。中にはヒトが乗っているのかな。
ところでジェミーは何を確かめにどこへ? イオが何かの疑問着火点となったようだけれど、それ以上の推測が進まない。情報が足りないのもある、あるのかどうかも定かではない勢力図のイメージもだ。
「イメージ、か」
ジェミーが私と同じ独立したキャラクターであるというイメージが急に枠を持った。ジェミーは技術的な意味合いではこの世界を知っている。思惑的な意味ではこの世界を“知らないところがある”。私と同じように。
そろそろ駅前空間セントラルだ。……そういえば時刻表示は見られないや。緑色の矢印に念じてみるも形は変わらず、やっぱりちょっと心もとない。“一部を切り離して”って、そのままの意味だったのかな。
* * * *
秋空から季節感だけを取ったような主張の少ない空気が私の呼吸を手懐けた。軽く走りながら機能が制限されてしまった緑色の矢印と睨み合う。時々立ち止まって方角を確かめたけれど、やっぱり矢印はセントラルを指しているようだ。私が行動を開始する階段の上――通称スタート地点、セントラル、そしてイオのいた公園。三点は直線状に並んでいたんだっけ? 思えば前回はかなり歩き回ったから、流石に自分が辿った経路を把握できていない。ジェミーを信用しているから素直に矢印に導かれることに抵抗は無いし、「目的地」への私以上の解釈が盛り込まれていても不思議ではないと思っていることは念押し。
駅前風のセントラルは相変わらず情報密度を維持して待ち構えていた。テトレンズを付けない状態でも、それとない未来を纏った人々と建物群が、銀色卵もか、複雑高密度なシミュレートを愉しんでいるのが分かる。背広姿の男性が手のひらに収まる半透明な板を渋い顔で眺めて立っているのを横目に、目の高さに青半透明なスクリーンを展開して音楽を聴きながら駅へ向かう青年を横目に。あの人たちは立ち話をしているおばさま方で間違いない。二人の間に便利そうな小型スクリーンが浮いている。
仮想箱によって人間ひとりが完全に再現されているのなら、ここ一帯の情報量は計り知れないだろう。……私から見れば。ただその密度は単純な喧騒とは少し違っていた。テトレンズを付ければ瞬時に書き換わる人間らしいノイズを含んだような景観も慎重な解釈を誘う位相にある。小高いあの場所から都市に突き刺さった巨大な槍を見つけた時に生じた感覚と無関係ではないが、より普遍的なというか、そう、上位の概念……。
走っていても立ち込める考え事の元となった話が聞けた広場の近くまで来た。少し立ち止まってこの位置から槍を探そうと試みる。……あった。かなり遠くに、悪意の無い巨大さを誇示したまま。矢印の指す方向とは離れてしまうから今は見送るけれど、後で近くへ行ってみないと。
「……ん?」
ふと目にした物を見て、瞬きをした私はチョキを重ねる。テトレンズを外した。世界が殺風景になる方がレンズ無しの状態。その『文字』は消えた。再度レンズを付ける。この動作に感じていた抵抗がまだゼロになっていないけれど、行き交う人々は幸い私の挙動をあまり気にしていない。さてその『文字』は再度現れた。腰の高さくらいのアルファベットの「T」を上からつぶして片方の腕だけ曲げたようなオブジェのところに、
『もっと時間のある時に来て。話がある』
と書かれている。ハッキリと、宛名も差出人もなく。
「ジェミー……じゃないよね?」
気になって辺りを見回す。レンズを外して見回して、また付けて見回す。怪しい人影は多分無い。私が唐突に怪しい人影の存在を疑ったのは、その匿名独言なメッセージがあまりにも“私宛て”に思えたからだ。レンズ越しに見えるセントラル空間内に散りばめられた情報群には確かにテキストデータも混ざっているけれど、私が意識して見ようとしない限りピントが合わないかのように読めない状態になっている。レンズを買った(貰った?)お店でジェミーが言っていたようにそれらが今は必要のない情報だからなのか、見たい情報を選ぶというのが実は私の無意識下で行われているのからなのかはさておき。それに対してこの『後で来い』は直球で私に認識を許した。私宛てであるとしか思えないのだ。ただ、仮想箱が構築したこの世界で私個人を認識している存在はジェミーと映画監督、つまりは仮定作者だけではないかと思う。後者はまだ存在自体が私の勝手な妄想であることを否定できない。あ、あと覚えるくんかな。
「んー……?」
もしかしてセントラルは引っかけ装置が多いのでは? そこには諸々の情報が色々詰め込んであって、考えすぎた私が勝手に引っかかっているだけ、とか。流行需要あるいは都市化で色々とバランスが崩れた駅前のように。運悪くそこへ落ちた万能試験紙のように。
「とりあえず後にしようかな……」
また矢印の導きでジョギングスピードに乗る。でもこれ、念のため覚えておこう……。
* * * *
都会にあっては肩身の狭そうな公園は、セントラルから離れてしばらく走ると見えてきた。イオは…………いた。おじさんはいない。イオだけが奥のベンチで同じように座っている。
(同じように、か……)
それは一抹の不安を意味する。いや、むしろ心の奥底ではそっちの確率の方が高いと分かっていたはず。深呼吸を数回を要して一度呼吸を整える。ジェミーはまだ戻ってこない。
砂が協奏してくれる足音に僅かな意識しか向けられないまま彼女に歩み寄る。
「あの、すみません」
「……はい?」
「えっと、……イオちゃん?」
「……?」
言葉への希薄なリアクション。私が今知っている数少ない鍵を撃っても、だ。
「……私の……名前でしょうか」
やっぱり、箱に入りなおすとリセットされてしまうということ? けれど前回は名前を教えてくれたはず。
「すみません、思い出せなくて……」
「ううん、ごめんなさい。ちょっとお話をしない? あ、丁寧語じゃなくても大丈夫だよ」
イオは困惑の表情のままぼんやりと頷いた。私が同い年くらいの同性だからか、突然目の前に現れて問いかける私にそれほど警戒心を抱いていない。……ジェミー曰くイオが空っぽだからなのかもしれないけれど。それなら、言葉を交わして何とか彼女から手掛かり手ごたえを見つけ出さなきゃ。
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