46_MeteoriteBox_08
空間描写の密度が上がった。その感知を上書き検知したかのようなタイミングで私のすぐ後ろの空間に人が“生成”され、立ち止まった私を追い越して行く。そこは駅前だけが不自然に発展した都市空間と良く似ていた。浸透しきって風化したバリアフリーが許した勾配と階段を少し歩くうちに、人と音と空気、その他の粒度が感じ取れる程度以上の段調変化を見せる。それから正体の分からない違和感もひとつ発芽していた。多分これは景観そのものに対して。
「あの人が半透明になって消えたりしないかな」
{見ているところならそこまでお粗末じゃないジェミ}
結構なことで。
スタート地点からもその密度が感じ取れた高さのあるビル群と、私の知る都市には見られない太い管状の機関が集まる辺り。「セントラル」とあの人は呼んでいたが、駅前と機能を持った主要なビル群とを隣り合わせにした区画に見える。こっちは駅の方だ。電車や線路に相当するものを確認できたわけじゃないけれどあの建物が多分そう。
エッグがいくつか(何台か?)姿を見せてはビル角を曲がってどこかへ消えていく。操縦者は確認できない。高さのある建物に視界が遮られるタイミングが増え、同時に道幅は広くなり、人通りが増える。――人通り。ここに存在しているのは紛れもない、人々だ。時間と質量と物語を備えた登場人物の群れ。見たところ半透明でもなければ動作セリフが制限されていることもない。その場で立ち止まった時に受ける感覚は有り余る程に現実のそれと近い物だ。彼らの服装や持ち物は。身につけている端末は。端末は少し気になるが、突飛なものは無し。あまりジロジロ眺めようものならこちらが見られてしまう、標準的な反応も搭載しているようだ。
「ふーむ……」
{どうしたのジェミ?}
「この人たち、何人くらいいるのかな?」
{さあ? たくさんジェミ}
「“当たり”は何人かな、なんて。」
{……当たりって何ジェミ?}
「そうなるよねえ……」
情報が膨大になってしまった。手繰ろうとした細い光の線が、無数のミラーボールまでもが泳ぐ電球で満ちた池に差し掛かったかのよう。困った、と駅前の広場に相当する空間を探して速度の落ちた歩みを進める。ジェミーに説明するのが中々難しそうだ。
駅舎だと見当を付けた建物は上から押しつけたように横に長い三角形の屋根を備えていた。いくつかの自動階段やスロープがその建物に向かって伸びている。鉄道線路に地下を使うのは既に私の知る時代でも可能な技術だが、建物の左右にこれまた三角形の覆いが伸びて地下へと向かっているように見えた。少し地上の空間を占めたそれは全体が内側に少しだけ湾曲していて、駅前広場の外縁を包むようになっている。あ、駅前広場は造ってある。となればベンチか何かも……あった。広場の区画に沿う道を選んで駅前広場に近付く。エッグが侵入してくる頻度が低いことは駅前と車のそれとよく似ていた。ヒトは密度を増して行き交う。その表情は、目的は、息遣いは。……ひとまず座ってから探ろう。
「ん? 押すと高さが変わるのね、これをこうすると戻って――」
ミライアナログとじゃれ合い、
「ふー……」
{ふー……ジェミ}
棒付きのアメ玉のような形をした椅子に座った。思わず溜め息を一つ。ジェミーがそれを真似する。小さな時計塔を模したオブジェクトの根元には、ぐるっとベンチ状のスペースがあって何人かが休んでいる。アメ玉もランダムに設置してあり、休憩と待ち合わせには適している場所だ。もっとも、その文化がここにあるのならば。
ひとしきり探るための視線移動を行う。よく見ると電話ボックスサイズの何かが設置してあるし、半透明の手のひらサイズの板は堂々と人々に追従浮遊している。耳元のサポート装置、注視して見つけたほぼ透明なゴーグル状のデバイス。景観の中で存在感を放つ“管”がそれらを代表し改めて私に囁く。彼らは通称未来のオブジェクト。見たところ何も装備していないように見える人もそれなりの割合で歩いているが、ヒトを補佐する装置の見た目は疾うに選択権を返却したのかもしれない。
私は焦点を物から人へと移した。駅前で止まっている人ならば、もしかしたらと思ったのだ。
{「あのすみません」するジェミね?}
賢いジェミーはハズレならハズレと先に言ってくれるのだろうか。
* * * *
否、ハズレなんて誰一人としていなかった。もちろん適当にあしらわれたり適度に怪しまれたりはしたものの、ある程度の時間話をしてくれた数人が与えてくれたあまりにも意味深な情報を私は整理しきれずにいた。まずは、この景観に付き纏う違和感について。駅前とは雑然としているものだというイメージがあった。ここでも似た機能を持つ空間が再現されていて、ジェミーが言うに私の影響を受けたとか受けなかったとかがあって、やはりセントラルのそれも雑然としていた。雑然としているのに、何かとても綺麗だ。“美しい”ではなく清潔感の類い。何故だろう?
「強力な監視役が街中を見張ってたのが最初。それから可能な限り目立たないように最上の自浄機構が構築された。機能が優先で目立たないことは二番目だったが、技術はその差を感じさせなくしていった」
違和感の正体はこれだ。例えばガムの跡、空き缶、たばこの吸い殻、時間を味方にした都市雨と排気系の生み出すあらゆる境縞模様。ヒトと人工物が不要な物として吐き出すそれらが多くを占めるその一連を取り払えた街視界なんて、私は見たことがない。だから強烈な違和感を覚えたのだ。他にも気になる単語がいくらでもあった。監視役とは? 今も自浄機構として存在しているということ? 例えばゴミを一つ定義してここで捨てたら何が起きて、――誰もそれをしない? 平穏そうに見えた世界に警戒心が戻る。次に、労働の概念。存在は認識していたけれど実情は何やら複雑だ。
「いわゆる危機というか、敵というか、それがいなくなった。いなくなったことに危機感を覚え始めたことに、気づき始めた。難しいんだけど、そんな感じなんだ、分かるかな?」
「昔、確か、“あの頃を取り戻そう”みたいな動きがあったんだ。どうもその時に、労働に対する俺たちみんな、世界中の人って意味だぜ、俺たちみんなの感覚が書き換えられたらしいんだ」
衣食住を十分に叶えるというのがひとまずの水準であるとして。安定した都市バランスを生み出そうとして、かなりの程度でそれらを達成した後。そんな世界なのだろうか。ここでも何か上位の存在を臭わせる言葉が垣間見える。
妙に快適なアメ玉椅子では今の私を支えきれないと思ったのか、小型時計塔の麓に全体重を預けた私は脱力して、今度は不思議な溜め息を生成した。
{お疲れ様ジェミ}
「うー……」
{落ち着いたらちょっと良いことを教えてあげるジェミ}
「……良いこと?」
すぐに無理矢理落ち着いたことにした。
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