27_DanceBox_04


 まずヒトの後ろ姿が目に入った。次に円形……逆さ円錐形の空間を認識。ここは野球スタジアム観客席一番上、一番外側席のような位置だ。でもスタジアムよりはずっとコンパクトで――

 状況を把握しようとしていた私の解釈領域が、異様な場の空気に気付き強制的にそちらに引き当てられた。尋常ではない感情密度、濁った熱。中心には何がある? 何がいる?


 私は解釈を放棄して、それを見ていた。満席ではない空間は工夫配置された階段を伝って中心部へ降りて行ける。無意識に歩いて、少し近付いて、それを見て、また近付いて、それを見ていた。

 一人の女性が踊っている。美しい身体の振る舞いが全てを強烈に引き付ける。その引力が人の目にだけとは到底思えない。その場の空気も、ともすればこの場に作用する何らかの理さえも。メーターの振り切った私の解釈領域がやっと一握りの空きを作るまでどのくらいかかっただろう、時間を忘れたどころではない、食い入るようにその踊りを見つめた。

 皆がそれを見ていた。私と同じ、意識を丸ごと掴まれているかのように。でもそんな強引な気配は当の中心には無いように思えるのに……先の解釈領域が黄色信号を出している、正常な読み取りが歪められているよう。一見無垢無害な迫真の舞踊に……。


 身体を横に向け目を閉じ強引に視線を外した。やっとのことでそれをすると、半分ほど目を開けて周囲をゆっくり見渡す。ここにも喫茶店風空間と同じように、性別年齢を問わず(あまりに小さい子供はいない、恐らくは感受性とやらがそれなりに固まる以降の年代の)何人もの人々がいる。ほどほどに小さなスタジアム型会場の中で、不規則な配置の座席に座って、あるいは立ったまま、中心部を見つめている。

 その時やっと音が戻った。少し抑えた音量で音楽が聞こえている。


「お嬢ちゃん、初めてかい」


 年老いた小柄の男性が私に声をかけてきた。斜めに被った深緑色の帽子の鍔から優し気な視線を覗かせる。


「美しいと思わんかね。まあ、その辺に座りなさい」


 素直に従い老人の隣に座る。この椅子は老人の椅子と少しだけ間隔が開けて設置されている。通路、階段、椅子(もしかして人も?)それぞれの意図的にランダムを作ったかのような配置には何か意味があるのだろうか。この位置は“中心”まで少し距離があった。


「綺麗です……」


 老人は私のたった数文字の感想を聞くと、彼自身も再び中心を見て目を細める。そして私にヒントを与えるように言葉を続けた。


「あの人は、別嬪さんだと思うかい」


 どういうことだろうと中心をまた見ようと思い、一瞬思い留まる。なるべくその“踊り”を解釈しないように、踊り手の女性の表情だけをそっと見る。この位置からでもなんとか表情が見えた。彼女が美人かどうかといえば、絶世の美女というわけでもない……? 長い髪は美しく一束に結われて動きの軌跡を演出しているけれど、その顔立ちは鮮烈な印象を与えてはこなかった。衣装には適度な露出度が設定してあるが極端ということもない。長い布が同じく身体の動きを複雑美麗に演出するも……やはり取り立てて“異様な何か”は感じなかった。そうしてまた自然とその身体の動き、踊りに意識を向けた時、私は再度強く引き込まれてしまった。


「……踊りが美しいのだと思います」


 老人は私が答えるのを十二分に待っていた。そして私の答えは彼の思う正解と大きく外れてはいなかったようだ。僅かに表情を崩して笑みを浮かべる。


「ゆっくり見ていくといい。呼び止めて悪かったね」


「いえ、ありがとうございます。その……踊りを見ている人たちに声をかけても大丈夫でしょうか」


「邪魔をするなと怒鳴り散らすような人はいないと思うよ。あの踊りを見ているのだからね」


 少し引っかかる答えだが、納得はしてしまった。

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