第96話 帝都決戦 閑話 不動青雲

三日月が輝く。


新帝国の幕開けを謡うかのように、片付けの終わった城下町では国家主導で催し物を開催していた。


と、言っても小規模な、かつての帝国の栄華は欠片も感じられない。




それでも、連日陰鬱だった帝国の空気を清ませるには、ちょうどいい。


暗い顔をしていた子供たちも、久方ぶりの平穏にその表情に笑顔を浮かべる。




ここが新帝国の原点なのだと。


英雄 バルカムリア・ダーバックが創り壊した栄華は泡沫に消えた。


ならば、と。


帝国民の心は、上を向く。


帝国の未来を嘆き、革命を成した新皇帝 プラナリア・ユーズヘルムと共に子孫に胸を張れるような栄華大国を築き上げるのだと。


それを、人々は心の奥底に抱く。




「……」




その光景を、城下町を見下ろしながら静かにワインを口に含む一人の男。


帝国城の最上階に位置する場所。


帝国勇者のために用意された部屋と、それにつながるバルコニーから眼下を見下ろす。




きらびやかに光るそれらも、男には酷く灰色に見えた。


それは、さながら当てはめられたピースだ。


自らの役割に甘んじ、考えることを放棄し流れに身を任せた思考しかできない魚。


雑魚の群れは、酷く、男の瞳には醜く醜悪に見える。




笑い合う、その笑顔の裏には醜悪な心を誰しもが秘める。


用意された舞台で、人々はそれを疑うことなく、笑え、と言われ笑う。


上を向け、と言われて上を向く。


道を正され、導かれる




「くだらない」




ワイングラスの中身を、城下町へとぶちまける。


無色に有色を。


怠惰に勤勉を。


人形に心を。




しかしそれは空中で霧散し、消えた。


当たり前のことではあるが、男はそれが腹立たしかったのか、瞳を揺らしバルコニーを後にする。




バルコニー先。


そこは上質な客室。


革命後、荒らされた痕跡が残る城内の一部にしては片付き、清潔に保たれている其れは彼の従者達が常に主人がいつ帰ってきてもいいように整えられているからこそ。




「城下町のお戯れは好きではありませんか?」




「興味はない」




部屋には一人の女性。


和服……と言えるこの世界には珍しい服に身を包み穂先が焼失した長刀を背負う。


ナスネは、自らが忠誠を誓う男の下にまた新たなワインの注がれたワイングラスを手渡し、微笑む。




そのグラスを受け取り、高価な椅子へと腰を下ろす男。




黒色の透き通る長髪に、女性と見間違う程整った貌。


髪と同様に、黒色の瞳でナスネをし、ワインを口に含む。




帝国最強と謳われる、人類最高戦力の一角。


帝国勇者 不動青雲。




「フジネらしき影を眼下に見たが?」




「えぇ、恐らく彼女は参加しているでしょう。フジネ、こういう催しに出てはしゃぐの好きですから」




「ナスネ、貴様は?」




「私ですか?私は良い思い出がないもので……こうして不動様と二人でお話ししている方が好きです」




「……」




ナスネは、不動を見て微笑み、不動はそれを意に返さずナスネを視線から外し窓の外……夜空を見ながら口にワインを含む。


召喚当初は口に合わなかったこの世界のワインも、段々とその苦みが口に合うようになり不動の数少なく好むものの一つ。




「帝国は、当初不動様が想定されていたより被害も少なく幻想種も撃破。加えて帝国勇者 呂利根、九図ヶ原の二人が戦死。芽愛兎様は記憶喪失で事実上の戦線離脱。喰真涯様が正気を取り戻した……といったところですね。また王国勇者は両名とも生還……今回の革命、いえ、幻想種との戦争は当初の想定より人族優位で終わりました」




「知っている。貴様らの固有武装から視ていたからな。もう一人勇者が死ぬとは思っていだが。所詮は魔族か」




「悪しき勇者が死に、正しき勇者が生き残る。実に素晴らしいことではありませんか」




「勇者に善悪などない。勇者など所詮、暴力装置の一つに過ぎない。それを偶像崇拝し無理やり勇者の殻に閉じ込めているだけだ……くだらない」




「……それでも人々は勇者を信じるでしょう。信仰し、崇拝し、全てを押し付ける。弱者の特権ですよ、強者に媚び、その庇護下に入ることは」




「邪魔にならなければ地べたを這いずり回ろうと気にはしない」




「はい。視界に入る五月蠅い虫は叩き落として当然です」




沈黙。


よく見れば、床は赤黒く変色していた。


壁には紅い血しぶきが潰れたように返り咲き、この薄暗い部屋、言われなければ模様だとそう思ってしまう。




否、それは紛れもなく血だ。




つい先ほど、不動へと媚を売りに私兵を引き連れてきた旧帝国貴族の一人。


ほとんどの旧帝国貴族がユニコリア達に殺されていた……とはいえ、それは全てではない。


生き残りも僅かながらにいるわけではあるが、それが善良だとは限らない。




バルカムリアが失墜した今、プラナリアを討ち取り自らが皇帝に成ろうとするバカの一人や二人貴族の中にも存在する。


白羽の矢がたったのは帝国最強・不動青雲。


この男を味方に引き入れれば自陣営の勝利は約束された勝利のカード。手に入れようと、不動へ話を持ち掛けた時点で、彼の命はこの世には存在しなかった。




興味のない、つまらない、魅力のない甘言を不動に呈した時点で、その貴族の命などあるはずもない。


この広がる床の、壁の模様こそ、貴族の成れの果て。




こほん、とナスネが咳ばらいをして口を開く。




「此度の革命……気になるのは、芽愛兎様の纏っていた力。あの異常でおぞましく醜い力が……私には気味が悪くてたまりませんでした」




「……『暴食』」




「確か、そう芽愛兎様は言っていましたね。すべてを喰らう黒点……喰真涯様の『偽りの偶像』と似て非なる力、のように私は思えました。不動様には心辺りが?」




「七つの大罪か。あと六つ、同様なものがある、か」




「えと……七つの大罪?不動様、それは……?」




「全く、楽しませてくれる」




ナスネの言葉は無視され、不動は楽しそうにその口角を歪ませる。


不動との会話が成り立たつことが難しいことなど、帝国では周知の事実。


それは、ナスネであっても変わりはない。


ほかに比べれば成立する方ではあるが、彼の興味が逸れればその時点で嫌が応にも打ち切られる。




故に、ナスネは不動が呟いた、この世界にはない概念である『七つの大罪』について深く追及することができずに悶々とする。


悶々と、学のない自らの頭を捻り絞って。




「あぁ、忘れていたな」




思考に陥っていたナスネの耳に、突然不動の声が響く。




不動は立ち上がり、ナスネの眼前へと歩いた。


その表情は無表情。特に感情の籠っていない無機質な表情。




そして、その視線の先は、ナスネの背負う固有武装。




穂先は折れ、もはやすでに只の棒になってしまった。其れはナスネの未熟さゆえの失態。


実力が無いものが、己の手に合わない大器を持ってしまったが故。


そして、何よりも彼女が恐れたのは不動からの失望。




薄汚い世界から、輝かしい面々を差し置いて自分とフジネの薄汚い姉妹を救い上げてくれた主人からの失望。


ただ、それだけが怖かった。




ナスネがフジネに付き合い祭りに行かなかった理由の大部分を象徴する大破した固有武装。


帝国に帰還しても、その固有武装を見ても、何も自分に告げることのない不動が……。


ただ、不動に見捨てられているのか、それだけを知りたくて二人きりになった。




眼前に近づく不動の右手。


その、右手は触れるだけでナスネの命など容易く奪い去ることも可能な、人類最高峰の力。




不動の右手は目を瞑り覚悟を決めたナスネの頭を素通りし、その先にある固有武装へと触れた。




無残に砕け散り、只の棒へとなり果てた固有武装。




「よくもここまで壊したものだ」




触れた瞬間其れは光り輝き、元の形へと完全に復元した。




背中にずしり、と刃部分が復元し鋼の重さが伝わる。


目を開けたナスネは即座に背の固有武装を手に取り、その姿を見て、涙を流す。




「あ……あぁ……紅蓮花吹雪……治ってよかったぁ……」




「……」




不動の汚物を見るような視線にナスネは気づかない。


ナスネは紅蓮花吹雪をその胸に抱きながら、へたりと座り込み涙を流しながら頬ずりする。


その涙は、相棒ともいえる固有武装が治ったことに対する嬉しさの気持ち……もあるが、その大部分は不動に赦された、という安堵から。


まだ、自分は主人の隣を歩いていいんだ、という安堵の心から来る涙だ。




フジネは固有武装を破壊することなく、姉の自分だけが破壊してしまったという負い目もあったのだろう。


しかし、不動の行いによりそのすべては精算され安堵の心だけが彼女の心を満たしていた。




――――――――――――――――――――――――――




「不動様、ナス姉ただいま!!ってうわっなんか踏んだ!!なにこれキモっ!!」




ワインを飲みながら、椅子に座り空を眺めている不動。それを傍らでみながら微笑むナスネ。


その静寂で悠久ともいえる時間が流れる潰れ飛散した死体の残る部屋。




ガンガンガン!!と騒がしい足音を立てながら扉を盛大にあけ放ったのは、城下町で買ったであろうお土産を両手に抱えたフジネ。


と、同時にナスネが不動から遠ざけておいた貴族たちの肉塊をダイレクトで踏んづけてしまう。




「あぁ、フジネ。それは避けていたゴミですよ」




「ゴミはゴミでもさぁ、ちゃんと避けといてよ。思いっきりぐにって踏んじゃったじゃん……」




「足元を見ないのが悪いです」




「お土産のせいで足元見えないし。……で、これなんなの?また不動様に迷惑かけたお馬鹿さん?」




「えぇ。不動様を退屈させた不届き者です。それに、新帝国に不和をもたらすであろう輩ですからね。価値はありません」




「うぇ~。めっちゃべっとりついちゃった。もうこの靴履けない……」




「聞いてます?」




足を上げて靴にべっとりとついてしまった肉塊を見て悲しそうに声を出すフジネと、質問したくせにその問いを聴かない妹にはぁ、とため息をつくナスネ。




ふと、鼻孔をくすぐるいい匂いがナスネの嗅覚を刺激する。


その発生源は言わずもがな、両手いっぱいに抱いているフジネのお土産。




「あ、そうそう。はいこれ、ナス姉へのお土産。なんかコンニャクっていうんだって」




「コンニャク……?なんとなく間抜けな名前ですね」




フジネに手渡されたそれは、簡易的な包装に包まれたプルプルとした灰色のなんともいえぬ物体。


これは……食べ物なの?


と、ナスネの懐疑的な視線をフジネは受けるが、彼女はその視線に気づくことはなくほかのお土産……美味しそうに焼けた肉や菓子類の分別に移っていた。




「フジネ?これは食べ物なのかしら?」




「そーみたい。ほら、あのSSランク冒険者の『賢人』ナツメヤシが経営してる食堂の前の出店で買ったんだけど……私もよくわかんない。新メニューみたい」




「どうしてそのわからないものを私のお土産に買ってくるのですか……」




『賢人』と呼ばれる『勇者』とはまた違った形で……召喚されるのではなくことらに迷い込む形でこの世界に現れる異世界人。


『勇者』とは違い、その身に力はなく変わりに変わった知識を持っていてほとんどの『賢人』はその知識をこの世界に伝承し発展させてきたともいえる存在。


『勇者』とは別ベクトルで英雄と言われてもいい、文化的貢献度が高い存在。




しかし、そのほとんどは自らが『賢人』としての正体を隠しこの世界に共生する。


故に、『賢人』として知られる存在はこの世界においても少ない。




そんな中で、今現在帝国には『賢人』と二つ名を持つ高ランク冒険者が存在する。


力を持たない筈の『賢人』ではあるが、特異な力を持ち冒険者最高峰であるSSランクまで数年で上り詰めた『賢人』。




『賢人』-ナツメヤシ。




しかし、『賢人』にしては知恵を人に与えずしまいには帝国に定食屋を構えて普通に、のんきに暮らしている謎に包まれていた人物。奇抜な料理が出てくるとして帝都では一部のマニアで評判ではあったが。


自称『賢人』の変人へないのかと、昨今では噂されてきたところだ。




「『賢人』から久方ぶりに与えられた知恵が……コレですか……?」




自らの手元でプルプルと震える灰色の物体。


硬くなり弾力が付いたスライムに見えなくもない。


否、それだけである。




「……」




こんなみてくれとはいえ、フジネが自分のために買ってきてくれたものである。


不動様には渡さないところを見ると自分は実験台なのですね……、と悲しくなるが、万が一不味いものを不動様に渡すことは好ましくないのだから仕方ない。




ナスネは口にコンニャクを頬張る。


噛んで、噛んで、噛んで……。




「ナス姉どう?」




「うーん……なんでしょう。新触感ですし……なんかこう……なんともいえませんね。不味くはないんですけど……味がほとんどしませんね」




コンニャクの触感。


ナスネの口にそれはいまいち合うことはなかったようで、歯切れの悪い感想を述べる。




「んーじゃあこれは不動様へのお土産からは除外で……あり?不動様?」




ベットに広げたお土産の仕分けの中から、コンニャクを取り出そうとしたフジネの手は、にゅっと横合いから出てきた不動の手に掴まれた。




「懐かしいな」




「え!?不動様これ知ってんの!?」




「元の世界であった。興味はなかったが、稀に食したな」




「流石不動様!!これすっごく美味しいです!!このなんというかムニムニプルプルした触感。深い味わい!!流石は不動様の世界の食物です!!」




「ナス姉それは強引すぎて引く……」




「そのままで食しても味が薄い筈だがな」




「うっ。……ごめんなさい」




「ナス姉に媚び媚びは似合わないって」




「うぅ……」




コンニャクを悲しそうに咀嚼するナスネ。




「ふん、くだらないな」




不動はそう一言呟くと、空になったグラスにワインを注ぐと再び椅子へと腰を掛ける。




人肉が飛散した静寂な一室。


シクシクとコンニャクを咀嚼するナスネと、お土産の分別に忙しいフジネ、ワインを傾けながら空の星を眺め口に含む不動。


有体に言ってしまえばシュールな部屋の風景を、開かれたドアから覗いた金色の女性がいた。




「失礼、勇者不動。プラナリアです。こちらにエル―伯爵は……あぁ、随分と平たくなって……」




新皇帝 プラナリア・ユーズヘルム。


いつまで経っても定例会に来なかったエル―伯爵が不動の元に向かったのを最後に見たことを聞いた彼女は嫌な予感がしながらも不動の下を訪れた。




それは、言わずもがな。目の前のシュールな情景を見れば嫌が応にも気づいてしまう。


壁に打ち付けられた人だったものの着ていたであろう服が、最後に見たエル―伯爵のいつも着ているものだったのだから。




「……」




不動は一瞬プラナリアを一瞥するが、すぐに視線を反らし。




「あ、プラナリア。ごめんさっき伯爵踏んじゃった。……ん?壁のが伯爵ならさっき私が踏んだのは誰?」




「プラナリア様。反乱分子は不動様が駆除なされました。もう安心です」




「……えぇ、ありがとうございます……」




プラナリアはこめかみに手を当て迫りくる頭痛に耐えながら苦悶の表情でお礼を言う。


皇帝になってからの重圧。他国への交渉。帝国上層部の調整。


余りの多忙さに忙殺されていたプラナリアは……今日は一段と疲弊しており不動たちの勝手な行いももうしょうがないと諦めの境地に立っていた。




「プラナリア」




「なんでしょう勇者不動」




ふと、コンニャクをフジネから渡されたプラナリアを不動が呼ぶ。


不動が自分を呼ぶ。その事実はプラナリアの中で警鐘を鳴らす。




「防備を固めておけ」




「それは……どういう?」




「ユニコリア如き小物。俺が居ずとも十分だったが。次はそうもいかない」




「ユニコリア……?いえ、それよりも、次とはまさか……?」




「俺がグラハラムとの殺し合いを切り上げ、帝国に戻ってきた。その意味ぐらい、察しておけ」




プラナリアの心臓の動機は鳴りやまない。


目の前の勇者の言葉は途切れ途切れで、他者に意思を伝えるような喋り方はされていない。


しかし、その途切れ途切れの言葉から、今回不動の言っている意味は十分に、彼女には理解できた。




幻想種との闘いの傷跡の残るこの地に、再び魔が押し寄せると警告しているくらい。




鼓動は早く、……否、鼓動は鳴り止む。


自らは皇帝だと、自らが臆してどうするのだと。




そして、なによりも目の前の勇者が。


帝国最強 不動青雲がこちら側にはついているのだと。


他にも、勇者は数人こちら側にいる。勇者が敵にまわっていた革命とは状況が全然違う。




自らが迷えば、民も迷う。


もう、プラナリアの選択は個人の選択ではない。


帝国の民の命を乗せた選択だ。




「承知しました勇者不動。進言感謝いたします」




民を背負う皇帝の顔になったプラナリアは不動に頭を下げると、足早に部屋を出て行く。




その姿を、不動は背後で感じながら呟く。




「俺が居れば事は終わる。精々、雑魚は固まっていろ。目障りだ」

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