第238話 からくり

—1―


9月5日(水)午後6時26分


 今から20分ほど前。太郎と小町と由貴の活躍により、捕まっていた泥棒が全員解放された。

 その様子を校舎の屋上から母、恭子を失った大吾が静かに見ていた。


 学校の敷地内という制限付きの狭い逃走範囲を散り散りに逃げ惑う泥棒。

 大吾はその中の1人に目を付けた。いや、目を付けたというより、大吾にはその人物しか目に入らなかった。


 大吾の瞳に映る人物、岩渕清はしきりに辺りを気にした後、グラウンドの脇にある部室へと入って行った。


『ゲーム続行不可能のため、万丈目真登香さん、早坂国竹さんが脱落しました。これにより逃走者が7人、警察チームは6人です!』


「そうか、国竹さんが死んだのか」


 屋上を後にした大吾は、グラウンドを歩きながら独り言をぼそりとつぶやいた。

 ドロケイの終了時刻まで残り30分。


 ここで部室に隠れた清に触れればほぼ確実に脱落させることができる。

 そうすれば恭子の無念も少しは晴れるだろうか。


「ふぅ」


 部室の扉の前。戦う意志を固め、大吾が息を吐く。

 ドアノブに手をかけ、一気に回してドアを開く。

 その瞬間、大吾は頭に激しい痛みを覚えた。


「死んだ母親の敵を討つためにわざわざ来てもらったところ悪いが、俺は捕まる気なんざ1ミリもないぞ。どうした大吾? もう終わりか?」


 清が金属バットを肩にかけ、倒れた大吾の顔を覗き込む。

 大吾は、頭から流れる血を気にもせず、憎しみに満ちた目で清のことを睨み返した。


「お母さんに、お母さんに謝れ! お前のせいでお母さんは!」


 涙を流しながら叫ぶ大吾。

 そんな大吾に容赦なく清がバットを振り下ろした。大吾が動かなくなるまで何度も何度も同じ動作を繰り返す。


 やがて大吾の涙をすする音も怒りに震えた声も聞こえなくなった。


「この世は弱肉強食だ。弱い奴は強い奴のエサでしかねぇ。強い奴にとっちゃあ、所詮俺たちなんか暇つぶしのおもちゃみたいなもんなんだろ。俺は、このゲームが始まってからそれを嫌というほど思い知らされたよ。大吾、お前には悪かった思ってる。嘘じゃないぜ。本心からそう思ってる。でもな、生き残るためにはどんな状況でも強い側にいなくちゃならないんだ。俺はどんな手を使ってでも生き残ってやる。こんなところで人生の終わりを迎えるなんて死んでもごめんだ」


 清は、動かなくなった大吾に長々と話し終えると、大吾の亡骸を跨いで部室から外に出た。


—2—


9月5日(水)午後6時46分


『ゲーム続行不可能のため、我妻大吾さんが脱落しました。警察チームは残り5人です!』


「大吾くんまで、まだ子供だろ」


 国竹と麻紀との死闘を潜り抜けた太郎と由貴の2人は、校舎の中を並んで歩いていた。


「もう残り時間も少ないですし、全員殺すことは無理そうですね」


「それより小町と凛花ちゃんを探さないと」


 太郎がそう言って振り返るが長い廊下に人の気配は無い。


 国竹と麻紀を倒した後、太郎は由貴に連れられて校舎の中に入ったのだが、その際に由貴が突然「警察!」と大声を出して走り出したので、反射的に太郎も由貴の後を追いかけた。


 その時に小町と凛花とはぐれてしまったのだ。

 今2人がいるのは校舎の2階。化学室や音楽室などの特別教室が並ぶフロアだ。


「太郎さん、後10分で私たち泥棒の勝ちですね」


「そうですね」


 小町と凛花のことが気になっている太郎は、由貴が話し掛けてきても聞き流すだけで精一杯といった感じだ。


 そんな太郎のことを気にしてなのか、いないのか、自作の槍を杖のようにして歩いていた由貴が足を止めた。


「どうかしましたか?」


 太郎も足を止めて由貴に訊いた。


「いえ、なんでもないです」


 短くそう答えた由貴。

 それを聞いた太郎は斧の持つ手を変え、ぶらんぶらんと腕を振って力を抜いた。

 国竹と麻紀が倒れた場所に斧を捨てて来てもよかったのだが、護身用として一応持ってきたのだ。

 

「太郎さんは2人の心配をするよりも自分のことを心配した方がいいと思いますよ」


「それはどういう……?」


 太郎が首を傾げていると、太郎の背後にある教室から音を立てずに奈美恵が現れた。

 忍び足で気配を消し、太郎のすぐ後ろまで近づく。

 由貴と目が合うと、奈美恵はトントンと太郎の背中を叩いた。


「奈美恵さん!? なんで?」


 バッと振り返った太郎が奈美恵を見て驚きの声を漏らす。


「太郎さんは私たちの秘密を知っているみたいですし、生きていられると色々困るんですよ。もう体育館に戻っている時間も無いので、残念ですけどゲームオーバーですね」


 由貴がそう言って太郎の背後から太股に槍を突き刺した。


「ぐああああ!!」


 床に倒れ込んで悲鳴を上げる太郎。その悲鳴が廊下に響く。

 しかし、その悲鳴を聞いている人も助けてくれる人もいない。


「さてと、私たちは上からゲームが終わる瞬間を見届けるとしますか」


「矢吹さん」


 奈美恵が3階に向かおうとしていた由貴を呼び止めた。


「どうしたの奈美恵?」


「ゲームオーバーなのは矢吹さんもです!」


 由貴の方に向かって走り出す奈美恵。

 しかし、その足はすぐに止まった。


「いやーーーーーー!!」


 苦しそうに自分の体を抱きしめてうずくまる奈美恵。

 由貴がそんな奈美恵の元にコツッコツッと靴音を響かせながら歩み寄る。


「奈美恵、今のは意表を突かれたわ。でも忘れた訳じゃないわよね? あなたは私に逆らえないのよ」


 由貴の手には小型のリモコンが握られていた。

 リモコンから親指を離すと奈美恵の悲鳴が止んだ。


「これさえ、これさえなければ」


 服を脱ぎ捨て、下着姿になった奈美恵が心臓の辺りに固定されているベルトを掴んだ。

 奈美恵の体には3本のベルトがきっちりと密着している。


「外そうとしても無駄よ。あの夜に何度も試したでしょ?」


「うわああああーーーー!」


 由貴が再びリモコンのスイッチを押すと奈美恵が痛々しい悲鳴を上げた。

 そんな奈美恵を見て不敵な笑みを浮かべる由貴。


 一体なぜ、由貴と奈美恵の間にこのような主人と奴隷のような関係が生まれてしまったのか?


 それは第1の選別ゲームまで遡る。 

 奈美恵は、第1の選別ゲーム『ペアを組め』の際に由貴にペアを組んでほしいと頼み込んだ。


 それを承諾した由貴だったが「ペアを組む代わりにこのベルトを付けて欲しい」と、交換条件を出したのだ。

 制限時間が近づき、ペアを組めずに焦っていた奈美恵はその悪魔の提案を迷うことなく飲み込んだ。


 奈美恵が取り付けたベルトは、外そうとすると超強力な電流が流れる仕組みになっていた。

 由貴が所持する小型のリモコンでも電流を流すことができる。


 つまり、奈美恵はベルトを付けた瞬間から由貴の言うことに対して逆らえなくなってしまったのだ。


 その後、第2の選別ゲームの最中に自分の心を壊し、由貴に言われるがまま殺人に手を染め、月柳村に住む老人を何人も殺した。


 由貴のあらゆる指示に従い、今の今まで文句の1つも言わずに全て実行してきた。

 それなのにここにきて初めて奈美恵は由貴に逆らった。


 泥棒チームと警察チームに分かれ、一時的に由貴の絶対的支配から逃れたことにより、本来の自分を取り戻したのだ。


「私はこんなことをするために生まれてきたわけじゃない! 生徒の心に寄り添った優しい先生になる! んああっ!」


 奈美恵が電流に苦しみ、顔を歪めながらも3本のベルトの内の1本を外した。


「生徒からも大人からも信頼される人になる! ああああああ!!」


 叫ぶことでなんとか痛みに耐え、2本目のベルトも外した。


「嘘でしょ?」


 これには由貴も想定外だといった様子で、思わず後退った。


「困っている人の力になるんだ!!!」


 かつてちょっとしたきっかけからいじめを受けることになった奈美恵。

 そんな奈美恵が高校を卒業する際に立てた目標だった。


 全てのベルトを外した奈美恵がふらつきながらも由貴に1歩、また1歩と近づく。

 もう奈美恵を縛るものは何も無い。


「いい働きっぷりだったわ奈美恵。欲を言えばもう少し長く私の役に立ってほしかったところだけど。これはこれで仕方ないわね。さようなら」


 次の瞬間、奈美恵の頭を政府の人間による銃弾が撃ち抜いた。


 地獄のドロケイ編、ゲーム終了。

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