第220話 悪い癖

—1―


9月5日(水)午前1時27分


 集会場の前では、大人を中心に話し合いが行われていた。

 今までペアを組んだり、宝箱を探したりと、とにかくゲームをクリアすることだけに必死だった。

 落ち着いて、冷静に自分たちが置かれている状況を考える余裕など無かった。


 しかし、次のゲームが行われる正午まで時間があると分かった今、改めて村人全員で情報交換をすることになったのだ。

 この機を逃したらいつまた全員が集まれるか分からない。


 みんな表情は疲れていたが、自分が持っている情報を村人の間で共有するべく、積極的に話していた。


「清と健三が話してくれたように、村の外には村を取り囲むようにフェンスでバリケードが張られている。だから、力尽くで逃げるということは出来ないと思う。政府の織田さんが、ゲームは長くても1週間続くと言っていたことから、残すゲームは多くてもあと5つあると考えらます。なので、現状その5つのゲームをみんなで協力してクリアしていくしか生き残る道はないです」


 今まで村人をまとめていた村長の茂夫が脱落したため、克也と小町の父、阿部太郎がこの場を仕切っていた。

 自分たちが置かれている状況を整理し、残りのゲーム数の予測。

 そして、協力することこそが生き残ることに繋がる。それが太郎の考えだった。


 太郎は、話をまとめる力が少しはあるみたいだが、全体的に考えが甘い。

 それを子供の私の口から言えるはずもない。


 私たち子供と大吾の母親である恭子は、大人の輪の外側に座っている。右から恭子、大吾、私、奈緒、小町、克也の順番だ。

 私の右隣にいる大吾は、母親の恭子の太ももを枕にして寝息を立てている。

 時刻は深夜。小学生が寝る時間はもうとっくに過ぎている。


「んー」


 私の耳元に奈緒の吐息がかかった。

 奈緒は、さっきまで起きていたのだが、1日歩き回って疲れたのか、充電が切れたようにぱたんと私の左肩に頭を乗せて動かなくなってしまった。

 何の夢を見ているのか分からないが、時々今みたいに唸っている。


「まったく、私も眠いのに」


 奈緒のさらさらの髪を耳にかけてみた。それから、もちもちの頬をつまんでみる。

 左肩を貸しているのだからいたずらの1つや2つぐらいしたっていいはずだ。

 すると、奈緒が口をむにゃむにゃさせて笑顔になった。本当に何の夢を見てるんだか。


 私が寝ている奈緒にいたずらをしていると、話し合いに熱が帯び始めてきた。


「協力してクリアするって言っても、次のゲームが全員生き残れるゲームとは限らないだろ。その場合はどうするんだ? 仲良く殺し合うのか?」


「おい、清よせって」


 健三が暴走気味の清にブレーキをかける。

 しかし、清は止まらない。


「まず前提として協力するってのが無理な話だ。全員掲示板を見たなら知ってるだろ? 老人たちを殺した奴が平気な顔してこの中にいやがるんだよ。協力ってのは信頼関係があって初めて成り立つものだ。俺はずっと一緒に行動してた健三しか信じられねぇーな」


 あぐらをかいていた清が立ち上がり、健三以外に疑いの目を向ける。

 清の言い分はもっともだ。


 話し合いの進行をしていた太郎は、協力するしか生き残る方法がないみたいなニュアンスで言っていたが、他のやり方などいくらでもある。

 多分それは太郎も分かっているだろうが。


「清がどう思おうがそれは清の自由だ」


 太郎がそう言った瞬間、場の空気がますます険悪な雰囲気になっていくのが分かった。


「じゃあ、勝手にさせてもらうぞ」


「分かった。でも、お前が誰も殺していないという証拠がないから平等に疑われることになる」


 太郎が清にそう忠告すると、清が眉をひそめた。


「俺からしてみればあんたも十分怪しいけどな」


 清がそう吐き捨て、去って行った。


「なんかすいません」


「いやいや、健三が謝ることじゃないよ。こうなることはなんとなく分かっていたんだ」


 太郎がジッと地面を見つめたままそう言った。


「清はあんな感じですけど、あいつはあいつなりにどうにかしようともがいてるんだと思います。それと、茂夫さんが死んだショックが大きかったのもあるかと」


「分かってる。そうだな。父親のいない清にとって茂夫さんは父親同然だったもんな」


「ちょっと心配なんで俺は清を追いますね」


 清に続き健三も輪の中から抜けていった。


 沈黙。

 誰も話そうとしないままどんどん時間ばかりが過ぎていく。


 私はこの話し合いが始まってから、注意深く由貴のことを観察していた。

 由貴は、終始周りに同調するだけで、自分から何か発言するということは一切無かった。


 しかし、この沈黙状態になり初めてその由貴が行動を起こした。ほんの一瞬、奈美恵に鋭い視線を向けたのだ。

 ずっと観察していた私と奈美恵以外は気付いていない。


「もう遅いですし、休みませんか?」


 奈美恵が様子を窺うような小さい声でそう提案した。

 時計を見るともう1時50分を過ぎていた。話し合いが始まってから約2時間経っていたみたいだ。


「そうですね。次のゲームまでに体力を回復させるのも生き残る確率を上げることに繋がりますしね」


 太郎がそう言い、それぞれが各自の家に帰ろうと立ち上がる。

 奈美恵は、由貴と合流することなく克也や小町たちと一緒に歩いて行った。


「奈美恵先生は由貴さんに支配されている……?」


 由貴の視線に気が付いた奈美恵は、話し合いを終わりにしようと持ちかけた。

 奈美恵が引きこもりだった由貴と会うのは、おそらく片手で収まるぐらいの回数のはず。


 それなのに視線だけで意思の疎通が図れているということは、ペアを組んでいる際に何かあったのか?


 そんなことを考えていると由貴が近づいてきた。


「凛花、そういうことは迂闊に口にしない方がいいわよ」


「えっ? 私、何か言いましたか?」


「ふふふっ、とぼけるのが上手いのね。それとも素なのかしら? 凛花は考え込むと自分が気付かない内に声に出していることがあるから気を付けることね。そうでないと誰に聞かれているか分からないでしょ」


 私の悪い癖が出てしまった。よりにもよって由貴に聞かれているとは。


「凛花、帰るぞ!」


「う、うん」


「私も帰ろうっと。またね凛花」


「おやすみなさい、由貴さん」


 父、浩二に呼ばれてなんとかこの場をやり過ごすことが出来た。本当に危なかった。

 もし2人きりだったら何をされていたか分かったもんじゃない。


「奈緒、ほらいつまで寝てるの。お母さんもお父さんも帰っちゃったよ」


 奈緒の父親、国竹と母親の拓海の姿が見当たらない。奈緒を置いて帰ったようだ。

 私は奈緒が起きるまで体を揺すった。


「あっ、おはよう凛花」


「はいはい、おはよう。お願いだから立ってー」


「んーー」


 その後も寝ぼけた奈緒と格闘し、家まで送るのに苦戦しました。


—2―


9月5日(水)午前11時17分


 夜が明け、3つ目の選別ゲーム開始まで1時間を切っていた。


「んー、やっぱりプリンはこの世の食べ物で1番美味しいね♪」


「そうだねー」


「なにその棒読み。まあ、プリンが美味しいからいいか♪」


 私はテーブルに肘をつき、奈緒がプリンを食べる様子を見ていた。

 テーブルには、食べ終わったお菓子の袋も2つほど置かれている。


 昨日、おこになった奈緒の機嫌を取るためにお菓子とプリンをエサに使ったのだが、それを覚えていた奈緒が私の家までやって来たのだ。


 選別ゲームがもうすぐ始まるというのに本当にもう。

 奈緒といるとこっちのペースまでなんだか狂わせられる。まあ、それが嫌という訳ではないんだけど。


「美味しいわね」


「さすが凛花のお母さん、プリン好きとはやりますねー」


「このカラメルの部分が美味しいのよね」


「分かります! さすがお母さん!」


 母の真登香と奈緒がカラメルの美味しさに共感していた。ちなみに私はどちらかと言えばカラメル以外の部分の方が好きだ。プリン本体の方? 黄色い部分だ。


 父の浩二は、腕を組んで難しそうな顔をしている。おばあちゃんが脱落してからずっとこんな感じだ。

 母は無理をして明るく振舞っているようにも見える。


 奈緒はいつもと変わらずずっとこのテンションだ。奈緒だけ見ていると、昨日人が6人も死んだとは思えない。

 こういう明るい人間が身近に1人でもいないと、気が滅入りそうになるから奈緒の存在は大きい。

 時と場所を考えて欲しい時もあるけど。


「よしっ、そろそろ行くか」


 父が「よいしょっ」と言い、立ち上がった。

 それを見て母と奈緒は、プリンのカップとスプーンを流し台まで運んだ。


 私は、なんとなく家の中の風景を目に焼き付けていた。

 もしかしたら、もうここに戻って来られないかもしれないからだ。


 履き慣れている靴を履き、外に出る。空は綿あめのようなもふもふとした雲が広がっている。夜頃には雨が降りそうだ。


 父、母、私、奈緒の4人は、選別ゲーム3日目のゲーム説明が行われる集会場に向かった。

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