第70話 全ての元凶

 この小さく丸まって今にも消えてしまいそうな男が元総理大臣向井孝蔵むかいこうぞうだと……。

 貴族クラスの草加さんはこの男が選別ゲームを作ったと言っていた。

 元総理をこいつ呼ばわりするのはあれだが、こいつのせいで俺のクラスメイトは死んだ。生き残った俺たちも新国家で毎日生きる為に戦っている。


「おい、あんた。あんたが選別ゲームを作ったんだってな」


「はやと、その人今はそんな感じだけど一応元総理大臣だよ。敬語ぐらい使いなさいって」


 乃愛に敬語を使うように言われたがそんな必要はない。

 こいつを1発殴っておかないと俺の気が済まない。

 選別ゲームで死んだまこともも、クラスメイトみんなの痛み、苦しみ、悲しみをこいつにぶつけておかなければ。


「あんたが選別ゲームを作ったんだろ。そのせいでみんなが、みんながばらばらに!」


 向井の顔を右の拳で全力で殴った。向井は何も声を発することなく右側に倒れた。倒れたまま起き上がろうともしない。


「おい、何とか言えよ! なんでこんな糞みたいなシステムを、新国家だ? ふざけんなって、お前の頭の中はどうなってんだよ! 人が増えすぎたからってこんなやり方間違ってるって小学生でも、幼稚園児でも分かるだろ! あんたのせいでどれだけの人が死んだと思ってんだよ!! なぁ! 何とか言えよ!」


 俺は向井を殴りながら思っていたことを全てぶちまけた。


「はやと君、もうやめて。向井さんが死んじゃうよ」


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 未来に腕を掴まれ冷静さを取り戻した。

 こんな人でもミナトの父親だ。ミナトから親を奪うことは出来ない。それに殺してしまったら俺も犯罪者と同じになってしまう。


「わたしは、がはっ……わたしは間違っていたのだろう」


 向井がそう言って起き上がり壁に寄り掛かって座った。


「わたしの父は国会議員だった。自分で言うのもなんだが金に困ったことは1度もなかった」


「何を言って……」


 何の話をしているのか分からなかったが向井は自分のことを話し始めた。


「金に困ったことは無かったが、わたしは学生時代友達ができなくて悩んでいた。話し掛けてくる人はいたが全員がお金目当てだった。わたしから話し掛けて仲良くなった人でさえわたしの父が国会議員と分かると態度を変え金銭を要求してきた。暴力も振るわれた。何回カッターで手首を切ったことか」


 そこで向井はふぅーっと息を吐いた。

 そして再び話し出した。


「家でも同じだった。父の元に訪ねてくる人は毎日のようにいたが、誰もが父ではなく父の権力や、金銭が目的だった。強盗に入られたこともあったな。わたしはそんな人生が嫌で嫌で仕方がなかった。このままだと自分も近い将来、父のような人生を進むことになると思うと気が狂いそうだった。それで考えたんだ。この世界からお金が無くなればどうなるのか、と」


「それで新しく国を建てて選別ゲームを作った?」


「あぁ、それが大きな理由だ。お金は人を狂わせる。それならばお金自体を無くせばいいと。わたしが総理になってから人口超大爆発も含めた様々な問題に悩まされてきた。だが、新国家を建て選別ゲームを導入することによってそれらが解消できると当時の内閣は一致したんだ」


「そんな話が通るなんて、国はどうかしてる」


「それほど切羽詰まっていたんだ。このままだと国民の多くが餓死してしまうと」


 向井は手を組み目を閉じた。

 人口が増えすぎたが故の食料不足。増えてしまった人を減らすことは出来ない。普通なら食料をどうにかして確保しようと考えるものだ。

 しかし、内閣ではそんな考えに辿り着けない程追い込まれていたのか。国家存亡の危機、そんな中で出した結論が選別ゲーム、か。


「新国家は試験段階だったんだ。脱落してしまったわたしに今の上の状況は分からないがね。日本では新しい総理大臣が就任して色々政策を出して国民の不安を取り除こうとしている。だけどそれもほとんど効果がないだろう。でも時間稼ぎにはなる。表では新総理大臣が政策を出し続け時間稼ぎをし、わたしが裏で選別ゲーム政策を完成させる予定だった」


「その予定が荒木という男に裏切られたことによって崩壊した?」


「そうだ。なぜそれを? これは極一部の人間しか知らないはず」


「下級エリアで草加さんに聞きました」


「そうか。草加と会ったのか」


「それと、ミナト君とも会いましたよ」


「ミナト……生きててくれたのか。あの子には謝っても謝り切れないことをした」


 向井の目からつぅーっと一粒の涙が零れ落ちた。


「向井さん、向井さんも生きて自分の口でミナト君に謝って下さい。それで力一杯抱き締めてあげて下さい」


「あぁ、あぁ、そうだな」


「新国家の方は俺がどうにかします。俺に任せて下さい」


「どうにかするって何か手はあるのかい」


 関さんが聞いてきた。


「考えがあります。この方法なら100日待たないで地上に上がることができます」


「そんな方法があるなら早くやりましょう」


 乃愛が立ち上がった。


「いや、今すぐにはできない。これをするには協力者が必要なんだ。まずは協力者を探さないと」


「地上に上がれるなら私、協力するよ。はやと君の力になりたいから」


「ありがとう未来」


「何よ、私も協力するわよ」


「私もコミュニティーのみんなに話してみるよ」


「乃愛も関さんもありがとうございます」


 俺は向井さんの方を見た。すると向井さんは俺の目を見ると頷いた。


「もちろんわたしも協力させてもらおう」


「ありがとうございます。それじゃあ詳しい内容は後程話しますので今日はこの辺で。未来、行こう」


「うん!」


「はやと、レイナに会わなくていいの?」


「あぁ、今日はもう遅いしまたすぐ会えるだろうからその時で大丈夫だよ」


「そう、ならいいわ。またね」


「うん。おやすみ」


 俺と未来は関さんのコミュニティーを後にした。

 そして、それから1カ月が経った。

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