第55話 カジノ

◆  ◆  ◆


 食堂でありすたちと別れた洋一は、建物の明かりを頼りに北区をぶらぶらと歩いていた。

 洋一が単独行動を取ったのには理由があった。それは祥平しょうへいを探すことだ。

 元クラスメイトの祥平、彼は多少正確に問題はあるが頭がよく状況判断も的確だ。的当てゲームが始まった当初は何を考えているのか分からず荒っぽい部分があった為敵対していたがゲーム終盤には手を組むことになった。

 俺より早く下級エリアに来た祥平なら何かしら策を練っているはずだ。それに乃愛のことも何か知っているかもしれない。俺はこの目で乃愛の遺体を見るまでは乃愛が死んだなんて信じない。


「ちょっとそこの君!」


 ピンク色の明かりが漏れている建物から20代半ばの女が声を掛けてきた。女が建物から外に出てきた。来ている服は乱れていて足元がふらついている。


「ねぇねぇ、寄って行かない? 今なら安くするよ」


 女が猫のように体をすり寄せてくる。酒の匂いがする。どうやら酔っているようだ。


「いや、いい。急いでるんだ」


「そんなこと言わずにさぁ。若いから溜まってんじゃないの? 遠慮せずに、今なら5ポイントでいいよ」


 女は手を胸元から股間の方に徐々に移動させていく。


「恥ずかしくないのか?」


「何よ。そんな怖い顔しちゃって」


「沙羅ちゃーん、まだー?」


 建物の中から中年男性の声が聞こえた。


「もう行く!」


 女、沙羅は建物にそう叫ぶと振り返り俺の顔を見た。


「初めのうちは恥ずかしかったし嫌だったけどもう慣れちゃった。仕方ないのよ。何も持っていない私がこの世界で生き残るにはこれしか思いつかなかったんだから。君は自分の体を大事にするんだよ」


 沙羅は建物に向かって走って行った。

 人の数だけ生き方がある。体を売るということが悪いことだとは言わない。そうしないと生きていけない人もいるのだから。

 だが俺は少し悲しくなった。選別ゲームの予選を勝ち抜いた人でさえそうしなくてはいけない状況にあるということが。そういう状況にある新国家が。何の為にあの地獄のようなゲームを生き抜いてきたのか分からなくなる。


 少し裏道に入ると木の下に数人横になっていた。下級エリアでは家を持たない人がほとんどなので夜は草の上で寝るそうだ。

 横になっていた1人が体を起こした。同い年ぐらいの男だ。


「どうしたんですか?」


「いや、起こしてしまったならすまない」


「トイレで起きただけですから大丈夫ですよ。それであなたは?」


 男が木の陰にそろそろと歩いていく。


「洋一だ。今日ここに来たばかりで色々と分からなくてな」


「洋一さんですか。僕は、アトマって言います」


「アトマ? どう見てもあんた日本人だろ」


「そうですよ。アトマという名前は自分で考えました。昔の名は名乗らないことにしたんです。思い出したくないんで。下級エリアにはそういう人が結構いますよ」


 思い返してみればギルドのジルやロッドも日本人だ。名前を呼ばれることで辛い体験が蘇ることもあるからな。そういった意味では改名する人もいるのか。


「アトマ、聞きたいことがあるんだが」


「はい、なんでしょう?」


「カジノはどこにあるか分かるか?」


「えっと、北区と東区の間にあります。この先を真っすぐ進んでもらうとドーム状の建物があるのでそこです」


「そうか。ありがとな」


「いえいえ、それでカジノなんかに何しに行くんですか?」


「ともだ……」


 友達と言いかけたところで口を閉じた。


「知り合いにちょっと会いにな」


「知り合いですか。どうぞお気をつけて」


 そうだ。俺と祥平は友達ではない。ただの元クラスメイトだ。知り合いに過ぎない。

 アトマと別れてカジノに向かった。北区と東区の間、東区は東南連合のテリトリーだ。慎重に行かなくては。


 アトマに言われた通り真っすぐ進むとドーム状の建物が見えてきた。北区の建物とは規模が違う。全階級の人が集まるだけあって巨大だ。下級エリア、中級エリア、貴族エリアにまたがってカジノは建てられているらしい。だから入り口が3箇所ある。

 入り口まで足を進めると自動ドアがあることが分かった。自動ドアの脇に認証システムがある。一緒に備え付けられていた注意書きを読むとどうやら中に入るには国民証を認証させる必要があるらしい。

 ポケットから国民証とついでにスマホを取り出し認証システムに読み込ませようとした時、カジノの中から係員2人に1人の男が掴まれて追い出された。投げ出された男が地面を転がる。


「ちくしょーー! まだ俺はやれる! やれるって言ってんだろ!!」


 男が地面に這いつくばりコンクリートをがんがん叩き泣き叫んでいる。俺は突然の出来事に認証システムに国民証をタッチするのを忘れていた。


「くそぉー! まだ、まだやれるって……」


 聞き覚えのあるこの声。荒々しい口調。


「もしかして祥平か?」


「あっ?」


 男がゆっくりと顔を上げる。髪が長くて顔が見えない。男が立ち上がって髪をかき上げた。


「洋一……あまりにも来るのが遅かったから死んだかと思ってたぞ。ここはダメだ。あっちに行くぞ」


「はっ? ちょっ……」


 訳も分からず祥平にカジノからやや離れた木陰まで連れて来られた。


「ここならいいか」


「何がいいんだよ。てか髪の毛長いな」


「髪なんか切ってる暇ねぇーんだよ。それにこれはこれで割と気に入ってる」


 祥平がまた髪をかき上げる。


「久し振りだな」


「ふっ、そんな懐かしむような仲じゃねぇーだろ。で、いつこっちに来たんだ?」


「今日だ。ありすに会ったよ。だいぶ雰囲気が変わっててびっくりしたよ」


「そうか。あいつも変わったよな」


「乃愛が脱落したって聞いたけど乃愛は死んだのか?」


「ありすがそう言ったのか?」


「あぁ」


 祥平が腕を組みカジノとは反対方向に歩き出した。


「乃愛は確かに0ポイントになって脱落した。だが、誰も乃愛を死んだところは見ていない」


「じゃあ、乃愛は生きてるってことか!?」


「可能性が無い訳じゃないってだけで生きてる保証はない。ちょうどこの後ありすと会う約束をしてたんだ。洋一も行くぞ」


「俺は少しカジノの中を覗いてから行こうと思ってたんだけどそれからじゃダメか?」


「今日はやめておけ。渋ってる上に東南連合の連中がいる。巻き込まれたら面倒くさい」


 ついさっきその東南連合との面倒事が片付いたばかりだ。わざわざ巻き込まれに行くのは頭が悪い奴のやることだ。


「分かった。行こう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る