第26話 文化祭
つくづく時間が経つのは早い。
時間は待ってはくれないもので、高校に入学してからもう6ヶ月が過ぎていた。
何の問題もなくクラスで友達を作ることに成功し、充実した学校生活を送っている。
俺のクラスは、とても仲が良い。
授業中は、たまにうるさくなるくらいに楽しい雰囲気だし、休み時間は、視聴率が高い人気のドラマのここが良かったとか、来週は絶対こうなるなど話をしていた。他にも漫画やアニメ、ファッションについての話など毎日話題が変わっていく。
放課後には、部活に入っていない男女数人でゲームセンターに寄り道をしたり、誰かの家に遊びに行ったりしている。
部活に入っている人たちは、毎日汗を流しながら練習を頑張っているようだ。俺は掃除当番の際、教室の中からグラウンドを走っているクラスメイトをよく眺めていた。部活をしているクラスメイトは、キラキラと輝いて見えた。
そして、担任の半田先生も優しい。
テストが近くなると放課後に教室で勉強会を開き、自信がない生徒に解説をしたり、飲み物の差し入れまでしてくれた。
気さくに話しかけてくれる先生で、生徒にとって距離が近い存在だ。半田先生に悩み事を相談をする生徒も多くいるらしい。
そんな、仲が良くいつもワイワイ騒がしい1年4組も9月になり、全員が慌ただしく学校内を動き回っていた。
それもそのはず、9月は文化祭が行われるのだ。
4組は、話し合いの結果、射的と焼きそばの2つのお店を出すことになった。
俺は、射的の店舗代表になった。自分から立候補したわけではなく、焼きそばの店舗代表の
文化祭に向けて放課後は、店の準備で看板作りやら備品の準備やらで忙しい。進行状況を確認して、作業指示を出したりと代表者は大変だ。
だが、みんな真剣に取り組んでくれているおかげで予定よりも早く準備が終わりそうだ。
一方、焼きそばの店舗準備は少し遅れているらしい。
代表者の
人を回したことで、文化祭前日には無事どちらの店舗も準備を終えることができた。
「いよいよ明日が文化祭です。代表者の空雅君と洋一君の的確な指示とみなさんの協力で準備も完璧ですね。素晴らしいです。明日は、先生も射的と焼きそばの店を行ったり来たりして手伝います」
半田先生は、細い腕に小さい力こぶを作ってみせた。
「最高の文化祭にしましょう!」
待ちに待った文化祭当日。
文化部のステージ発表が終わり、俺たちは教室に集まっていた。クラスの代表者であり、焼きそばの店舗代表でもある空雅が今日の意気込みを話している。
「みんなで作ってきたものなので、絶対に成功すると信じてます。射的も焼きそばもお互い助け合って今日1日頑張っていきましょう!」
『「おー!!」』
全員天井に拳を突き上げ、気合いを入れた。
射的はこのまま教室で、焼きそばは外の校舎前に店を開く。時間が迫っているため、焼きそば担当者は外に向かった。
「洋一!」
「んっ、どうした?」
廊下から空雅が話しかけてきた。
「何かトラブルが発生したらスマホに連絡してくれ!」
「わかった! 焼きそばはこっち以上に混むだろうから頑張れよ」
「おう! そっちもな」
空雅が走って外に出ていった。
「よしっ、じゃあやりますか」
射的の担当者は、12人で前半と後半に分かれている。代表者は、できる限り前半も後半も店に残らなくてはならないという決まりなので、俺はほぼずっと店にいることになる。
「洋一、もう教室の前に看板出してきていいよね?」
「うん。頼む」
このクラスで1番の友達の蓮が看板を教室の前に出しに行った。
「もうお客さん来たよー!」
看板を出しに行っていた蓮が、3人組のお客さんを連れてきた。
「
『「はーい」』
俺のクラスの射的は、よく夏祭りの屋台とかで目にするようなもので、机を2つ重ねて、その上にお菓子などの景品を置くといった形だ。
さすがに射的用の銃を入手することはできなかったので、輪ゴムと割り箸を組み合わせたゴム鉄砲で代用した。
ただ、それだけでは目を惹くものがないので、景品にゲームのカセットやゲーム機本体を用意した。学校の文化祭にそこまでする必要があるのかと言ったのだが、
そのことが噂として広まったのか、気づけば予想を遥かに超えるお客さんが廊下に並んでいた。
「やべぇー、圧倒的に人手が足りねぇー」
教室にいる蓮、志保、芽以は接客をしている。
廊下を見てみるとドアの前で
みんな精一杯仕事をこなしていたが、どんどん人が増え続け、お客さんの列が隣のクラスの3組にまではみ出していた。
空雅に助けを求めた方がいいな。と、判断した俺は、スマホで空雅に電話をかけようとした。
そこに救世主がやって来た。半田先生がやって来たのだ。
「先生!」
「みなさん、凄い大盛況ですね。焼きそばのお手伝いがひと段落したのでこっちの様子を見に来ました」
そう言い、半田先生はお客さんの誘導、受付、ゲームのルール説明など足りていないところのカバーをしてくれた。さすが、先生だけあって生徒の扱いに慣れている。
さらに、廊下を歩いていた一般のお客さんにも声をかけたりと呼び込みまで始めた。
俺は半田先生が大きく、偉大な人に見えた。
半田先生が来てくれて30分が経ち、人の流れが大分スムーズになった。
「洋一君、大分落ち着きましたね」
「先生のおかげです。ありがとうございました」
「いえいえ」
時刻はお昼を回り、店の混雑具合も収まってきた。恐らく食べ物関係のブースに移ったのだろう。
「そろそろ後半の人と交換の時間ですね」
「はい。さっき連絡があったので、もう少しで来ると思います」
「洋一君もお昼休憩に行ってきていいですよ」
「でも、代表者は店に残らないといけなくて……」
「この状態なら大丈夫でしょう。1年に1回の文化祭ですし、洋一君も楽しまなくては勿体無いですよ」
「みんなお疲れー!」
空雅が俺たちの人数分の焼きそばをおぼんに乗せて持ってきた。
教室に焼きそばのいい香りが広がり、思わずよだれが出そうになった。
「あっ、先生、焼きそばの応援に来てもらってもいいですか?」
「わかりました。行きましょう」
「みんなこれ食べてみて! 上手く作れたんだよ。今、凄い混んでてさ、すぐ戻らないとなんだわ」
「おう! ありがとう空雅」
『「ありがとう」』
空雅は、本当に気が利く奴だ。みんなのことをよく考えている。
「じゃあ、先生行きましょ」
空雅と先生が焼きそばの店に向かった。
俺は、廊下に出てドアに休憩中と書いた紙を貼った。
「冷めない内に食べよ」
「そうだね」
「おっ! 美味いな」
面の硬さも丁度よく、ソースが利いていて最高に美味しかった。やっぱりみんなで食べるご飯は一段と美味しく感じるものなんだな。
「交換しに来たぞ」
後半担当の公彦を先頭に他のメンバーもやってきた。
「焼きそば食べてたのか。どれどれ俺のゲーム機を取った人はいるかなー」
「まだ誰も取ってないよー」
ずっと接客をしていた志保が答えた。
「お客さんほぼそのゲーム機狙ってたんだけど全然倒れないんだよね」
「ちょっとやってみてもいいかな?」
後半担当の
「まぁ、簡単に倒れてもらっちゃあ困るけどな」
公彦がそう言った時、武が引き金を引いた。
輪ゴムは一直線に箱に飛んでいき箱の右角を捉えた。そして、ぐらっと揺れ、後ろに倒れた。
「わー! 武君すごーい!!」
武が女子に褒められて顔が赤くなる。
「得意なんだよこうゆうの」
話しながら武は、ゲーム機と書かれた箱を元に戻した。
「さて午後の部始めますか。前半のみんなはお疲れ様! あとは自由行動で」
「俺たちに任せろ」
公彦が胸に拳を当てる。
「頑張ってねー」
前半組と後半組が入れ替わった。
俺はドアに貼った休憩中の張り紙をはがし、射的の店を再開させた。午前中とまではいかないが、少しずつお客さんが入ってきた。
「おい、洋一いいのか?」
公彦が近づいてきて俺にそう囁いた。
「何がだよ?」
「いや、あれだよ。志保と一緒に色んな所見て歩かなくていいのかよ?」
「だって、俺、代表者だし、いいんだよ」
「店のことなら任せとけって。行ってこいよ」
公彦が一瞬廊下に視線を向けたので、それにつられて俺も廊下をチラッと見た。そこには志保が立っていた。
「なんで志保がいるんだよ」
「へっへー、俺がメールで呼んどいた。ほら早く行けって」
公彦に背中を押され、そのまま廊下に出た。
なんで、とは言ったものの公彦を恨んではない。むしろ、こうゆう場を作ってくれた公彦に感謝している。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか公彦は、俺の顔を見てニヤニヤと笑っていた。
「少しの間、店のこと頼んだぞ」
「はいよー」
公彦は、接客に戻って行った。
「洋一君、お疲れ様。どこか行きたいところある?」
「うーん」
「じゃあさ、体育館でバンドやってるらしいんだけど見に行かない?」
「うん、いいよ。行こっか」
「終わっちゃうかもだから走れー!!」
小さく細い志保の手が俺の手を引っ張る。
高校に入り1カ月ぐらい経った時、普段遊んでいるメンバーに志保を含む女子が加わり、女子と話す機会が増えた。その女子の中でも志保は、優しくて話しやすい。志保といると落ち込んでいる時でもいつの間にか明るくなっていた。いつも笑っている志保を見ると不思議と元気が出てきた。俺は、そんな志保のことが好きになっていた。
「よかった! 間に合った!」
体育館は、既に満員で空いている席がなかった。
「あっ、手」
つないだままになっていた手を志保が離した。
気のせいかもしれないが志保の耳が赤かった。
「後ろで立って見よっか」
「そうだね」
俺と志保は、しばらく演奏に見入っていた。ドラムの音が外まで響き、心臓にまで響いてくる。
「ねぇ、洋一君」
「ん?」
志保が俺の顔を見上げる。
「あのね、私、洋一君のことがす……」
会場が最高潮に達し、志保の声がかき消された。
「えっ! ごめん。なんて?」
「なんでもない!」
「そ、そっか」
バンドの最後の曲が終わり、志保と別れて再び教室に戻った。
教室では片付け作業が始まっていた。
「あれ? もう片付けるの?」
「おっ、洋一、もう景品全部無くなったんだよ」
「そうゆうことか」
「俺のゲーム機は、誰も取れなくて残ってるんだけどな。そんなことよりデートはどうだった?」
「デートってお前。楽しかったよ。ありがとな」
「いいってことよ。俺も葵とデートしたいなー」
公彦は、空気を抱きしめる。
「葵とデートって、ろくに話したこともないじゃん」
公彦は、他人の世話は完璧なのに自分のこととなると全然なのだ。
「俺だって本気を出せばデートぐらい余裕なんだよ」
「おっ、言ったな!」
公彦の実現するかわからないデートプランを聞きながら片付けを終わらせた。
焼きそば担当の人も片づけを終わらせ、クラス全員教室に集合した。
黒板の前に半田先生が立って話し出した。
「今日はみなさんお疲れ様でした。どちらのお店も大盛況で大変だったと思いますが、良い思い出になったかと思います。先生もお手伝いできて楽しかったです。今日の売り上げは、クラスの分散会まで取っておきましょう。では、お疲れ様でした」
『「さようなら」』
「蓮、公彦帰るぞ!」
いつも一緒にいる帰宅部のメンバーの蓮、公彦、志保と芽以、ありすの6人で今日の出来事を話しながら下校した。
駅に着きホームで電車を待っていた時、ポケットの中でスマホが振動した。
5人のスマホからも一斉に音が聞こえた。
「凄いね! 全員同時に来たね」
「うん。あっ、学校からだ」
スマホを開き受信メールの画面を確認する。
「はっ? なんだこの選別ゲームって……」
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