蒼き髪の少女、フレス

 絵画が輝き始めたと思ったら、今度は見知らぬ少女が部屋に現れた。

 髪型は、水色に近い青のミドルボブ。

 水色のワンピースを着たその姿は、年齢で言うなら十代中頃といった風体か。

 そして何よりも驚いたのは、彼女が想像を絶するほど美少女であるというところだ。


「お、お前、どこから侵入したんだ!?」


 突如として現れた美少女に、ウェイルは護身用のナイフを抜いて構えた。

 常に警戒を怠らないプロ鑑定士の本能だったが、あまりにも現実離れしているこの状況に、内心恐怖していた。

 部屋のドアは間違いなく鍵を掛けていたはず。

 他に侵入できる場所と言えば窓しかない。

 しかし、ここは三階だ。

 どう考えたって常人が侵入することなど不可能だ。


「君は誰……?」


 彼女がポツリと漏らしたのは、そんな言葉。

 目覚めたばかりのせいか、ほんわりとした口調であったのだが――


「――き、君! ここにいたら危ないよ!!」


 ――突如として、彼女は危機感に満ちた表情となった。


「な、なんだなんだ!?」

「奴はどこにいるの!? ねぇ、どこにいるの!?」

「一体誰の話をしているんだ!? それに危ないって何なんだ!?」

「逃げて! ボク、今度こそ奴を!」

「待て待て! 一体何の話をしているんだ!?」


 両者ともかみ合わない会話が続く。

 どうやら少女はかなり取り乱した様子であったが、しばらくすると目が覚めたみたいに大人しくなった。


「……あれ……? ボクの知っている景色じゃ、ない……? ボク、ボクは一体どうなったの……!?」

「どうなったって、それは俺が聞きたいくらいだ。お前は一体誰なんだ!?」

「みんな、どうなっちゃったの……? ……あれ……? ボクは一体何を……?」


 そう尋ねる彼女の瞳には涙も浮かんでおり、もうウェイルには何が何だか判らなかったが、とりあえず彼女を落ち着かせる方が早いと踏んだ。


「よく聞け。ここはおそらくお前が知っているところではない。一体何が危ないのかも判らないが、ここは安全だ。一体何があったんだ?」


「何が……? ……あれ……? ……もしかしてボク……封印、されていたの……?」


 今度は一気にシュンと項垂れた少女。

 最後の方はうまく聞き取れなかったが、なにやらかなり落ち込んでいるようだ。

 その姿は、なんだか少し可哀そうに思えた。


「とりあえず落ちついたようだな」


 警戒する事だけは怠らないようにしようと思いながらも、ナイフのような物騒なものを持って声を掛けるのも躊躇われた。

 なので近くにあった机の上にナイフを置いて、彼女に対し柔らかい口調で訊ねた。


「何があったんだ?」

「……わ、判らないんだ。ボク、全然覚えていないんだよ。でも、大切な人を失くしたって、それだけは覚えている。……そっか、ここにはもう、いないんだね」

「……ああ。多分な」


 落ち込む彼女の姿は、少し歳の離れた妹弟子の姿と被って見えた。


「……待てよ。同情する前にやることがあるだろう、俺」


 つい彼女に同情してしまっていたが、そもそも彼女は一体何者なのか。

 それを調べねば何も進展しない。


「聞きたいことがある。お前は今、絵画の中から出てきたように見えた。実際の所どうなんだ?」

「うん? ……えっと、そうだよ」


 ウェイルの質問に素直に答える少女。


「今ここに絵があったんでしょ? ボクはそこから出てきたんだ」

「冗談、じゃないんだよな?」

「そうだね。だってボク、冗談言わないし」

「俺の目がおかしくなったわけじゃなかったんだな」

「大丈夫、正常だよ」

「……おいおい、そんなバカな話が……」


 正常であること自体を否定したいとも思ったが、鑑定士たるもの、自分の目で見た出来事は何があっても信じなければならない。

 それに彼女の目を見れば、真実だと言うことが判る。

 あまりにも純粋そうな彼女の瞳に、嘘を吐いている気配など微塵も感じられなかったからだ

 ウェイルは先程の出来事をよく思い出していた。

 酒の入ったコップを倒し、酒で絵が濡れた。

 すると青白い光が部屋を包んで……。


「ま、まさかあの光か……!?」

「そうだよ。ボクはその光と共に、絵の中から出てきたんだ。ボクの封印が解除されたんだね」

「封印……!?」


 なまじ聞き馴染みのない言葉だが、その言葉の意味の言わんとすることは理解出来る。


「封印されていたのか!? 絵画に!?」

「いつどのように封印されたか、全然覚えていないんだけど、多分そう。おそらくボクの身に何かあったんだと思う。ねぇ、今度はボクが聞きたいんだけど、ここはどこなの?」


 すっと立ち上がると、彼女は窓から外を見渡した。

 少し気づいたことがあるが、彼女はこちらに対してかなりの警戒心を持っているようだ。

 常にウェイルと一定の距離を保っている。


「ねぇ、ここどこ? 見たことのない景色だよ」

「ここは教会都市サスデルセルの、俺の泊っている宿の一室だ」

「君の……?」


 少女は、ウェイルの身体を上から下まで、舐めるように見渡した。


「ねぇ、お互いに自己紹介しない? ボクの名前はフレスベルグ。君の名前は?」


 突然始まった自己紹介に思わず面を喰らったが、ウェイルは素直に答えることにした。


「俺の名前はウェイル。鑑定士のウェイル・フェルタリアだ」

「え……?」


 今度は彼女の方が、ウェイルの名前を聞いて面を喰らっている。


「えっと、今、フェルタリアって……」

「あ、ああ。俺の名前はウェイル・フェルタリアだ」

「……――フェルタリア!」


 彼女がウェイルの名を復唱した、その瞬間だった。


「――なっ!?」

「フェルタリアの人だー!」


 突然、何の前触れもなく、フレスベルグと名乗った少女は、ウェイルに抱きついてきた。


「ボク、ボク、君がフェルタリアの人ってだけで、何故だかすっごく嬉しいよ!」

「ちょっと、お前!? 何がどうしたんだ!?」

「うううう! 嬉しいよぉ……!!」

「一体何なんだ!?」


 絵画から出てきた謎の美少女に、今何故か抱きつかれている。

 もうそろそろウェイルの脳が追い付けなくなる展開である。


「あはは! 君、ウェイルって言ったよね! ボクのこと、フレスって呼んでよ!」

「急に馴れ馴れしくなったな……」


 さっきまでの警戒心はどこへやら。

 ウェイルとしても、見知らぬ怪しい少女に突然抱き着かれて、どう反応していいか判らない。


「ボクね、フェルタリアの人ってだけで信頼できるんだ!」

「お前、もしかして……!」

「お前じゃなくて、フレスって呼んで?」

「……フレス。もしかしてフェルタリアのことを知っているのか!?」

「うん。……と言っても、さっきも言ったけど今は封印前の事をあまり思い出せていないんだけどね。でも、フェルタリアの人達のことが大好きってことだけは、ボクしっかりと覚えていたよ!」


 ――フェルタリア。


 それは今は亡きウェイルの故郷の名。

 それを知っているということは、やはり彼女には何か秘密がある。


「お前は一体何者なんだ……?」


 慎重に尋ねたウェイルに対し、フレスはというと。


 ――きゅ~。


 お腹の虫が代わりに答えたのだった。

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