第77話 刻に縛られた者/見捨てられた者⑳
無人発電所には前回の戦闘の傷が色濃く残っていた。半壊の建物が辺りを埋め尽くす。まるで空襲爆撃でもあったのかのような惨状だ。
瓦礫の砂が風に乗って飛ばされる。
キャンサーの理不尽なまでの広範囲・高威力から来る怒涛の連撃よって生まれた被害。それはそう簡単に修復できるほど生易しいものではないのだ。
積もり積もった瓦礫をルージュは歩いて越える。
そして瓦礫の少ない足場のいい場所に降りた。
「しつこい女。そんなんじゃ男に逃げられちゃうわよ」
「!?」
キャンサーの声がした。
しかしそれは背後からのものだった。
ルージュは反射的に振り返る。
「フフッ」
キャンサーが瓦礫の上で、不敵な笑みを浮かべ「ん~ちゅ」と投げキッスをしてくる。
派手なファーの付いたピンクのジャケットに、同じくピンクのチノパンツを履いていた。ジャケットには《ビューティー》と大きく印字されている。
そして見るにキャンサーもたった今やってきた雰囲気だった。待ち伏せではないのは明らか。
ルージュは不快な気分になる。
「……付けてきたのね」
「だってあそこのアパートお気に入りだったから戦場にしたくなかったのよ。綺麗だったでしょ、あの螺旋階段」
キャンサーはさらに言葉を続ける。
「でもアンタが殺気を垂れ流してやってきた時はどうしようかと思ったわ。とっさの判断で置き手紙を作ったはいいけど、引っかかるかはわからなかったしね」
つまりあの置き手紙をルージュが見ていた時、キャンサーはまだ部屋の中にいたと言うことだ。
ルージュは完全にキャンサーの掌の上で頃がされていたわけである。
「それにしても、あれだけボコボコにされてよく一人で来られたわね?」
「当たり前でしょ。私はノワールよ」
ルージュはホルスターから呪印銃を取り出す。
「例えこの命が燃え尽きようとも、お前等を全員地獄にたたき落とすまで、何度だって這い上がって、何度だって殺しに来てやるわよ!」
「本当に重い女ね。でも嫌いじゃないわ」
銃口を前に出して引き金を引いた。
超力の圧縮弾が射出される。
一方のキャンサーは両足を曲げて、高く前方に跳躍した。
標的を見失った超力の弾丸が、意味もなく空を疾る。
「じゃあ死合いましょうか。今度は這い上がれないほどの奈落にぶち込んであげる!」
空中で黒い影がキャンサーと一体化していく。
巨大な影の固まりが月すら覆い隠した。
獰猛なる業魔の巨蟹が、分厚い漆黒の殻を纏い、八本の巨木のごとき足を携え、覇を司る二本の鋏を携える。
絶望的なまでの超力がルージュの燃える闘志を一瞬で冷えさせる。
刹那、ルージュの全身から脂汗が迸る。
本来、この白気石で動いているこの都市で超力を感じることはあり得ない。白気石の蒸気が超力の探知を阻害するからだ。
しかしそんな物理法則すらあっさりと踏みつぶす、圧倒的な力。
あまりにも大きすぎる圧倒的な力の前には 世界を構成する常識、法則などいとも簡単に踏み越えてしまう。
その力を持って世界をねじ曲げ、例外と言う言葉で不可解・理不尽を押し通させる。
そのあまりに過ぎた世界に抗え得る力が空に出現していた。
六魔将が一体、魅惑ノ巨蟹が牙を剥く。
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