第47話 蒸気都市ドゥーエ②

「そして発熱する際に白い蒸気を発するの。これは別に水を熱で蒸発させたものではないわ。白気石自身が発しているもの」

「水の蒸気じゃないんだ」

「白気石に与えた水はすぐに蒸発しちゃうから、あんなに長時間煙を出し続けられないわよ。だから正確に言えばあの煙は『蒸気』ではない。見た目が似てるってだけの別物」


 と言うのも見た目から名付けられたに過ぎない。初期の頃は違う名前だったらしいが、ルージュは興味もなかったのでそこまでは詳しくなかった。


「その弊害として空からの光を遮るのと、街をセピア色に染めていることがあるわ。外に晒された黒以外の色はほぼ上塗りされてしまうの」

「建物とか壁が全部セピア色なのは、蒸気のせいなのか」

「そう。人体に悪影響はないから無視されているけど」


 セピア色に染まる危険性よりも、白気石から得られる得の方が遙かに多いのだ。

 弊害と言えば街の無個性さが出ること。しかし厳密な区画整理によってそれすら利用している。同じ色の建物が理路整然と並べられると、幾何学的な美が生まれるのだ。


 しかし大きな問題が一つだけあった。


「ただ私達ノワールには白気石の蒸気が、かなり厄介な代物でね」


 ルージュの顔が苦々しくなる。


「何が? 人体に影響はないんだろ。あってもノワールの再生能力なら問題はないはずだし」

「アンタもノワールのことはわかってきてるじゃない」


 ノワールには毒は効かない。超力の籠もった専用の毒だけが効くが、それを発生させられるのはノワールの魔眼かカタストルの能力のみである。


 そしてルージュが本題を切り出す。


「最大の問題は白気石が超力の探知を妨害させるところよ」

「それは知らなかったな」

「いいえ、アンタは見たはずよ。あのバオム教の教会で」

「ん?」


 ルナは記憶を掘り起こすように顎に手をやった。

 そしてパッと閃いて手をポンと叩く。


「もしかして、あのか?」

「ご名答、あれこそ正に白気石で造られたものよ」

「そっか、だから相棒はあのバラのカタストルに気付けなかったのか」

「ゴーストにも、ね」


 ルージュの頭に一瞬、エレナとエリーの顔が浮かぶ。


 ここ最近で最も嫌な出来事だ。

 最もキツかったのはここ数年でカプリコルヌとの戦闘が断トツだが。


 白気石にはシードから自然的に垂れ流される超力を打ち消す力があった。それが結果的に超力での探知を不可能にしてしまう。


「でもそれってヤバくね? カタストルには超快適な場所じゃん」

「その分、駐在しているノワールの数もレベルも高いから。それに私達の場合は悪いことばかりじゃないわ」

「それって?」

「逆に奴らからも狙われにくいもの。特にアンタは、ね」


 こちらが探知できないと言うことは逆もまた然りである。カタストルの低い探知能力でも、前回のカプリコルヌは例外だった。


 しかしこの状況下ではルナの弱い超力を感知するのはほぼ不可能と言ってもいいだろう。

 これだけ接近しているルージュですら感知できないのだ。


「カプリコルヌは超力を押さえる力も、探知する力もあった。あれクラスの化け物が来た場合はたぶん同じくらいの超力操作ができるのでしょうね」

「だから探知されないここは便利なのか」

「それにカプリコルヌの反応を見た限り、奴らはルナの顔は知らないみたいだったし」


 これが意外だった。

 だからこそカプリコルヌはルージュ達を一回わざわざ逃がして追跡してきたのだろう。


 彼とルナの初対面でも、外見で判断はしていなかった。

 たぶん敵の方はクラウィスが女だと言う程度の認識しかないのだろう。


「じゃあさ、相棒もその格好やめたら? 普通の女の子の服装だったらなおさらバレないじゃん。戦闘ゼロで次の都市に行けるかもよ」

「……それはできない。私にとってその選択はありえないの」


 ルージュは強い口調でそう言った。

 その態度には決意を込める。


「私は奴らと戦うためにアンタの護衛を引き受けたの。逃げるためにここにいるんじゃない」


 ルナが不安そうな表情になった。


「何でそこまでして戦うの?」

「……少しだけ話してあげる」


 ここまで来てしまった以上、ルージュのことを全く話さないわけにはいかないだろう。


「私がノワールになったのは、とある人間を殺すためよ。その中にウィリアム=レストンも入っている」

「ウィリアム=レストンって確か……」

「六魔将を率いる男よ。だから六魔将を倒していれば、いずれは奴にたどり着くかもしれない」

「どうしてそいつに拘るの?」

「それは…………」


 ルージュは言葉に詰まり、瞳を閉じて少し考え込む。


「そこまで教える……義理はないわ」


 だが考えた結論はそれだった。

 深い話をするつもりはない。


 それでも何だかルナに罪悪感が沸いてしまい、視線を斜め下にそらしてしまう。


「私はずっと奴らと関わるために今まで戦ってきた。悪いけど今回の件は私にとっては千載一遇のチャンスなのよ。これを逃したら次はいつになるか、わからない。その次があるまでに生きているかだって」


 次が果たして十年後か、二十年後か。

 仮にあったとしても、そこまでルージュが生き延びる保証なんてどこにもないのだ。


「……わかった。相棒がそう言うならそれがいいと思うよ」


 ルナはそう言って、ルージュの手を握ってくる。


「その代わり、全力で守ってね」

「当たり前でしょ」


 ルナの屈託のない笑顔を見て、ルージュも微笑むのだった。

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