第38話 救世の胎動⑫

 だがその願望にも似た予測は外れた。


 絶望的な轟音が木霊する。

 地面を揺する強い踏み込みが、秩序をなくしたアパートの残骸を崩す。

 カプリコルヌは一歩踏みとどまった。

 

「中々、やりますねぇ。でも残念」


 カプリコルヌの抉り取られたはずの穴が黒い肉泡で埋め尽くされ、再生する。そのスピードすら並のカタストルではありえないほどのものだった。

 外した。おそらく角度があったから、うまく心臓に当てられなかったのだ。


 格が違う。


 それがルージュの素直な感想だった。


 カプリコルヌの視線がトルエノからルージュへ移る。

 刃物を体中に刺されたような殺気が、全身の鳥肌を針鼠のごとく立たせた。


 ルージュは喉に汗を流しゴクリと鳴らす。

 あと数秒は呪印銃が使えない。完全に無防備となってしまっている。


「ではまず鬱陶しい貴方からにしましょう」


 カプリコルヌが斧を大きく振りかぶる。

 死が振りかかろうとする。あの圧倒的質量をもって存在ごと押し潰すつもりだ。

 刈り取られるのは魂。


 そして次のマグナムが撃てるようになるのはあの斧が振り下ろされてからだ。


 ならばルージュの選択肢は一つ。


「魔眼解放――」


 ルージュの左目が疼く。


「超感覚」


 視界の全てがスローモーションへと変わる。


 カプリコルヌの斧の軌道を演算する。それにプラスして斧が砕く地面への衝撃、飛び散るコンクリートの残骸も計算に入れなければならない。


 完全回避は不可能。それでも道はあった。


 超感覚が切れる。


 ルージュは左側面真横に転がるようにダイビングする。


 刃が逸れた。コンクリートの大地が真っ二つに割れる。

 それに伴う地割れの圧と殺人的な風圧が襲いかかってくる。


 体勢を崩し、砕けたコンクリートの破片がこめかみに突き刺さった。

 脳を揺らされ、視界がぶれて、頭蓋から血が吹き出る。それでも痛みは予測できており、ノワールの再生能力も計算の内。


 ルージュは思考を放棄。魔眼発動中のシミュレーションで行った通り機械的に体を動かし、カプリコルヌの心臓を狙った。


 斧の振り終わり、つまり攻撃の終わり。


 カウンターショットには絶好の好機。


 三発目、ラストチャンス。外れれば呪印銃は使えない。ルージュの魔眼が攻撃タイプではない以上、打つ手なしとなる。


 故に絶対に当てなければならない一撃。


 ルージュは標準を定め、引き金を引く。

 赤い熱線が銃口から放たれた。


 ちょうど攻撃終わり際のカプリコルヌにそれが向かっていく。


「むぅ!?」


 そして穿つ、胸の中心を。

 カプリコルヌの胸部の真ん中に丸い穴が一つ開いた。都市の月がその穴から顔を覗かせた。


 これで心臓が壊れた。

 超力と命の根源であるシードが割られたはずである。


 ルージュは息を切らせてことの顛末を見守る。

 だが心に浸食してくるのは勝利の酔いではなかった。

 絶望の泥沼が広がって行く。


「そんな……」


 カプリコルヌは倒れなかった。

 床に刺さった斧を杖代わりに立ちはだかる。


「惜しかった、本当に惜しかったですね」


 肉の泡が生まれ、胸の穴が塞がっていく。

 胸の中には黒い種子など存在しなかった。

 ルージュは震える瞳でそれを茫然と眺めるしかできなかった。


「大した魔眼を持たないでここまで追い詰めたのはさすがです。魔眼の能力に頼り切った奴らとは違う。雑魚と言ったことは訂正しましょう」


 カプリコルヌが地面にあった斧を引っこ抜く。再びそれを上段に構えた。

 巨大な影がルージュに被さってきた。


 ――何故?


 そればかりがルージュの頭に浮かぶ。


 心臓がある部分は確かに破壊した。カタストルはシードが破壊されれば死である。それに例外はない。

 だがカプリコルヌは確かに生きている。そしてあそこにはシードはなかった。


 ――考えている暇はない。


 ルージュはその場を離脱しようと試みる。


「クソ!」


 立ち上がり、駆け出す。


 斧を見上げると、今にも落ちてきそうであった。

 しかしそれにさえ注意していれば、そう思っていた。


「ッ!?」


 突然、頭に叩きつけられたような衝撃が走る。


 視界がグラグラと揺らいだ。


 瓦礫の破片が頭部に直撃したのだ。

 それが原因でバランスを失って勢いよく転んでしまう。


「上ばかり見てたら駄目ですよ」

 カプリコルヌがそう言った。


 それで気付いた。


 敵は蹴ったのだ、瓦礫を。


 ルージュの注意が上に向いているから、瓦礫を蹴って飛ばしてきたのだ。


 冷静な状況なら間違いなく気付く攻撃。


 しかしルージュのその時は間違いなく冷静ではなかった。

 必殺のはずの一撃が効かず、攻撃手段も失い、気が動転していた。


 倒れ込み動きが取れなくなる。


 呪印銃の引き金を引くが、カチっと乾いた音がするだけで全く反応がなかった。

 三発のマグナム弾を放った呪印銃はもう完全に機能を放棄していた。


「このポンコツ……」


 最後の悪態。むしろ逆に笑えてさえくる。


 赤いマガジンを外す。


 もしかしたら通常弾のマガジンを差し込めばいけるかもしれない。そんな期待がわずかにあった。


 ルージュはレザージャケットの内ポケットから新たなマガジンを取りだそうとする。


 だがそんな猶予はなかった。

 命の執行猶予は切れる。

 獣が獲物に咬みつくかのように、あるいは死刑執行のギロチンのように、無常な命を略奪する斧が降りてきた。


 避けられはしない。

 いや避けたところでもうどうしようもないのだ。


「くっ……」


 ――ここまでか。


 志半ばで目を閉じる。

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