第37話 救世の胎動⑪

 ルージュが銃口をカプリコルヌに向けながら、背後にいるルナに話しかける。


「ルナ、前に教えた通路を使いなさい」

「でも――」

「ここにいても邪魔なの」

「……わかった」


 相手が相手だ。自分の身を守るので手がいっぱい。ルナを守りながら戦うなんて不可能。

 ルナは浴室のある方の廊下へ走っていく。


「賢明な判断ですね」

 カプリコルヌは逃げるルナをじっと見送るだけだった。

 くちゃくちゃとガムを噛んで、まるで他人事である。


「でも貴方達には感謝してるんですよ。クラウィスのところまで案内してくれて」

「案内?」

「逃がしたのはわざとですよ。派手にすっ転んであげたでしょ?」


 カプリコルヌは出来の悪い生徒に諭すような口調だった。


「そもそも私の目的ってクラウィスを取り戻すことで、貴方達なんて心底どうでもいいんです。死のうと生きようと、どうぞお好きにして下さいって感じで」


 くちゃくちゃとガムを噛み、それを風船のように膨らませつつカプリコルヌは話す。


「何だったら、彼女を渡してくれれば貴方達を見逃してあげても構いませんよ。雑魚はいてもいなくても同じですから」

「アタシ等をナメんじゃねえぞ!」


 トルエノが痺れを切らして呪印銃をぶっ放す。


 紫色の閃光が次々とカプリコルヌに襲いかかった。しかし体を捻らせ、飄々とカプリコルヌはそれらを難なく避けた。達人的な体捌きの中でも気怠い表情はそのまま。本人にとってその動きは特別でも何でもない、体に染みついたいたって簡単なことなのだ。


 ――見ているだけなんて、本当にやり難いわね。


 ルージュは苛立ちで歯軋りをしてしまう。


 マグナムのマガジンを使用している以上、下手に撃つことはできない。

 残り二発、一つ外すごとに勝機が消えるのだ。


 加勢できないのがもどかしい。


 しかし今のカプリコルヌに当てられる気がしなかった。せめて回避力の落ちるカタストル化を待たねば。


 ――いや待て、この部屋でカタストル化されるとマズい!


 ルージュの頭に戦慄が走る。

 この狭いアパートの二階で巨大化されればどうなるか。


「降伏する気はないようですね。では貴方達を殺して彼女をじっくりと追いかけましょうか」


 カプリコルヌの体から黒い影が吹き出てくる。

 邪気が部屋に蔓延していく。


「トルエノ、下がって!」


 ルージュも全力で後ろにジャンプした。


 視界が黒く染まった。


 衝撃が空間を歪ます。


 ルージュは突如、足元を失い浮遊感に放り出された。内臓が浮き上がるような感覚に陥る。

 重力を失ったのかと錯覚してしまった。


 劈くような轟音が鳴り響く。

 天井が突き破られ、床が割れる。壁が窓が床が粉々に粉砕されていった。

 瓦礫が内部に膨れ上がる質量に負けて、外側に押しやられていった。

 アパートが一気に崩壊していく。


 ルージュは揺れに巻き込まれないように跳躍するので精一杯である。


 二階から崩れ、壁も柱も完全に瓦礫と化した。

 気が付けば、廃墟の一角のような景色が広がる。


 ルージュが着地した時には、まだまだ瓦礫が落下している最中だった。


 灰色の砂煙が舞う。


 黒い二本の角を持った雄山羊の巨人が現れる。全身に黒い鋼が装着され、手には本体と同じくらいの丈の斧が握られていた。

 奈落の底から地獄の悪魔が再降臨された。


 黒鋼ノ魔羯――カプリコルヌが真の姿へと変貌する。


 十メートルは優に越す巨体。当然このアパートはそんな質量を受け入れるようには作られていない。


 トルエノが遠くに見える。

 コンクリートダストに汚れてこそいたが、彼女も何とか崩壊に巻き込まれずに済んだようだった。


「驚かして済みませんね」

 斧を持ったカプリコルヌが悪びれなくそう言った。


「魔眼解放――」


 トルエノの左目が輝く。


「電磁球!」


 球体の雷が召還される。


 さらに崩壊した際に落ちた鉄骨が次々に宙に浮かぶ。磁気で操っているのだ。


「いっけぇぇ!」


 電磁を纏った鉄骨がカプリコルヌに向かう。さらに電磁球本体から強い雷が放たれた。その上でトルエノも呪印銃を連射する。


 雷をフルに活用した嵐のような攻勢。

 一斉射撃と言ったところか。


 これだけの攻撃、まともに受ければただでは済まない。


「派手さが足りませんよ」


 カプリコルヌが持っていた斧の刃先を地面に付ける。


 そこからは一瞬だった。


 斧が地面を舐めるように抉りながら、下から振り上げられる。

 地面が抉られたことで、コンクリートと土石流の津波が発生する。

 その津波は人間どころかビルすら飲み込むほどの規模だった。


 トルエノの攻撃はその斧によって弾かれるか、土石流に押し返されてしまう。


「ぐおっ!」


 トルエノ自身もその土石流の津波に飲まれてしまった。


「まずは一人」


 カプリコルヌが斧を振り上げる。


 すると斧が変質した。急にその刃が、生物のようにうねって変質していく。その形状が太さ重視から長さ重視へとなっていった。

 あれを振り下ろされれば一溜まりもない。ノワールの小さい体など、押しつぶされて消えてしまう。


 ルージュに迷う暇はなかった。


 確実に当てられる状況ではない。だがこのまま見過ごせば仲間が死ぬ。


 マグナムが装填された呪印銃でカプリコルヌを狙う。

 脇腹から心臓を貫くしかない。


 ルージュはその引き金を引いた。


 大気を揺さぶる反動が腕から全身にかけてやってくる。

 マグナムの赤い閃光が疾る。


 それはカプリコルヌの側面の腹部から背中にかけて貫通していった。

 カプリコルヌが前にバランスを崩していく。


 ――これで!


 ルージュは勝ちを確信した。

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