第35話 救世の胎動⑨

 ルージュは自宅のアパートに駆け込む。

 その後ろからはトルエノが続いてきた。


「あのクソガム男ぉ……」

 ルージュは肩を怒らせ悪態を呟く。


「どうするよ? ルージュ」

 トルエノが壁にドンッと寄り掛かってそう言った。


「そうね……」


 そんなことをしていると浴室のある廊下からルナが歩いてくる。


「お前さん達、随分仲良くなったな」

「う……」


 それを言われると気まずくなる。

 ルージュもトルエノもすっかり牙が抜けていた。

 ルージュがため息混じりに口を開く。


「正直、それどころじゃなかったのよ」

「ああ、サイファーの言うことをちゃんと聞いておくべきだったぜ」

「しばらくいがみ合いはなしよ」

「わかってる」


 トルエノもルージュの意見に同意した。


 たぶんそもそもカプリコルヌに見つかったのは二人の喧嘩が原因だと思われる。あれだけ派手にドンパチやらかせば気付くなと言う方が無理だ。


 それがなければ先制攻撃も可能だったかもしれない。それを差し引いても連携をしっかりと取っていれば、もう少しましに立ち回れた可能性もあった。


 あくまで可能性の話ではある。

 どちらにしても最終的にはボコボコにされている未来しか今のところは見えないが。


「ああクソ!」

 トルエノが呪印銃を無造作にベッドに投げる。


 ルナがそれを興味深そうに手に取った。


「これって?」

「あの男が最初に使ってたもんだ……ってお前は知らないか。簡単に言えば死んだノワールの遺品を逃げるときに回収したんだよ」

 そうトルエノが説明する。


「なあ相棒、これ持ってていい?」

「ちょっと貸して」


 ルナから呪印銃を受け取る。

 ルージュはそのマガジンを取り外して、ルナに返した。


「アンタじゃ超力足りないからどうせ使えないでしょうけど、一応暴発しないためにマガジンは外させてもらうわ。でも後でサイファーに渡すのよ」

「ああ、わかってるって」


 ルナはキラキラした瞳で呪印銃を見つめていた。何か憧れでもあるのだろうか。


 トルエノが床にだらりと尻を付いた。


「あの野郎、まともに攻撃が通らねえ」

「奴の身に纏っている金属のせいね。色は違うけど斧も材質は同じだと思うわ」

「『黒鋼』ってあれのことなんだろうな。アタシの雷魔眼でもビクともしない」

「対処法は二つある。一つはあの金属のない部分を狙う」

「なるほど。でも斧に遮られなければの話だし、どのみち心臓を壊さなきゃ、傷を再生されて同じだ」

「もう一つは、これ」


 ルージュは自分の呪印銃をトルエノに見せる。

 その底には赤いマガジンが装填されているのがわかる。


「マグナムか」

「これで最後にあの金属ごと貫けたわ。使えなくはない」

「そいつは良いが、しかしリスクがな……」


 トルエノは苦々しい表情になる。

 悪くはないが良い提案でもない。ルージュにもそれは百も承知だった。


「なあなあマグナムって何だ?」

 ルナが不思議そうに聞いてくる。


「強化弾、つまり威力の上がった弾が撃てるの」

「それで貫通できるなら、二人とも使えばいいじゃん。んで撃ちまくって勝つ」

「そうもいかないのよ」


 ルージュが俯いて話し出す。


「呪印銃はマガジンを変えると特殊な弾を撃てるようにはなる。でも適正があって、全員が全てのマガジンを使いこなせるわけじゃない。私がマグナムを使えるように、トルエノはスパイダーネットが使える。でもその逆はない」


 ルージュにはスパイダーネットは使えず、トルエノもマグナムは使えない。

 どうしても相性があるのだ。


「それに加えてマグナムは扱うのが面倒なのよ」

「何が面倒なの?」

「一度撃てば、銃身に熱が籠もりすぎるから次に撃つには十秒のクールタイムが必要。そしてもう一つ――」


 そちらの方が死活問題である。


「一日に三回までしか撃てない。三回撃てば銃はポンコツになって、ただの黒くて重い塊になりさがるの」

「どうにかならないの?」

「こればっかりは無理ね」


 ルージュは首を横に振るう。


「呪印銃にもシードが使われていて、損傷した場合に超力を込めれば勝手に修復されるんだけど――」

「マグナムを三回使った後じゃ、その修復に一日かかる。実践じゃ修復を待つのは非現実的だ」

 トルエノが言葉を引き継いでくれた。


 その通りである。修復は待てないのだ。


「そしてもうすでに一発は撃ったから、残りは二発ね」

「正直、そいつに頼るのはやっぱ危険だと思うぜ。精密射撃させてくれる相手でもないのに、弾数制限はキツい」

「なら装甲の隙間でも狙う? 心臓周りはかなりしっかりガードされてたけど」

「腋から心臓を狙うか、あるいは股座に潜って狙うか、装甲のない首元から狙うか……」

「どれも現実的とは言えない。そんなところから心臓を狙うにはかなりアクロバティックな射撃をしなきゃいけないわ。私達には無理ね」

「……そうだな。人型だから心臓の位置に変な先入観もあるし、修正している暇はねえか」


 何より二人のノワールにとって辛かったのは敵の動きも激しいことだった。

 カプリコルヌは防御力が高いにも関わらず運動性能も高い。なおかつ攻撃性能も格段だ。基本的な部分については全てが最高峰クラスと言っても過言ではないだろう。


 じっくり狙える相手ではないのだ。


 思考のための沈黙が降りる。


 トルエノが覚悟を決めた雰囲気で口を開いた。


「最悪、逃げるって手もあるぜ」

「…………」

「お前さっき言ってたよな『明日は鉄道に乗る』って。つまり今日さえ乗り切れば次の都市に逃げられる。さすがの奴らも都市間の移動は容易じゃないはずだ」

「逃げる……」


 ルージュはその言葉を噛みしめるように口にした。


 ルナがトルエノに疑問を尋ねる。


「でもそいつこの都市にいるんだろ、逃げきれるのか?」

「カタストルは超力の探知が基本できない。距離のあるこの状況、逃げるだけなら可能なはずだ」


 トルエノの言うとおりだった。長時間になるとさすがに街から情報を仕入れたりされるので難しいが、一日や二日なら逃げるのは問題ない。


 だがルージュには受け入れられなかった。


「駄目よ。その選択はない」

「何でだ? 最も合理的だぞ」

「そんなことはないわ。次の都市に行ったって安全とは限らない。追いかけられる場合もある。それに何より、戦いを放棄するって考えが気に入らないわ」

「気に入らないって、そんなこと言ってる状況でもないだろ」

「それに私達が逃げたら、アンタはどうするの? 鉄道に乗れるのは私とルナだけよ」

「……奴とやり合うさ」

「勝てるの?」

「そうするしかないだろ」

「アホ言ってんじゃないわよ。アンタ一人で勝てるならこんなウダウダ悩んでないでしょ」


 ルージュは呆れたようにそう言った。


「勝って生き残る。逃げるのは勝つために体勢を整えるときだけ。勝てないから逃げるんじゃ、一生逃げるだけの惨めな人生になる」


 それがあの時からのルージュの決意だった。


「私は戦うためにここにいるの」


 それがルージュの生きる意味だった。


 それにこんなところで逃げていたら《あの男》には一生手が届かないだろう。


 立ち止まるわけにはいかないのだ。


 トルエノが少し驚いたような顔をする。


「……へえ、お前意外と暑苦しい奴なんだな」

「余計なお世話よ」


 ルージュは横にいたルナに話しかける。


「ただしルナ、貴方は先に駅の近くに逃げてなさい。もしもの時は一人で次の都市へ行って」

「嫌、ここで待ってる」

「言うこと聞きなさい。死ぬわよ?」

「……一人は、もう嫌だ」


 ルナが拗ねたような、弱気になった表情を見せてくる。


 そんな様子が珍しく、ルージュも言葉に詰まってしまう。


「まあいいんじゃねえの」

 トルエノが笑みを浮かべながらそう言った。


「でも――」

「勝つんだろ、ルージュ。それで問題はないはずだ」


 そう言われると反論が難しい。

 勝つと最初に宣言した手前、否定はできなかった。


 ――でもそうね。


 どのみちルナはまだ世間になれていない。

 このドーム都市では何が起きるかはわからないのだ。


 下手に行動されればカプリコルヌ以外に、治安警察、行政府、ギャング、浮浪者、無法者など達の集う都市の悪意に殺される可能性も十二分にあった。


「わかったわ。ここで待ってなさい」

「相棒!」

「ただし危なくなったら逃げるのよ」

「おうよ!」


 威勢のいいルナの返事だった。


 本当に事態をわかってるのか、ルージュは少し心配にもなる。


 だがそれで今後の方針は決まった。

 カプリコルヌを倒す。

 シンプルなそれだけである。


「じゃあ作戦だけど――ッ!?」


 そう切り出した時だった。

 心臓を握りつぶすような破滅的なプレッシャーがのし掛かってくる。

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