第29話 救世の胎動③

「なあサイファーさんよ」

 ルナがサイファーの元に近寄っていく。


「どうした、ルージュと帰らんのか?」

「集中したいから、少しの間だけ一人になりたいって」


 ルージュはそう言ってアパートに戻っていった。

 トルエノは商業区に食事を取りに行っている。


 故に現在、廃墟前にはルナとサイファーしかいなかった。


「少し話さない? 聞きたいことがあるんだけど」

「いいだろう。前はそれどころでもなかっただろうしな」


 事実、ルナは出会ったばかりの頃は何もわからず質問すらできなかった。

 しかし時間が経って、この世界のことを理解し始めてようやくわずかに余裕ができている。


 ルナとサイファーは古びた歩道にあったベンチに移動して座る。


「何か話に出てたけど、《アーク》って何?」

「《ノア》と言う男が創った、そうだな……カタストルの組織とでも言っておこう。キミを生み出したのも彼らだ」

「どうして?」

「クラウィス、世界の鍵と言われている。私もその鍵がどういうものなのか、詳しくは知らされていない。ただノアのことだ、碌でもない計画があるとだけは言っておこう」

「ノアってそんなにヤバい奴なの?」

「ああ、ドーム都市を破壊するくらいの力は持っている。それに対して躊躇もない。まるでゲームでもするかのように壊す」


 サイファーはどこか懐かしむように話していた。


「あれは歪んでいる。しかしその歪んだ思想で人生を楽しんでいる。最も悪いことは、それを実現できる力を持ってしまっていることだ」

「じゃあウィリアム=レストンって?」

「アークの最上級幹部の一人だ」

「へえ」

「……感想はそれだけか?」

「だってよく知らないし」

「ルージュからは、何も聞かされていないようだな」


 ルナはそれに強く興味を引かれる。


「どういう意味?」

「本人から聞け。私の口から言うことじゃない」

 サイファーはきっぱりとそう言い放った。


 おそらくこうなると聞いても無駄だろう。

 仕方なく話題を変える。


「六魔将だっけ、そいつらそんなに強いの?」

「強い。まともにやればノワールでもトップクラスしか勝てない。むしろ勝負にもならない」

「それが六人もいるのかね」

「六魔将はウィリアムが名付けた部隊名だ。それをこちらも使っているにすぎない。実際の人数は知らんよ」

「でも六魔将ってのはわかったんだな」

「組織は何もノワールだけではない。腕のある諜報も揃えている。彼らがいてこそ、組織が十二分に力を発揮できるのだ」

「そんなすごいんだ」

「ああ、中には元ノワールだっている」

「元?」

「戦えなくなったノワールだ。カタストルに負けてトラウマを植え付けられたのが大半だよ。諜報担当でも命の危険が高いのは同じだが、銃を持てない以上、そうなるしかない」


 ノワールと言えば、ルージュとトルエノしか知らない。ルナには二人がそんな風になる様が想像できなかった。


 両者共に、強い女と言う印象がある。故にノワール全体があたかも折れない心を持っているのだと思い込んでいた。


「そんなことってあるんだな」

「……ノワールになる際の通過儀礼は知っているか?」

「死に化粧だっけ、それの時に聞いた」

「そう、ノワール初任務のカタストルとなる同胞殺し。あれで心の強さがコーティングされ、戦う意志を持った鋼の精神となる」


 そのための通過儀礼。

 残酷だがノワールとして生きていくには必要なのだろう。


「だがな、奴らも元はただの少女だ。仲間殺しで手に入れた鋼の心も所詮は偽物。メッキが剥がれれば、本来の精神が現れてしまう。その前に、真に強い精神を手に入れることもノワールとして生き残るには必要なのだ」

「ルージュはどうなの?」

「メッキは剥がれつつあり、その中で真に強い精神を手に入れようともがいている。いわば成長のちょうど中間、真偽の狭間だ。故に最も不安定」


 サイファーは「トルエノもそう言う時期だ」と付け加える。


 ルナよりも何倍もルージュとの付き合いがあるのだろう。二人を見ていれば何となくわかる。親子に近い感覚だが、しかし何かが違う。


「……ルージュはどうして戦っているの?」

「フッ、やっとその質問か。どうせ一番聞きたかったのだろう?」

「よくわかるね」

「顔に書いてある。だがその質問に答えるわけにはいかん。やはり本人の口から聞いてくれ」

「ウィリアムってのが絡んでいるんだろ、復讐か?」

「……遠いな」


 サイファーはベンチからそっと立ち上がった。


「その答えは最も遠い」

「だったら――」

「贖罪、ルージュの戦いは贖罪だよ」


 サイファーはそう言って廃墟の向こう側へ去って行った。



「食材……か」


 ルナはサイファーの言葉を噛みしめる。


「とにかく意味が深いな」


 取り敢えず納得しておくのだった。

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