第22話 バオム教⑩

「さすがだぜ相棒」


 一仕事終えたルージュの元にルナがやってくる。


「まさかこんなことになっているなんてね」


 ルージュは戦闘の傷跡の深い部屋を見てそう口にする。おそらく元は綺麗な装飾のなされた神聖な部屋だったのだろう。しかしノワールとカタストルが散々暴れまわったせいで、もはや見る影もない廃墟の仲間入りと言っても過言ではない具合だった。


「アイツ等……」

「何があったんだよ?」

「騙された」


 ルージュは憎々しげにそう口走る。


「二つの派閥があるなんて、嘘だったのよ。私を会議に釘付けにして、食事の時間稼ぎをするための方便。最初から私にカタストルを撃たせる気なんてなかったのよ」


 ルージュは壊れた白い棺の破片をブーツで踏む。破片は砂のように崩れた。


「白気石の棺まで用意して、手の込んだ自殺もあるものね。本当に忌々しいわ」

「あのカタストルの女が余裕ぶんなきゃマジで死んでたのかもな。よかったなエリー」

 ルナが側にいた子供の頭を撫でる。


「何よ、そのガキ?」

「エリーってんだ。さっき知り合った」

「ここの教団のガキでしょ。助けたって意味ないわよ。どうせすぐに死ぬ」


 ルージュは冷たい瞳でエリーを見下す。


 エリーは怯えてルナのスカートに姿を隠した。


「ルナお姉ちゃん、この人恐い……」

「アッハッハ、だってよ相棒。恐いってさ」

「知らないわよ」


 ルージュが呪印銃をホルスターに仕舞おうとする。


「!?」


 だがその手を止める。


 目の前に並んだ十数個の白い棺から黒い影が漏れていた。


「棺に隠れてた奴ってまだいたのかよ」

 ルナがうんざりしたようにそう言った。


 白い棺から次々と黒い影が出てくる。それは人間より小さいサイズで、泥のような肉体だった。小さい手が二本と、単眼だけが備わっている。

 数は十体ほどいた。白い棺の全てに隠れていたようである。


 しかし数が多くてもルージュは全く動揺していなかった。


「安心なさい、ゴーストよ。カタストルになる前の連中。用は雑魚の中の雑魚よ」


 さっきのカタストルに比べたら、この程度は楽である。


 ――こんなものまで飼ってるなんて、頭おかしいんじゃないの。


 ルージュは舌打ちとため息がほぼ同時に出てくる。


 呪印銃を再び上げる。

 それを撃とうとした時だった。


 視界の端にタックルを仕掛けてくる女性が見えた。


「これ以上、やめなさい!」

 女性が叫んでくる。


 ルージュは反射的に右の裏拳を女性に当ててしまう。

 それを受けた女性は「ごほっ」と床に転がっていった。


「おいおい相棒、手荒過ぎじゃないか」

「銃を構えている人間に近づく方が悪い。って言うか誰?」

「エリーのお母さんのエレナ」

「つまり本物のバオム教徒ってことね。じゃあ目覚ましにちょうど良かったんじゃない?」


 エリーが「ママ!」と倒れた母親の側に駆け寄っていくのが横で見える。


 ルージュは煩わしいことになる前に片付けようと、呪印銃をゴーストに向かって次々と撃っていった。


 超力の弾丸を当てる度に、ゴーストは風船に針を当てた時のように破裂して消えていった。

 そして五秒もしない内にその数を三体まで減らせた。


 残りのゴーストに標準を合わせる。


「チッ……」


 銃口の先にゴーストを庇うよう手を大きく広げる人物がいた。


「何のつもりよ?」

「これ以上、天使様を撃たせるわけにはいきません」


 エレナである。鼻血を出しながらも懸命に立ちはだかってきた。


「それで庇っているつもり?」


 ルージュは瞬く間に二発、呪印銃を放つ。ゴーストがその銃声の数だけ破裂した。


「こっちもそれなりに場数はこなしてんの。動かない的に当てないようにするなんて精密射撃の内にも入らないわ」


 そしてルージュは瞬時に姿勢を低くして最後の一発を放った。それはエレナの股を抜けてゴーストに当たる。

 それで全てのゴーストが死滅した。


「あぁ……」


 エレナがその場で泣き崩れる。


「ハッ! ざまあみなさいよ」

 ルージュはそれを鼻で笑った。


 バオム教の信者を泣かせてやった。

 これで少しは溜飲も下がると言うものである。

 銃を懐に仕舞い、踵を返す。


「帰るわよ」


 ルナにそう言って足を出口に向ける。


「おい待て相棒」

「まだ何かあるの?」

「あれ、何か様子おかしくないか?」

「はぁ?」


 振り返ってみれば、エレナの背中にゴーストが一体乗りかかっていた。黒い泥状の物体が崩れて、その背中と同化しようとしている。


「撃ち漏らしたのがいたのか……」


 ゴーストの最大の問題は強さではない。


 その神出鬼没性にある。


 ――やられた……。


 おそらくは最初、カタストルを倒してすぐにエレナの影に隠れたのだろう。あるいはもっと前、ルージュが合流する以前からすでに白い棺から出てエレナの影に潜んでいた可能性もある。


 だが今はそんなことは問題ではなかった。

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