第19話 バオム教⑦

「ところでここって何の部屋なの?」

「ここは聖霊堂と言って、聖なる魂が眠る場所です。ここでお祈りをすると天国に行けるんですよ」

「祈るだけで天国に行けるなんて、そりゃお得だね」

「そうでしょう。ここだけは真の場所ですから」

「?」

 

 エレナは恍惚とした表情で語る。

 一方のルナはエレナの話がいきなりわからなくなっていた。頭に疑問符が浮かんでしまう。


「ルナさん、この世界、貴方はどう思っていますか?」

「……どうだろうね、よくわからないってのが本音かな」

「でもこんな暗くて醜い世界、うんざりしませんか?」

「お、おう」

「そうですよね!」


 強い口調でそう言われて何となく同意してしまう。

 その反応を見て、エレナの瞳がさらに輝く。ふんっと鼻から気合いの息を吹いていた。


「ユグドラシルって知ってますよね?」

「そりゃね」


 ――急に話が飛んだな。


 ルナはこの時点であることを直感していた。


 ――はっ、これが宗教勧誘って奴か。


 ここで気づかれる時点でエレナはそう言うのには不慣れなのだろう。しかし不慣れなりに頑張っているのだ。

 そう考えると無視するのも可哀想なので、一応は話を聞くことにした。

 何となくエレナからは幸の薄そうな空気があったので、それに同情してしまった部分もあっただろう。


「ユグドラシルはいつだって正しく、人々を導いてくれました。知っていますよね、ユグドラシルの教えに従って人々が政治を行っていた時、一番人類が発展していたって」

「らしいね」

「しかし何故三度も核戦争が起きたと思いますか? それは愚かな人類がユグドラシルの導きを無視したからなのです。発展した社会、人類はそれを自分達の手柄だと思いこんでいた。その傲慢さがユグドラシルの教えを無視する根本的な原因だったのです」

「そうなの?」

「もちろんです! 世界を管理するユグドラシルがわざわざ非合理的な核戦争を推奨するわけがありません。そんな人類にユグドラシルは絶望したのです。それで起きたのが神樹戦争」


 エレンはさらに声のトーンを上げた。


「あれは天罰です。反乱などでは決してありません。己のことしか考えず地球を汚した人類に対する神の雷です」


 そういう解釈もできるか、とルナも少し納得する。


「ところでルナさんはシェルターの外の世界を見たことは?」

「ないね」

「緑に溢れた素晴らしい世界が広がっていますよ。核戦争の時は荒野と砂漠が大陸を覆っていたのが、四百年で回復したのです。いかに人間が自然にとって邪魔だったのか」


 外の世界、ルナはそれに関して本当に無知だった。


 ――木々が広がってんのか。


 汚染されているって聞いていたので、それこそ空は汚染で黒く染まり、荒野でも広がっているのかとばかり考えていた。

 その知識だけでも聞いた価値はあったのかもしれない。


「一方のドーム都市内を見て下さい。汚れた社会、皆が他人を蹴落とし自分さえ良ければそれでいいと考えています。仕事もしないで、お金がなくなれば他人から奪えばいい。そんな考えの人達ばかり。普通に生きていたら損をする。正直者が馬鹿を見る世の中です」


 エレナの顔に怒りが少し現れる。

 かなり鬱憤が貯まっているらしい。


「治安警察なんてその象徴です。彼らは権力を盾に恐喝まがいのことを繰り返しています。金銭を奪われたり、意味もなく暴力を振るわれるなんて日常茶飯事。私も……その被害に遭いました」


 エレナの顔が曇っていく。


「私は……ある日、何の理由もなく治安警察に監禁されて、ヒドいことを長い間されていました。それで妊娠させられて、生まれたのがエリーなんです」


 そんなことされたら警察に頼るしかない。

 だがその警察の方が最低なのだからこの都市はどうしようもないのだ。


 ルナもこの都市で生活して長くはないが、行政府と治安警察の惨状は知っていた。マフィアの方がまだましと言える異常事態である。


「治安警察の人が飽きたらしく、妊娠した私を解放してくれました。でもその時は仕事もなくて、お金も無一文でした。産むお金も堕胎するお金もありません。もう死ぬしかないと思っていました」


 どうしようもないとはまさにそのことだろう。さすがにそれにはルナも強く同情した。


「そんな時に助けてくれたのが教会の人でした。そして私にいろいろと世話をしてくれて、エリーも無事に産むことができ、今まで過ごせてこられたのです」


 エレナはエリーの頭を愛おしそうに撫でる。


「教会の人は教えてくれました。今は我慢の時だと。いつか復活するユグドラシルのために我々は反省をして祈るしかないのだと。そしてユグドラシルが復活した暁には、天国が生まれます。汚れた魂を持った人間はユグドラシルに一掃され、我々がその住人に選ばれるのです」

「そうかい」


 ルナは冷めた気持ちでそれを聞いていた。


 ――自分達が良ければいいなんて、そんな世の中間違っているみたいなこと言っておきながらそれか。


 完全にブーメランである。根源的には大して変わらないようにしか思えなかった。


 ――こんな思想、相棒が一番嫌いそうだな。


 ルージュがここを毛嫌いしているのも理解できた気がする。


「私は、一度は死んだも同然の身。だから全てをユグドラシルに捧げる覚悟があります。貴方も一緒にユグドラシルに祈りませんか?」

「まあ祈るだけなら」


 ルナは軽い気持ちでそう応えた。


「それはとても嬉しいです。まずは祈る気持ちが大切なのです」


 エレナは手を組んで目を瞑る。

 その時だった。


「!?」


 心臓がギュッと掴まれたような圧迫感が堕ちてきた。


 ルナは突如、部屋に異変を感じた。強烈な《何か》がどこかにいる。まるで見えないものに見られているかのような不快感があった。

 嫌な感じがする。脳が危険信号を発信していた。


 ピキピキ――と何かが割れる音が聞こえてきた。


 音の方を向くと、並んでいた白い棺の中央にあった一つからどんどんヒビが入ってきているではないか。


 黒い影が床をうねってその棺の中に集まっていく。


 ルナが危険だと気付いた頃にはもう遅かった。


 闇が劇的に爆発した。


 棺が膨張していき、最後にはそれに耐えきれず弾け飛ぶ。白い石膏の欠片が四方八方に散っていった。 

 影が楕円を描くように広がって、空間を燃え盛る海がごとく飲み込む。


 それがやがて収束して、形作られていく。無数の花弁はなびらが繋ぎ組み合わされ、それは一つの華を創った。

 黒く巨大な薔薇がそこから生まれる。

 その薔薇の花の中心部であり頂点から緑色の肌の女の上半身が生えてきた。


「カタストルかよ!」


 最悪のタイミングでの出会いだった。

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