第12話 ゴミの町⑧

「どれくらい?」

「素質のある人間を集めても四十人に一人」


 静寂が部屋を支配した。


 ルージュが空になったコップを床に置く。コンとプラスチックの音が響いた。

 しばらくしてルナが口を開く。


「なれなかった人達は、どうなるんだ?」

「もちろん全員、カタストルになるわよ」


 シードに飲み込まれた者の運命だ。

 むしろノワールの方が本来は異質の存在。例外中の例外なのである。


「ノワールの最初の任務はね、失敗した三十九人のカタストルを殺すこと」

「それって……」

「地獄よ。同じ釜の飯を食べ、苦楽を共にした絆で結ばれた仲間を、友人を、親友を、たった一人、この手で皆殺しにするのだからね」


 ルージュは己の手を見つめる。

 血に染まった汚れた手を。


「殺すこと自体は簡単よ。卒業生は手術前にカタストルになり難いように、抗カタストル化剤を投与されている。だから薬が邪魔して完全なカタストルには絶対になれない」


 戦闘力は弱い。

 正規のそれに比べれば十分の一の力すらない。


「でもだからこそ、元の人間だったころの形を中途半端に残しているからこそ、映像的には苦しいものがある。あの黒い影みたいなカタストルの体のどこかに人間だった頃の顔が必ずあるの。あの美しく仕立て上げられた《死に化粧》の顔が、ね」

「…………それって」

「醜いわよ。かつての親友だとわかっていても、生理的に拒否してしまう程」


 カタストルが人間に近い型ならまだいい。

 虫や動物だと、グロテスクでもう見ているだけで吐きそうになる。


「顔が残っていて、感情も残っている。体だけは化け物。絶望して泣く者もいれば、生きるために戦う者、殺してくれと懇願する者、醜い姿で命乞いをする者」


 そう言っていられる内はまだいい。

 人間の感情が残っている内はまだましだ。


「でもカタストルになってすぐの者は餓えているから空腹に勝てずに、結局最後は全員が食事を求めて襲いかかってくる」


 化け物の本能に支配されて、心まで醜くなる仲間達。

 それがカタストルと言う生き物だと言うことを、身を持って教えられた。

 奴らは人間ではない、と。


「それらを全て片っ端から呪印銃で撃ち殺していく。それができなければ自分が死ぬから。ずっと一緒に過ごしてきた仲間を情けも容赦もなく」


 己の魂が汚れる。

 その瞬間がよくわかる戦いであった。

 精神的にはどんな戦いよりも辛いと言える。


「それが終わった後は心も全く変わっていたわ。ノワールとして戦うってことがどんなことなのか、骨の髄まで叩き込まれていた」


 ノワールの生き様。


「組織がどうしてあんなに親身になって優しく楽しい訓練生時代を演出したのか、よくわかったわ。あの素晴らしい仲間達と楽しい時間を過ごしたからこそ、地獄の覚悟が出来上がった。あの結果をわかっててのことなんだから、本当に悪趣味だと思わない?」

「……相棒もやったのか?」

「ええ、三十九人キッチリ撃ち殺したわよ」


 ルージュはベッドから立ち上がった。そしてライダースーツの右太股に手を伸ばす。そこには見え難いジッパーのポケットがあった。


 そのポケットから、素早くダガーナイフを引き抜く。


 そしてそれをルナの喉元に向けた。


 とっさの出来事にルナは両目を見開くことしかできていなかった。完全に油断している。


 ルージュはそのままの体制で口を開く。


「二つ、覚えて起きなさい」

「……何だよ?」

「最初から何か勘違いしているようだから言うけど、私を良い人だなんて思わないことね」


 ダガーナイフの刃が軽くルナの首に触れる。一筋の赤い滴がスーッと落ちた。


「言っておくけど組織に今、アンタを殺せって命令がきたら躊躇なくできるわ。殺した後に罪悪感が沸くこともなく、ね。アンタを助けたのも所詮は任務、それ以上でも以下でもない」

「二つ目は?」

「アンタがこれから向かう《黒い太陽》はそう言う組織だってこと。あそこは正義とは程遠い。目的の為なら人の命なんてミジンコくらいにも思わない卑劣な集団よ」

「じゃあ何でお前さんはそんな危ないところにいるんだい?」

「組織から離反したら死の粛正が待ってるからね」


 組織を離れて生き残ったノワールはいないと言われている。


「それに私には目的がある。そのために組織にいるの」


 ルージュは黒い短剣用の鞘をポケットから取り出した。そしてそこにダガーナイフを納める。

 そして鞘に納めたダガーナイフをルナの元へ投げた。


「サイコダガー、超力の弱いアンタでも使えるわ。持っておきなさい。自分の身は最低限、自分で守って」

「相棒のものじゃないの?」

「私の分は後でサイファーから貰うわ」

「そうかい。でもいいのかよ、組織の危ない話なんかして。逃げちゃうかもよ?」

「好きにすればいい。その時はその時よ。自分の生き方は自分で決めなさい」


 ルージュは空になった二つのコップを持ってキッチンに歩く。


「他人を信じて他人の判断に身を委ねているなんて、馬鹿を見るわよ」


 蛇口を捻りコップをスポンジで洗った。


「……私だって、どうしたらいいのかわからないんだ」


 ルナはサイコダガーを抱いて、消え入るような声で呟くのだった。

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