第15話「初めての無味」

「お、待ってました!」浮かれた声をあげた珂惟は、さっそく一口。

「なんだこれ、これ本当に美味い!」

「でしょお?」

 珂惟かいの期待以上の反応に、茗凛めいりんは嬉しくなってしまう。 

「夏の敦煌とんこうだなんてなんの拷問かと思ったけど、暑さがカラッとしてるから日陰はちゃんと涼しいし、悪くない。いい時期に来れてよかったー。こっちの果物は甘くて瑞々しくて、本当に美味うまいしさ」

「じゃあ今度おいしい焼餅ナンのお店も紹介するね。店はボロいんだけど、安くて美味しくて、地元っこには評判なんだよ」

「それは楽しみ」

 珂惟は再び杯子コップを傾ける。その嬉しげな様子に少し安堵したものの、そこでふと、白馬塔での話を思い出した。「そういえばさ」と茗凛は切り出し、

「さっきの話なんだけど、やっぱりちょっとヘンよね。講堂までしか入れないなんて。在家信者の私だってもうちょっと自由に歩けるのに。北東角のあたりはダメだけど」

「何で?」

「そこは行者や寺人(雑用係)たち用の宿舎があるんだけど、老朽化して壁が崩れたとかで、建て直しするまで危ないから近づくなって言われてるの。柵まで作っちゃう念の入れようなんだよ。だから行者たちは今、珂惟と同じあの宿で生活してるってわけ」

「へえ。そんな事情があったのか。でも確かに、普通の在家信者ならともかく、行者が外から通うなんてヘンな話だと思ってた」

「傍目には老朽化してるようには見えないんだけどね。確実に今、珂惟たちがいる宿の方が危なそうだもん。でも行者たちが寺を出てもう三月みつきも経つのに、工事が始まる様子が全くないんだよね。参拝者も多いし、境内ではよく見世物やってて、儲かってるように見えるんだけどなあ。上座の肉になってるのかしら」

「あーありうる」

 二人で声を上げて笑いあっていたら、店の主人がやってきて串に刺したハミ瓜を茗凛に差し出した。六つに縦割りされた瓜は長い櫛形で、種と皮は取り除かれ食べやすくなっている。主人は他にも複数の客に手早く串を渡していった。そこへ新たにやってきた客もみな、同じものを注文している。一番人気の商品なのだ。

 淡い橙色をした切り口からは、果汁が滴り落ちている。

「ちなみに、この串はタマリスクね」

「そういや、枝が赤い」

「でしょ。枝がしなやかだから籠を編むのにも使われるよ。あとお仕置きの鞭ね」

「あー、それで。そりゃ茗凛が愛着を持って、熱く語るわけだ」

 珂惟の軽口は軽く聞き流し、茗凛は瓜を一口。「うん、やっぱり美味しい!」

「そうなの? じゃあ、交換」

 珂惟がそう言って、杯子を差し出してきた。

「え?」

 茗凛はきょとん、としてしまう。

「こっちも美味いから、飲んでみなよ」

 珂惟は何でもないことのように言う。

 ちょっと待って。都ではこういうの普通なの? 家族とか仲間ならともかく、まだ会ったばかりで、ろくに話もしてないのに、こういうのってアリなの? 頭ではいろんなことがグルグルする。

――じゃあ断る? だがその考えは何故か、即座に却下された。

「はい」

 意を決した茗凛が串を差し出すと、珂惟はそれを受け取り、がぶっと一口。

「うわ、これすごい甘い。瓜州かしゅうで食べたハミ瓜も美味いと思ったけど、ここのはその上を行くな。本当にうまい。今度はこれ頼もうっと。あ、あんまり残ってないから、それ全部飲んでいいよ」

「あ、うん」

 どうにか笑顔を見せながら、茗凛は手にした杯子を見る。

 どこから飲んだらいいんだろうと思ったが、見ても良く分からない。珂惟がこちらを見ている、気がする。ああもう、茗凛はえいっと杯子に口をつける。西瓜の味はよく分からなかった。




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