第14話「故郷の風景」

 二人は塔を後にすると、一路、繁華街である敦煌市場を目指した。そして茗凛めいりんお薦めの果物屋に腰を据える。珂惟は西瓜漿スイカジュースを、茗凛はハミ瓜を注文する。

「――乾いてるよなあ……」

 店先に置かれた長椅子に座った珂惟かいは、往来を眺めながらポツリと呟いた。

「風景が白い」

 正しくは白茶けている、だろう。

 ひたすらに乾いた地面は、風が吹くたび砂が舞う。それによって店先に日避けとして張られた白い布は、どれも地面と似たような色になっている。それは白を基調とした衣装を着た通行人たちも同様で、その全てを頭上からの陽光が、さらに白く照らしつけている。

「そりゃそうよ。こっちでは滅多に雨なんて降らないんだから。『雨が降ったらいいことがある』ってコトバがあるくらいだもん。それでも夏場は少しは降るんだよ。少しはね」

「そういや、まだこっちに来て一度も雨が降ってないな」

長安みやこは、よく雨が降るの?」

「しょっちゅうね。これから多くなる時期だな。雨が続きすぎてうっとおしいこともあるけど、柳に滴る雨粒はなかなか風流だ。雨上がりに立つ土の匂いも、好きだな」

 雨がうっとおしいなんて贅沢な話だわ。土の匂い……それってどんなんだろう。ここにあるのは砂ばかりだから、ちょっと想像できないやと茗凛は思った。ちなみに敦煌の年間降水量は、長安のこの月(七月)一月ひとつき分の降水量にも満たない。

「長安が恋しい?」

「たまにね。夜寒くて、眠れないときなんかは特に。聞いてはいたけど昼夜の寒暖の差が凄いよな。道中は暑さを避けるために、昼に寝て夜進むって方法をとってたからあんま気づかなかったけどさ。昼間すごく暑かったのに、涼しすぎて夜中に眼が覚めることもしょっちゅうだ。宿で『必要ならどうぞ』って毛布を渡されたときには、一体何の冗談かと思ったけど要るな、アレ」

「絶対必要だよ。そっかじゃあ長安は、昼と夜の温度がそんなに違わないんだね。それが当たり前の生活なら、こっちの気候はちょっと大変だね」

「そうだな。温い生活してたんだな俺、って思った。――でもこっちの生活は楽しいよ。中国と西域が混在してて華やかだし、見たことがないものが多くてワクワクする」

「長安にもないものがあるの? こんな辺境の城市まちに?」

「そりゃ色々あるよ。たとえば茗凛の踊りもそうだ。長安では青眼白皙の西域の女たちが、長袖を翻しながらたおやかに、身軽に踊る胡旋舞こせんぶが重宝されてるけど、あ、霞祥かしょうさんのはそれに近い気がするんだけど、同じく身軽さが売りの茗凛のは、ちょっと違うよな。茗凛のは――そうだな、曲芸に近い感じかな。あと俺が凄いって思ったのは茗凛の衣装。あの深い紅色の鮮やかさ、あんなに主張のある色を見たことが無い。あの色が旋回するサマは、なかなか圧巻だった。あんな紅色、どうやって染め付けてるわけ?」

 ――男(しかも仏教関係者)が、布の染付けに興味を示すなんて――軽い驚きを覚えながら、茗凛は答える。

「あれは紅柳で染めているの。別名、タマリスクとも言うわね」

「タマリスク?」

「そう。胡語ではそう呼ぶそうなのよ。覚えてない? 珂惟たちが上座たちと話した部屋の外に生えてた、腰丈くらいの……」

「あー、あの、木というより茨みたいな、麦粒みたいな桃色の花を、枝いっぱいにつけてるヤツか。枝まで桃色の。あれなら道中の砂漠でもよく見かけたよ。遠くから見ると、地面が紅色の雲に覆われてるみたいだった――タマリスク、か。タマリスク……」

 珂惟は何度も呟いていたが、やがてポンと膝を打ち、「いい響きだ。気に入った」

 その反応がどうにもおかしくて、茗凛は思わず笑いながら、

「タマリスクはね、地中に長く長く根を伸ばして水を吸い上げているの。長く広がった根が、砂を掴み固めて流砂を食い止めてくれてるの。あれがなかったら城市はとっくに砂に呑まれてるって言われてるわ」

「そんなふうには見えないけど、強いんだな。砂漠で生きるだけの事はある。胡楊樹もそう。太いヤツだと一抱えくらいあるじゃん。あの木陰では随分休ませてもらった。幹がすっごいねじれてて、しかもカラカラの樹皮が剥がれかけてるのにしゃんと立ってるのを見ると、ここの環境がいかに厳しいか、そしてあの木がどれだけ強いかが、分かる」

「胡楊樹は『生えて千年枯れず、枯れて千年倒れず、倒れて千年腐らず』って言われてるわ。葉はラクダの餌になって、幹は木材として色々なところで使われる、本当に重宝な木よ。だから胡楊樹を砂漠の美男子、タマリスクを砂漠の美少女って言う人もいるわね」

「なるほど、言いえて妙だ」

「はいお待ち」

 そこへ店主がやってきて、珂惟に杯子コップを差し出した。

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