第9話「それは校則違反と呼ばれた」

 ここ最近、日陽いづるのスクールライフは充実していた。

 リアルで充実……リア充だ。

 勿論、阿室玲奈アムロレイナとの恋仲を諦めてはいない。だが、その前に彼女の友人であることが嬉しかった。今まで友達などいなかったという彼女が、信頼を預けてくれるのが誇らしかった。

 毎朝同じ通学路で通い、学校でもよく顔を合わせ、時間が合えば一緒に下校する。

 誰もがうらやむ玲奈との親密な関係に、いづるは不思議な充足感を感じていたのだった。


「よーし、いづちゃん! 阿室先輩も! 今日はね、今日は……ふっふっふ、今日はね!」


 いつも一緒の幼馴染、楞川翔子カドカワショウコが少し前へと飛び出て振り向き歩く。

 三人揃っての帰り道、時間は三時を少し回ったところだ。

 玲奈と並んで歩くいづるは、先程からイノベイターがどうとかクンタラがどうとか、そういう話を玲奈に聞かされていた。


「な、なんだよ翔子。お前……なんか、キモい笑いなんだけど」

「あら、翔子さん。今日はなにかあるのかしら?」

「ふっふっふ、あるのですよ阿室先輩。今日は、素敵に普通な高校生活に欠かせぬ、アレを阿室先輩にも教えてあげるのです!」

「まあ!」


 驚きに小さく開けた口を、玲奈は手で多いながらも目を丸くする。

 だが、すぐに彼女はワクワクを隠しきれぬ表情で翔子に詰め寄った。

 スーパーお嬢様、阿室玲奈……品行方正、清楚で可憐、成績優秀でスポーツ万能の生徒会副会長、その上に大金持ちで、目も覚めるような美貌の持ち主。見る人が見たらストライクフリーダムかディステニーかって程になんでもアリだと驚くような、そんな少女なのだ。

 だが、彼女には一般的な常識と普通の高校生活がない。

 友達もいなかったが、今はいづると翔子がいる……あとはエンジョイできる学園生活だけだ。


「それで、翔子さん。今日はなにを」

「ふっふっふ、いいからついてきてください!」

「嬉しいわ……見せてもらいましょうか。普通の学生生活の性能とやらを」

「任せてくださーい!」


 二人はキャッキャウフフと嬉しそうに並んで、いづるの前を歩く。

 そっちの方向に歩くと……そう、確かメインストリートへ向かってのアーケードがある。地元じゃ有名な商店街が沢山の店を並べていた。

 その入口へと玲奈を連れて来て、得意気に翔子がドヤ顔で振り返る。


「さあ、阿室先輩! 今日は……買い食いをします!」

「買い食い……それは! まさか! ……なに、かしら。ねえ、いづる君。買い食いって?」

「寄り道しておやつを食べようっていってるんだと思いますよ、阿室さん」


 いづるの端的な説明に、玲奈はポン! と手を叩いた。

 そして、意外にも身を乗り出してすぐに食べたいものを言い出す。


「いづる君! 翔子さんも! 私、ホットドッグが食べたいわ」

「ホット……ドッグ?」

「そうよ、パンでソーセージや野菜を挟んで、ケチャップとマスタードをかけたファーストフード。よくて? ホットドッグよ、ホットドッグ」


 いづるには意外だった。

 玲奈とジャンクフード、ファーストフードが頭のなかであまり結びつかない。それが、ほぼ即答でホットドッグときたもんだ。だが、意外と普段の生活はお嬢様なりに質素なのかもしれない。ガンダムの話をする時など、割りと頻繁にラーメンで例えることがあるくらいだ。


「意外です、阿室さん……好きなんですか? ホットドッグ」

「食べたことないの。買い食い自体初めてだし、それに……こう、食べながら歩くんでしょう? そして映画館の前で旧世紀の名画をみつけて、そこから偽名を拝借するのでしょう?」

「……ま、まあ、食べ歩き、ですけど」

「夢みたいよ、いづる君! さあ、行きましょう……翔子さん、ホットドッグはどこで売ってるのかしら」


 翔子はこの商店街について詳しい……まるで自分の庭のように歩く。いづるのご飯をよく作ってくれるが、そのための買い物は全てここで行われているのだ。

 そぞろに歩けば自然と、目の前に小さな屋台が近付いて来た。

 フライドポテトやソフトクリーム等、行き来する市民におやつを提供している個人経営の出店だ。小型のトラックを改装した移動店舗で、ハンバーガーやスコーンなんかもある。

 だが、翔子を追い越し店先に駆け込んだ玲奈が、注文するものは勿論ただ一つ。


「すみません! ホットドッグをいただけるかしら」

「あいよっ! そっちのカップルさんはどうするね?」

「カ、カップル? 僕と翔子が? いやいや、ないない」

「あはは、いづちゃんとわたしってそう見えるのかなあ」


 とりあえず、いづるも翔子も一緒に同じホットドッグを注文する。

 その時、何故か玲奈は怒ったような、ちょっと拗ねたような顔をしていた。どうして念願のホットドッグを前に不機嫌になったのか、いづるにはまったくもって理解不能だ。

 だが、それも僅かな時間の間だけで、ホットドッグを受け取るや彼女は満面の笑みを浮かべた。


「ああ、これが……これが、ホットドッグ!」

「嬉しそうですね、阿室先輩っ!」

「ええ、翔子さん。でも、流石に歩いて食べるのは、ちょっとお行儀が……いえ、ダメよ玲奈。これは食べ歩きしてこそミネバ様の気分が味わえる、そういう食べ物だもの!」

「ささ、熱いうちに食べるのです! いづちゃんも!」

「……随分臆病になったものね。このホットドッグならできるのよ。下校中にもかかわらず庶民のB級グルメを味わえる。数多くの美食を経験してきた私がどうしたの? なにを恐れることがあるかしら!」


 店を後にして歩き出しつつ、玲奈がホットドッグを口に運ぶ。

 その優雅ゆうが所作しょさを、気付けばいづるはじっと見詰めてしまっていた。両手に握ったホットドッグを、玲奈は小さな口で一生懸命頬張っている。

 なんだか、その、ふしだらで破廉恥ハレンチな妄想を自覚しているいづるだった。そして、カプッ! と玲奈が太いソーセージを噛み切ると、思わず内股になる。日陽いづる、かなりのむっつりスケベである。

 だが。玲奈はうっそりと目を潤ませて普通の高校生的買い食い体験を満喫していた。


「殺人的な美味しさねっ!」

「エヘヘ、気に入ってもらえてよかったですぅ。あ、ほら、いづちゃん! ほっぺにケチャップついてるよぉ?」

「やみつきになるわ、このままでは。このホットドッグの手軽さをもってすれば、どんな時も食せるもの。でも、弱点はあるわ……私たちがお小遣いに限りのある学生だということよ」


 なにやら満足気に呟きつつ、玲奈はゆっくりとホットドッグを味わい、ぺろりと完食してしまった。そしてホットドッグの包み紙を丁寧に折りたたむと、そっとポケットにしまう。

 彼女がホットドッグに夢中な間、いづるは頬をハンカチで拭いてくる翔子に構われていた。


「大丈夫だよ、翔子。ほら、もう食べちゃったし」

「ふふ、いづちゃんはいつまでたってもお子様だなあ~」


 しかし、指を舐めつついづるは、ふと湧いた疑問を口にする。


「でも、阿室さん。家、こっちじゃないですよね? むしろ、逆方向な気が……」

「ああ、そのこと。気にしなくていいのよ、いづる君。お友達ですもの、一緒に登下校……とても楽しくてよ? みんなこうして学校に通ってるのね」

「はあ……まあ、それならいいんです、けど」


 そうこうしていると、アーケードが途切れて大通りに出る。

 すると、そこにいづるは不思議な光景を見て絶句した。


「げっ、リムジン? 白い……リムジンだ」

「あら、今日はもうお迎えかしら? ごめんなさい、いづる君。寄り道をしていたら迎えの車が待ちきれずに来てしまったみたい」

「……これに、乗って、帰るんですか」

「そうよ? 前も言ったじゃない、私。ピンクや金色のリムジンもいいけど、私は白が好きなの。メルセデスの特注リムジンで、凄いのよ? 五倍以上のエネルギーゲインがあるの」

「は、はあ」


 いづるも翔子もあっけにとられて、さも当然のようにリムジンに近付く玲奈の背を見送った。

 やはり、こうして一緒にいても彼女は別世界の住人、天上人てんじょうじんなのだろうか?

 そうこうしていると、リムジンから長身のメイドが降りてきた。


「お嬢様、お迎えにあがりました」

「あら、お疲れ様。紹介するわ、私の友達の日陽いづる君。そして楞川翔子さんよ」

「お嬢様に……ご友人が? そう、ですか」


 そのメイドはモノクロームのエプロンドレスを着た、長いスカートの美人だ。年の頃は二十代になったばかりくらいだろうか? そう年が離れてるようにも見えない。玲奈と並んでも遜色ない美しさだったが、妙に暗い目がいづるには気になった。


「あ、いづる君。彼女は私のおつきのメイド兼ボディーガード、来栖海姫クルスマリーナよ」


 海の姫と書いてマリーナと読みます、とメイドは深々とお辞儀をしてくれた。

 そして彼女は、リムジンのドアを開いて玲奈をその奥へと下がらせる。玲奈はすぐに窓を開けて、いづると翔子に小さく手を振った。


「今日もありがとう、いづる君。翔子さんも。ごきげんよう、また明日……約束だぞ? また明日!」


 玲奈の弾んだ声を残して、リムジンは走り去った。

 改めていづるは、玲奈と自分との暮らしの違い、世界の違いを思い知らされたのだった。

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