第9章 仮面の商人とカナンサリファの狐(6)

 いつもなら主人であるアーザインのほぼ真後ろ、つまりは自分の傍に居るロムニーが今日に限って居ないので、コージは『一体どうしたんだろう?』と不安になり気にしていた。が、そのロムニーの姿が向こう側にチラリと見えたので、とりあえずはホッと安心をする。

 『なんだかどうも不機嫌そうだけど……』と感じてだが。


「ああ、コージ。今度機会があれば、君に剣の使い方を教えてあげようかと思うんだけど。興味はあるかい?」

「え?」

 ロムニーに笑顔をそれとなく向けていると、アヴァインが急にそんな思ってもみないことを言って来たのだ。瞬間、コージは自分がなにを言われたのかもよく理解できなかった。それで何も答えられず少しだけ、ぼぅ~っとしてしまう。


「万が一、夜盗に襲われた時などを考えるとさ。護身術として身に付けて置くのはいいことだと思うんだ。何せ、北部の交易ルートは色々と無用心だからね。ついでに、私の身も守って貰えるととてもありがたい♪ 

それで、どうだろうか?と思ってさ」

「ほぉ! そいつは実に羨ましい話だなぁあ~、コージ!」

 ハインハイルさんだ。目を輝かせ、片手をテーブルに着け身を乗り出し、自分自身を指差しながら更にこう繋げ言った。


「ついでにこの私にも、教えちゃあくれないかねぇえ~? アーザイン」

「ハハ♪ もちろん、いいですよ。ハインハイルさん」

 アヴァインはハインハイルへ笑顔を向け、頷き、それを受ける。

 こういうのは身に着けておいて損はないだろうし。競い会える相手が居たほうが、互いの励みにもなる。そう思ったからだ。

 それから改めてコージを見た。


「それで、コージはどうする? 剣には興味ないかな??」


 オイラが……剣を?


 コージは、思ってもみないアヴァインからの申し出に、そのことを理解したあとも、しばらく呆然としてしまっていた。


 彼の父親は兵士だった。

 前回の沿海都市国家アナハイトへの遠征で運悪く亡くしてしまっていた。それでも、『自分も将来は立派な兵士になるんだ!』と一度は子供心にも決めていた夢だ。

 そんなコージも……今ではその道を半ば諦め、自分が剣を手にするなどもはや無いだろうと思い、その頃の気持ちなど忘れ掛けていた。

 いや、忘れようと努めていた。

 それが今、アヴァインの申し出で叶うかもしれない。もちろん、それは単なる護身術としてではあったが、剣術を身につけられるなんて夢のようで、コージとしてはとてもありがたい申し出だった。


「あ、いえ! やります!! 是非、やらせてください。頑張りますよ、オイラ!!」

「……コホン! コージ…」

「──あっ!?」

 コージはつい昔のクセで、『オイラ』などと言ってしまっていたコトに気づく。


「え、と……ど…どうも申し訳ありません…ハマスさん」

 そこはコージらしくてとても良いと思うのだが、執事のハマスから素早くそこの注意を受け、シュンとなり謝っている。

 そんなコージをアヴァインは苦笑し見つめ、次に執事のハマスの方を向いて口を開いた。


「ハハ。まあ、『オイラ』のひとつや二つくらいいいじゃないか♪ ハマス」

「そうは参りません。社交界など、思わぬ場に呼ばれた時など。その様な言葉遣いをうっかりとされていては、アーザイン様の名に泥を塗ってしまうことにもなり兼ねませんので」

 ハマスは相変わらず、表情のひとつも変えずに淡々とそう言っていた。


「ハハ。社交界の様な場には、当分、ハマスだけを連れて行くから問題はないさ♪」

「アーザイン様……」

 ハマスは困り顔に畏まり黙しながらも、何か訴え掛けて来ている。コージへの教育は、単なる従者に対するものとは思えないほどに徹底されていた。まるで、ハマス本人自身の後継者でも育てているかの様にさえ感じるほどに。それだけに、コージの件で執事のハマスから何か言われるとどうにも弱いのだ。


「……ハハ。わかったよ、ハマス。君に全て任せていたしね? 変に口を出して悪かったよ。それにしても、君にはまったくかなわないなぁ…」

「恐縮にございます。アーザイン様」

 ハマスはそこで一礼をする。


 そんなハマスを改めて見つめ、大したモノだなぁ~、とつくづく思う。それからアヴァインは、次にコージの方を苦笑気味に見て、口を開いた。

「まあ……そういう訳みたいだから。コージ…今後はもう少しだけ気をつけて。頼むよ♪」

「あ、はぃ。分かりました! 今後はもっとしっかりと注意し、気をつけます。アーザイン様!!」

 コージは元気よく礼儀に習った一礼をアヴァインに対して行い。それから執事のハマスに対しても、そちらに気遣うようにさり気なく行っていた。

 それにしたって全く、この短期間で大したものだなぁ~、とアヴァインはつくづく思う。


 正直いって、礼儀に関しては自分なんかよりもよく出来ているのかもしれない。


「うん♪ 期待しているよ、コージ」

 アヴァインは満面の笑みでそう言った。


 個人的な感想としては、以前のコージのままでも構わないとは思うのだが。いつまでも『そのままで居て欲しい』と願い思うのは、もしかするとこの私の単なる我がままなのかもしれない。

 何よりもコージ自身が、人として精神的にも成長しようと努力している。こうして一つずつ大人への階段を一歩一歩確かめながら歩んでいるのだから……。


 アヴァインはそんな従者コージを優しく見つめ、でもどこか寂しげに感じていた。


 自分にもし子供が居て、その成長を感じたら。もしかすると今と同じようなコトを考えてしまうのかもしれないなぁ?


 アヴァインはふとそんなことを思うと、何だか急に可笑しくなってきた。なんだか自分は、コージの保護者みたいだなぁ~?と。


  ◇ ◇ ◇


 今日も食事のあとしばらくすると、ハインハイルとアヴァインはどこかへと出掛けて行った。

 その目的は、このカナンサリファ周辺を中心とした商圏の地盤固めなのだと聞いている。


 今朝はまた陽気が良く、適度な風もあり心地良い日だった。コージはそれを笑顔で見送り……見送り切ったあと、「はぁ~~…」と吐息をつく。

 こうも毎日毎日、執事のハマスさんから監視されていては、とても身が持たない。幸い、アーザイン様が外へ出掛ける時には必ずそれへ着いて行くので、その間だけは開放されるのだ。

 もちろん、ありがたいとは思っているけど。あの人と一緒に居ると、肩が凝って堪らない。


「それにしても、オイラが剣……かぁ~」

 ふと、食堂での話を思い出し。コージはニッと笑みを浮かべる。

 それから3階の部屋へ戻ろうと振り返ると、そこにはハウスメイドのロムニーが眉間にしわを寄せ、両腰に両拳をあて、どうにも何故か怒ったような様子でこちらをじっと見つめていた。


「あ、え? なにか御用でしょうかぁ……??」

 コージがそう困り顔に声を掛けると、ロムニーは更に、むっ!とし口を開いてきた。


「『なにか御用か?』じゃないわよっ!! あなた食事の時、アーザイン様に今朝のコト、告げ口しなかったでしょうねぇえーッ?!」

「……え??」


 そうは言われても、コージにはなんのことだかまったく分からなかった。


「あなた、ナニわざとらしく惚けてんのよっ!!」 

 言いながらロムニーは不機嫌そうな表情で、コージの鼻先へ突如、ビッ!と指差してくる。


「わたしが今朝、欠伸してたのを見て。あなた、わたしの後ろで笑ってたじゃない! 

『気づかなかった』なんて言い訳、このわたしには通じないんだからねッ。ちゃんと見てたんだから! ホラッ、早く素直に言いなさいっ!」

「……」

 そこまで言われて、ようやく思い出せた。というか……『あぁ、その件か』と思い当たることが出来た。

 だけどやはり、何故それで怒っているのかがどうにもよく理解できないのだ。


 コージは困り顔に首を少しだけ傾げ、口を開いた。

「あのぅ…笑う……というか、ナンというか……」

 それから改めて、ロムニーを正面に見つめ言う。


「とりあえず、『人を指差してモノを言うのは、礼儀に反する』って……執事のハマスさんが言ってましたよ?」

「──ンッ!?」

 礼儀作法について気になった点をひとつ指摘すると、ロムニーは忽ち赤面をした。

 そんなロムニーの反応を見つめ、コージは少し思案し、再び口を開く。


「そもそも、ロムニーさんが今。どうしてナニに対して怒っているのかが、ワタクシにはよく分かりません。

初めからちゃんと、分かる様に説明しては頂けませんか? お願いします」

 そう言った途端、ロムニーは面食らったように「あ…え?!」「ン…へっ??」を繰り返していた。今に至っては、居心地悪そうに目を泳がせ、ソワソワとし、まるで親から叱られる子供のように、今にも逃げ出したそうにしている始末だ。

 その様子がなんとも、コージ的には内心可笑しくて堪らなかった。だけどコージは、敢えて澄まし顔でそんなロムニーを見つめる。

 それでロムニーは尚更に、居心地悪そうにしていた。


「と、とにかくっ! 今朝は偶々、寝不足で……えと…それで思わず油断してのコトだったんだからねっ! アレはあくまでもなのよっ!! いい? た・ま・た・ま・な・のっ!」

「というと……例のその『あくび』が、でしょうか?」


「──ひっ、があぁあああッ!!?」

 屋敷の方を向いて、声を大にしてわざと言うと。ロムニーはあわてて、屋敷の方を気にしながらコージの口を両手で塞いでくる。

 ここまでのリアクションで、コージにも大体どういう事情かがかなり分かってきた。


「ちょっ! アナタ!! このわたしに恨みでもあンのっ!!?」

「まさか……そんな訳はないですよ♪」

 コージは笑顔を浮かべ、そんなロムニーを見つめ返す。

 一方、ロムニーの方はそんなコージを見て、どうにもやりにくそうにしている。


「──と、とにかくッ! そういうコトだから、誰にも口外するんじゃないわよ! いいわねっ!!」

 そう言いながらも、ロムニーは逃げ去るように屋敷の方へと向かいサッサと歩き出した。

「はい、分かりました♪」

 そこでもコージは、ニコリと笑顔を見せ言う。それからスーッ……と息を吸い込み、わざと大きめの声で言った。


「今朝の!の件は、誰にも言いませんから。ご安心ください!」

「──うげえぇッ!!?」

 その声に、2階に居たミカエルさんが「何事だろう?」と窓を開けこちらを伺う。

 それに気づいたロムニーは、大声を出したコージに対して「文句言ってやろう!」とばかりに近づいていたが、屋敷内へとあわてて逃げるようにして入って行った。

 そんなロムニーをコージはニコやかに手を振りふり見送る。


「コージ君。どうかしたのかね?」

 ミカエルさんだ。

 コージはミカエルに対し、そこで爽やかな笑顔を向けた。

「いいえ、何もないですよ♪」

 それで屋敷内へとご機嫌顔で入って行く。


「ハハ♪ ロムニーさんって案外、イジられキャラなんだなぁ~♪」

 コージはなんとなくそう思い、言ったのだ。が……本人にそんなつもりは更々ない。



 一方、ロムニーの方は?というと……。


「あンの野郎ぉ~!!」と裏手の壁を拳で撃ち。ところが余りの痛さに、「くぅ~!!」とその場でしばらく何も言えず、うずくまっていたのである。


 イジられキャラではないにしても、その天然な素質という点に於いては、十分にあるのかも知れない。




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