第5章 新たなる道への旅立ち (4)
その話に驚き、ファーに目を向けると。ファーはそれに気づき、黙って頷いている。実はこの数日間の間に、パレスハレスでは大きな政情の変化が起こっていた。
科学者会の主要な人員の度重なる、拘束。
評議会議員の、反ディステランテ派とされる評議員に付き纏うスキャンダルの数々。
そして、貴族員であるスティアト・ホーリング氏への脱税疑惑。
それから、オルブライト・メルキメデスのフォスター将軍とアヴァイン・ルクシードとの関与。
反ディステランテ派とされる者は、ことごとく衛兵などからの調査対象とされ。些細な事でも大きく取り上げられ次々と処罰、拘束・断罪されていたのだ。
今までルーベンが語っていた話の全ては、こうした急で強引な政情の変化とバランスを欠く傾きに対する懸念の思いからであった。
これまで、父であるカルロスに対する子供の様な反抗心から商人としての道をひた走り、政治に対しては無頓着だった彼ルーベンであったが。その父カルロスが失脚し、改めてこの国の有り様を見た時に、彼ルーベンなりに感じるものが生まれ始めていたのである。
「聞けば、あなたも……ファー殿もその縁の者だと聞き及びます。もしも可能であるならば……。あなた方にはその方の元へと戻って頂き、その力となり助けとなって貰いたい。
私は私なりに、このキルバレスの中で賛同出来る評議員やその育成を行い。出来得るだけの協力と援助をしましょう……」
ルーベン・アナズウェルの話は、よく理解出来た。それはアヴァインも最近になってよく感じていたことだったからだ。
しかし、
「それは出来ませんよ、ルーベンさん。私は今やお尋ね人です。私なんかがオルブライト様の元へ行けば、それこそ迷惑を掛けてしまう」
そう言うと、ルーベンは小さく笑った。
「あなたはあの日、フォスター邸へ居た指揮官の事について、覚えてませんか?」
指揮官……?
そういえばあの時、燃え盛るフォスター邸を見つめながら膝を崩していた男が居た。『私じゃない……私のせいじゃ……』と何度も嘆き呟いていた男だ。
「その日、そこで何が起こったのか。私はその全てを、その者から聞きました。その者は当日のうちにディステランテから罷免され、今では私の元で匿っております。その彼の証言さえあれば、あなたに対し、同情的に思う者も少なからず現れることでしょう。
いや、寧ろ……この件は、彼ディステランテを追い詰める際の切り札にも成り得る」
「切り札……?」
ルナ様を殺害したのは、直接ではないにしろ。間接的には、ディステランテ評議員だと言える。少なくともアヴァイン自身はそう思い、彼を許すことが出来ないで居た。
ルーベンは、その思いを……その状況を、ディステランテ評議員を追い詰める為の武器に変え。パレスハレスの最高評議会会場にて、正攻法で戦え、と恐らくは言っているのだろう。
しかし今直ぐに戦うには、場が悪い。今のパレスハレスは、ディステランテ評議員にとって有利な構造と人員で成り立っている。だから今は退いて、オルブライト・メルキメデスの元で時期を待て……と、彼ルーベンは言っているのだろう。
「ただ……その際に、一つだけ問題が出ます」
「ひとつ……それは?」
「どの様な理由があるにせよ。あなたは、この共和制キルバレスの正当な評議員を襲った無法者です。結果として、未遂で終わったにせよ。それは変わる事のない、事実。
その処罰は、厳正に受けなければならない。その覚悟を持って、彼を追い詰めることになるでしょう」
「……」
それはつまり……それだけの覚悟がお前にはあるのか?とルーベンはアヴァインに問うていたのだ。
アヴァインは、迷う事なくそれに頷く。
「よろしい。では……君に、この手紙を託そう」
「……これは?」
「私から、オルブライト様へ宛てた手紙です。内容としては、今言った様なことが書かれてあります。くれぐれも落としたり盗まれたりする事がないようにお願いしたい」
これは……随分と、責任重大だな。
「分かりました。これは大切にお預かりします」
「よろしく頼む」
ルーベン・アナズウェルと、その子ルシアンはそれでこの屋根裏部屋から降りて行った。
アヴァインは2人が去ったあと、この手紙を見つめ隣のファーに一つ尋ねた。
「ルーベンさんが、オルブライト様に直接これを渡さず。この私に預けた、って事は……」
「ああ、オルブライト様は先日。アクト=ファリアナへと発たれた。
まぁどの道、今は貴族用の屋敷への人の出入りにも厳しいチェックが行われているからな。こんな内容の手紙なんかとても無理だったよ」
「なるほど……ではアクト=ファリアナへ、これを何としてでも届けなくてはならない、ってことか?」
「まあ、そういうことだな」
アヴァインはそこでため息をつき、そしてここで本気の覚悟を決めた。
まだ、自分の心の中に迷いの様なものがあったが。今はこの手紙をオルブライト様の所へ無事に届ける、その事だけを考えよう……。
アヴァインはそう決めたのだ。
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