第3章 キルバレスの大地より生まれ出でし……イモたち(6)

「え?! フォスター将軍が、ですか?」


「ああ、今回の緊急招集は、言ってみればその為のものだ」

「その為って……。フォスター将軍に限って、そんなことある訳がないでしょう!!」


「そんなことは分かっている! 他にもそう言う者が居るから、どうにか今回の緊急召集にまでは漕ぎ着けられた訳だ。しかしなぁ……」

「しかし、なんです?」


「既に、フォスター将軍を討伐する為の先遣隊は進軍済みだ。総勢2万だから、これ自体は大したこともないがね。

名目は、属州となったばかりのアナハイトの治安維持だそうだ。実に、白々しい話だよ。

だがな、それよりも問題なのはだ。まだ最高評議会の議決も済んでいないというのに、次の軍召集までもが勝手に推し進められている、という事の方だよ」


「それは……一体、どういうことなんです?」


「私がそんな事まで知るものか! どうしても知りたければ、ディステランテ評議会議員に直接、尋ねてみることだな」


「ディステランテ……評議員ですか?」


「ああ……軍令部長官と仲が良いのか知れんがなぁ。次々と私の頭越しで、軍令が発令されているんだよ。

その軍令は、メルキメデス候にも届いている筈だが。アヴァイン、お前は何も聞かされてなかったのか?」

「え?」


 そういえば……今回の警護の数は、前回よりも多い300名もの規模だった。

 更に、後続部隊として続くファーの部隊は多くの物資を運び、その警護を任されていた。


 その為、衛兵の数もいつもより多いのだと単純に考えていたのだが……。そうか、あれは『軍事物資』だった、ということか?


 それにしても、オルブライト様もお人が悪い。おそらくは、フォスター将軍と自分とのゆかりを考えての配慮だったと思うけど。自分は知らず知らず、それを間接的にも手助けしてしまった訳か……どうにも、ルナ様やシャリル様に合わせる顔がないな。


 ……いや、違う。

 そうか。だからこそオルブライト様は、物資の輸送部隊を後続のファーに全て任せ。敢えて、わざわざ別働隊として分けてくれたのか? 


 全く、大したお方だなぁ……よく考えておられる。


 自分は始めから事情を知らなかったのだから、あとでこの事で非難されることもない、って訳か。

 本当に思慮の深い凄いお方だ。



 アヴァインは、この件でのオルブライト・メルキメデスのキメ細やかな配慮に対し、心底敬服し、その忠誠心を増すのだった。


 ベンゼル衛兵長官は、その事を察したのか? やや困り顔に、そんなアヴァインを遠目に見つめている。


「この件では、承服しない評議員や貴族員も実は多い。

出来れば、だ。オルブライト・メルキメデス候もそのお一人であって欲しい、と私は切に願っているよ……」


「あの。それは、どういう意味なのでしょうか……長官?」

「あぁ……お前って奴は、全く……」


 なんともうといアヴァインの様子に、衛兵長官は再び頭を抱えた。


「いいかぁ、アヴァイン。もしも仮に、だ。今回の討伐遠征が正式に組まれたら、国内はどうなると思う?

フォスター将軍は、4万とも6万とも言われる大軍勢をその手で指揮しているんだぞ。

これには恐らく、あのカスタトール将軍も加わっている。となればだ、総勢10万は下らないだろう。

しかも、実に経験豊かな英雄両将軍だ。少なくとも、同等以上の兵数は最低でも掻き集め向かわせなければならない。

この意味、分かるな?」


「はぁ……つまり、それだけの軍勢を……ああ、そうか…」


 前回のパーラースワートローム及び、アナハイトへの遠征で。キルバレス本国軍はもとより、多くの属国や属州国からも兵員を集め、20万という大軍勢を編成し遠征させていた。


 その際のキルバレス本国軍の数は、実に半数近い、8万を超えた規模である。


 再びこれで、討伐軍を送るとなると、キルバレス本国からの軍勢は極力減らし、他の属国や属州国からの軍勢で、編成し送るのが共和制キルバレスとしては理想であり、国益に適った選択支だろう。


 そうでなければ、キルバレス本国内が軍事的空洞化を起こしてしまうからだ。


 それにより力の関係の崩れ、政情不安を呼び覚まし兼ねない。だから、ここはかなり強引にでも属国や属州国から兵を送るよう強く要請することになると思われる。


 その際の各州の反発は、今からある程度は予測出来る話だった。



「まあ、それでも強引に、だ。兵員の要請は間違いなく行われる。

兵員ばかりではないぞ。物資もそうだ。それも、大量のな」


「そう、ですね……。ならば尚更、この件はなんとしてでも止めないと……。

各地で暴動などが起きると、大変だ」


 それを聞いて、ベンゼル衛兵長官はため息をつき言った。


「……暴動くらいで済むのなら。まだ、ましだろう……」

「あの、それはどういう……?」


「……ふむ。お前も本当のところは、既に気づいているのだろうがなぁ~……。

貴族員の中には、1万にも近い兵員を抱えるお方もられる。そうした貴族員同士が連携を取り、この国内の不安定を利用して反旗することも有り得る、ということだ」


「待ってくださいよ、長官! オルブライト様は決してそんなお方ではありません!!」


「……私も、そう願いたいがね。

しかしな、アヴァイン。人というものは、だ。その機会が目の前に転がっていると、案外、その人柄も変わってしまうものなんだよ。

分かるか? 

いや……分かってくれ。念の為に、もう一つだけ言っておくぞ。よく、聞いておいてくれよ!

お前は、オルブライト・メルキメデス貴族員の警護衛兵である前に。このキルバレスを守るべき衛兵であるのだ、ということをな。しっかりと肝に銘じて置け。頼む!」


「はい……分かりましたよ、長官。その時には、私も覚悟を決めます。

だけど、そんな事は決してない筈ですから!」


 アヴァインはそう言い切ると、不満げに立ち上がった。


「もう、行くのか?」

「え? えぇ……」


「行くのは構わんがなぁ……。カルロス技師長の件……聞かなくても、いいのかぁ?」

「……あ」


 すっかりと忘れていた。そういえばそれを聞くために、長官を尋ねて来たんだっけ?


 そんなアヴァインの様子を見て、ベンゼル衛兵長官は再びため息をつき言う。


「アヴァイン……悪いがな。もう一つだけ、君には言って置きたいことがある」


「はい?」


「お前のそういう所、そろそろ直しておけよ。いいな?」

「はぁ……は、ハハ。どうも、すみません……」


 長官には、本当に叱られてばっかりだ。


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