第2章 アクト=ファリアナの心友(16)
「え? 一緒に、釣りを……ですかぁ?」
「ええ、そうよ。お父様が、あなたと一緒に釣りをやりたいんだってさ。
まぁどうせ、いつもの気まぐれなんだから。適当に付き合ってあげてよ、ホラ!」
ケイリングがこちらへやって来たかと思うと、そんな話だった。
「ホラ、って……そうはいかないよ。船の上とはいえ、一応、仕事中なんだよ、ケイ。
他の者への示しもつかなくなるし。ダメだよ、それは」
「別にそんなの気にしなくてもいいのよ。
お父様が、その時の気分で誰かを釣りに誘うのなんて、この船上では恒例行事みたいなものなんだからさぁ~。それが今回は、アヴァインだった、ってだけのことよ」
「……そう、なのか?」
「うん」
近くに居たファーの方へ伺うかのように目をやると、ファーも『まあ、そんなモンですよ』といった様子だった。
そういうことであれば、まあいいか……。
アヴァインは、オルブライト侯の元へケイリングから半ば強引に手を引っ張られながらだったが、向かうことにする。そんな二人を見て、ファーはつくづく『羨ましい……』と思い、仲良く手を繋ぎ行く二人を見送るのだった。
首都キルバレスを発つ時には、ここでこんな風に釣りをやっているなんて想像すらしていなかった。
右隣には、オルブライト侯が居て。左隣には、ケイリングが居た。要するに自分はその真ん中に居る。今は同じく三人、釣り糸を湖に垂らして、まるで釣れる気配もないままのんびりと構えている。
「……カルロス技師長の件」
「え?」
不意に、オルブライト侯が口を開いて来たのだ。
「実に、気の毒なことであった」
「……」
気の毒と言われても、アヴァインは未だにその詳細は知らされていなかった。
ただ、『グレイン技師と製造器輸送に関することである』との情報は得ている。それらから色々と予想することも出来はしたが、確証に至るほどではなかった。オルブライト侯が今『気の毒』と言ったのが、どの部分に当たるところからなのか、今ひとつ判断出来ず、返答にも困ってしまう有り様だ。
アヴァインがそう思い悩んでいると、オルブライト候が再び口を開いてきた。
「あの方とグレイン技師とは、旧知の仲であったと聞いている。その友人からの頼みでは、なかなかに断れはすまい。
私も、カルロス技師長の立場ならば、同じことをしていたかもしれんな……。その後、現地で何が行われたかなど、流石のカルロス技師長も予想の
オルブライト候のその言葉を聞いて、アヴァインはようやく納得いった。
「ええ……このあとの、評議会の情状酌量に期待したいところです」
「ああ、そうだな……。まぁ私も微力ながら、出来得るだけのことはしてみよう」
「ありがとうございます。私にも手伝えることがあれば、何なりとお申し付けください」
「ああ。その機会があれば、遠慮なくそうさせてもらうよ」
「はい」
オルブライト侯とそうしたやり取りをしていると。左隣のケイリングが、ツンツンと突いて来た。
「ちょっと、ちょっと! アヴァイン。さっきも言った通り、これは恒例行事みたいなものなのよ。この意味、ちゃんと分かってなかったのッ?
バッカねぇー!!
カルロス技師長のことなんて、この際、〝どうでもいい〟からさ。この場はちゃちゃっと自分のことを、もっとアピールなさいよっ! いい? わかったぁー!?」
「……ハ、ハハ…」
ケイリングは小声のつもりみたいだけど。元々、ケイリングって言葉使いがハッキリとした
アヴァインはそこで苦笑い。ケイリングを見て、ニコリと笑み言った。
「なにを言ってるんだよ、ケイ。自分はここで、こうやってケイの警護をしていられる、ただそれだけで満足なんだよ♪」
「………え?」
これは別に、深い意味なんてなかった。形式的な言葉として軽く言ってみただけのことだ。
だけど、ケイリングの方はそれを聞いて、頬を真っ赤に染めていた。そんな娘の様子をオルブライト候は横目に見て、普段からの娘の素行ってものを見知っていたものだから、つい思わず、プッと吹き出し笑い始める。
「え?! なにっ?? 今の、まさかの冗談だったのッ!?」
「いやいや。冗談なんかじゃないよ、ケイ」
「じゃあーなんで今、お父様がそこで笑ったのよぉー!? おかしいじゃないのっ!」
「いや、待て待て。私は、なにも笑ってなんかいないぞ、ケイ……。
──ぷふぅーっ!♪」
「そんな言ってるそばから、笑ってるしぃ──ッ!!」
「ハッハッハッハ♪」
「まあまあ、ケイ。今のは本当に、冗談とかじゃないからさ♪」
本当に、ここでの生活は決して悪くはない。オルブライト侯も思っていたよりは、冗談の通じる優しい人物である様だし。包容力もあるお方の様だ。
「まあ……それなら別に、いいんですけど……」
それに、ケイリングとこうして居ると。なぜか楽しいしな♪
「うん♪ だから、機嫌を良くしてよ、ケイ。いつもの君らしくさ♪」
「ん、ぅん……分かった。アヴァインがそう言うのなら、そうするぅー」
「──ぷふわあああーーっ!♪」
「──ぬ、ぬわあああぁああーーッ!☆」
「……ハ、ハハ…」
オルブライト侯が再び、そこで吹き出し笑ったのだ。
自分は、それを困り顔に見つめる。
「だから何でさ! そこでお父様が笑うのよぅ──!!」
「だってお前、それはいくらなんでも、分かり過ぎってモンだろう♪ ハッハッハ!」
「え? 何が一体、分かり過ぎなんですかぁ??」
「ちょっ、アヴァインは関係ないのッ!! 今は向こうへ行ってて! シッシッ!」
「いやいやいや! 関係は、大有りだぞぅ~。実はなぁー♪ アヴァイン殿」
と、アヴァインの肩に手を乗せ、耳打ちしようとする。
「ちょっとぉ──!! お父様ッ!!!」
それからしばらく、そうしたやり取りは続いたが。結局、それがどういう事なのかは分からず終だった。だけどそうしたことが、オルブライト侯やケイリングとの距離をアヴァインの中で更に身近なものに変えてくれた。そして二人も、同じ様な思いをこの日、感じていたのである。
それまで苦手だと感じ、馬も合わないだろうと思っていたケイリングが、この日を境に……。いや、実はもっと前からだったのかもしれないけど。アヴァインの中で、その事を感じ始めるまでにその存在を少しずつだったが大きくしていた。
ただ、そこに居てくれるだけで、安心できる人。
ただ、そこに居てくれるだけで、心温まる人。
アヴァインの中で、ケイリング・メルキメデスはそんな人になりつつあったのだ。
それでもアヴァイン自身は、その事に対して、はっきりとした意識として気づいていなかったが……。
それほどまでに、ケイリングはアヴァインにとって、空気のように溶け合え、信頼し合える『心友』となっていたのかもしれない。
──第2章、アクト=ファリアナの心友──
感想、評価などお待ちしております。今後の作品制作に活かしたいと思います。
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