第2章 アクト=ファリアナの心友(13)

 アクト=ファリアナまでは街道が整備されているとはいえ、10日間は掛かる距離だった。途中、山間部もあるので、街道とはいえ油断は出来ない。アヴァインは先遣隊を出し、様子を伺わせ、常に周囲の情報を細かく確認しながら進んでいた。

 いつもは馬車の中で、ただただつまらなそうに外をぼぅと眺めているだけの娘が、今回はいつもと様子が違っている。馬車の右側に張り付くかの様にして居るアヴァインを、いつ、どこからか、誰かが襲って来やしないかと心配気にキョロキョロと見回し、そわそわと見つめていたのだ。

 これでは、どちらがどちらを警護しているのやら……と、オルブライトはそんな娘を見て、苦笑してしまう程だった。

 初めは、いつもの気紛れだろう……とアヴァインの件については思い、気軽にその我が儘を許してしまっていたオルブライトであったが。その娘の様子を見つめ、今回ばかりはどうもいつものとは少しばかり違っている様だ、とそれまでの考えを改め始めている。

 これでつまらない男なら、機会をみて切り捨てるが。先ほどの出発時の演出染みた様子を見る限り、そしてその後の警護対応を総合的に見ていても、それなりに有望であるように思える。

 出発時のあの重装甲衛騎兵団のオルブライトに対する演出により、それを見た者はオルブライトに対して、以後それなりの敬意を感じ対応して来ることだろう。また、こうも周囲の情報を細かく掴みながら進みながらもその速度が遅れることがまるでない。たまに機動騎兵数名の者と場合により重装甲衛騎兵が数騎離れることがあるが。おそらくは進行方向での問題を事前に解決しているのだと予想できる。経験的にだ。

 最初は不満気だったあのファーでさえも、今ではその表情は緩やかだ。この僅か数日間で信頼を勝ち得た、ということか?

 どうもこのアヴァインという男は、自分の立場・役割というものをよく理解し、わきまえ。その相手をよく立て、従順に盛り立てるような才能さえもあるようだな。

 そういえば彼は、かつてはあのフォスター将軍の副官だった、とも聞く。なるほど、あの指揮振りとそれに従うこのパレスハレス直属の重装甲衛騎兵は、それによるものなのだろう。実績も実力もない者に、彼ら騎士団が、こうも巧く従ってくれるものではない。

 しかし、人の能力というものはそれだけが全てではない。その才能ゆえに、人格に問題があるなどの欠点も付き纏っている可能性だってある。特に、神経質なくらいでないと、こうもいかないだろうからな。そうなると、単なる部下としてなら十分だが。我が娘の……と考えると、その評価もまた違った視点から変えねばならない。そもそも、このケイリングとの相性は……それだと難しいのではないか?


 まあ……これからゆっくりと、その人柄というものを拝ませてもらおうか……。


 オルブライトは、そんな娘の向こう側に見えるアヴァインを方を遠目に伺い見つめ、そう深く考えていた。



「見えました! 見えて来ましたよ!!」


 ファーが突如、そう叫んだ。

 アクト=ファリアナの象徴ともいえる湖を指差し、副隊長のファー・リングスがオルブライトとケイリングに聞こえる様に言ったのだ。遅れて、アヴァインも「へぇー……ここが…」と感想を漏らす。


 アクト=ファリアナは、カンタロスの大水源にも繋がる山々からの水に恵まれた大変豊かな土地である。更に、北部の山々からの水量も豊富で、この土地から湧き出る湧水が各所で見られるほどに水はとても綺麗で、魚やそれを求めてくる獣・鳥なども多く。食べ物には事欠かない自然の恵みに包まれた土地である。

 この地から更に東へ行くと、州都アルデバルがあり。人口200万人が住んでいることから、そこへの食料売買により、財政的にも確かなものだった。それに、そのアルデバルから更に北東にある鉱山の所有権も有しており。メルキメデス家は、おそらくこのキルバレスでも1位2位を争うほどの名家であろう。


 しかし、このメルキメデス家の者らからすれば、元々この地も領土も全て、彼らのものであった。それらの多くを奪っていった共和制キルバレスに対する思いは、心のどこかに根深く未だにある。それでもオルブライトとしては、このまま平穏に暮らしてゆけるのであれば、とそう思い願い。旧臣達をなだめいさめる年月を、この地にて重ねていたのである。


 オルブライトからすれば、そううかうかと気を緩めてばかりも居られない美しき故郷であった。


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