第1章 カンタロスの女神(16)
早朝、食事をこの宿舎の長であるガストン・オルレオールから分けてもらい。1時間ほど休憩したところで、早速、水門を目指し向かうことにした。
アヴァインを含む三名は着慣れた重装甲騎兵の装備を外し、ガストンが貸し出してくれた軽装備と剣一本だけの帯刀が許され、カルロスと共に同行する。
水門までは、ここから歩いて二時間ほどの距離というが、上り坂が続く険しく狭い道。そして右側はやはり断崖絶壁の渓谷で、ここから落ちたら間違いなくひとたまりもないだろう。
歩き始めて一時間程でまた検問を受ける。が、直ぐに通してくれた。どうやら、事前に知らせが届いていた様子だ。
ガストンの話では、昼前には着くだろう、との事であったが。そうは言ってもそれは歩き慣れた者の話であり、この斜面では馬に跨ってという訳にもいかない様だ。万が一にも暴れられて、そのまま右側にある谷底へ……という事も有り得る話だからだ。
その為、馬は宿舎に置いてきた。つまり、徒歩にてカンタロスの水門を目指し進んでいる。
『正直ここから先は、馬での移動はお勧めしません。単に荷物を運ぶ為だけに使う分には便利なものですが。人が乗るのは危険ですし、かえって邪魔になるもので』
「……はぁ」
アヴァインはそこでガストン・オルレオールの言葉を思い出し、今更ながらに納得した様子を見せている。
「やれやれ、お前さんはどうもため息の多い男じゃなぁ~? アヴァイン」
「え? どうもすみません……今後は注意することにします」
「ふむ……」
寧ろこの男のため息の仕方というのは、その場をホッとさせる特異なものであったが。まあ、本人が直すと言うのであればそれもまた良いのかの?
「あ……」
右手前方に、ようやく水門らしきものが見えて来た。それは想像したいたよりも大きく見事なもので、流れ出る水門の水側には綺麗な七色の虹が掛かっていた。
それにしても物凄い水量だ。水しぶきがこの距離に居ても、もうから飛んで来るのが肌に感じる。道理でこの辺りの植物は、よく育っている筈だ。岩肌の薄暗い辺りを触ってみて気づいたが所々、苔まで生えている。
「ふむ……」
カルロスはそこで手紙を取り出し、例の目印を再び確認する。
この目印の場所を見る限り……そろそろこの近くに何かある筈なのだが……?
左手を気にしながらしばらく進むと、立ち入り禁止の札の掛かったゲートがあった。そのゲート向こう側に、大きな縦幅三メートルを軽く超える穴らしきものが見える。
どうやら洞窟の入り口のようだ。
「……ふむ。おそらくは、ここじゃろう。まぁ間違いはあるまい」
札にはこう書かれてあった【科学者会グレインよりの許可なき者の立ち入りを禁止ずる】と。位置的にもこの手紙に記されている目印と丁度一致する。
「アヴァイン……すまぬが、これの入り口を開けてくれ」
「え? しかし、ここは立ち入り禁止と……あ!」
アヴァインも、そこに書かれてある【グレイン】の名に直ぐ気づいた様子だ。カルロスはそれを目聡く確認し、隙なく口を開く。
「実はグレインに、ここへ来る様にと生前頼まれておったのじゃ。なにやらこのワシに見せておきたいものが、ここにあるらしい。
言わば彼グレインの『遺言』というモノだよ。そういう訳でじゃ、すまないが頼む!」
他の者ならば分からないが、この男アヴァインの性格ならば、こう言えば融通を利かせてくれるだろう。
カルロスはそう考え、遺言の部分を特に強調して言ってみたのだ。
「はぁ、そういうことでしたら……はい。分かりましたよ」
アヴァインは仕方な気に入り口の札のついた板を見ると、ため息をつき。剣をスッと抜いて、その剣を板の間に差し込み、堅く立て付けられてある板を手前へと体重を乗せ、グイグイッと引き剥がした。それを数度繰り返し、何枚も引き剥がして、それでどうにか人一人入れるくらいの入り口が開く。
洞窟中を覗き込むと、洞窟内はほぼ何も見えないほどに薄暗く深く続いていた。
「すまんがなぁ、アヴァイン。君たちは、ここに残っておってくれ。ここから先へは、ワシ一人で行きたいのでな」
「そうは参りませんよ! この中には何があるのか分かりませんし!! そもそも危険です!」
「――頼む!! グレインがこのワシに残してくれた遺言、それが何であるのかを確かめ、暫くそこで独り、考えたいのじゃ」
カルロスが必死の形相でそう言うと、アヴァインは眉間にしわを寄せながらも、それで身を引き、それから松明(たいまつ)を黙って不服そうに着け始めた。
「技師長がそうまで言うのであれば、それに従います。但し、何かあれば、直ぐにでも大きな声で叫んでくださいよ!
あと、一時間経っても戻って来ない場合には、我々も中へと入ります。よろしいですね?」
「ああ、分かった。それでよい!」
カルロスは松明を片手にアヴァイン達とそこで別れ、早速、中へと入ることにした。
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