第1章 カンタロスの女神(14)
アヴァインの話によると、グレインはパーラースワートローム側へ寝返り、戦って死んだそうだ。実にあの男らしくもない。あの男には到底似合いもしない形での最後に思えてしまう。その
「グレイン技師を手に掛けたワイゼル・スワート将軍は、ディステランテ・スワート評議員との繋がりがあるお方で。今回のパーラースワートロームへの進軍に対しましても、慎重論を唱えるフォスター将軍を抑え込み、強硬に進められた上、なんでも自ら先鋒役を駆って出たとか。
おそらくは、その地の『利権欲しさ』
「ふむ……ディステランテかい」
あの男のような貪欲な野心家ならば、そのくらいは平然とやりそうなことだわい。
カルロスはそう感じた。
それにしても、グレイン……お前は何故そうまでして、あの国にこだわった……バカ者めが。命を張ってまでなにを守ろうなどと思ったのじゃ!
愚か者めが……。
「すまないがアヴァイン……私をしばらくの間、一人にさせてはくれんかのぅ?」
「はぁ……分かりました。では、これにて──」
アヴァインは少しだけ考える素振りを見せていたが、間もなく素直に出て行く。
その後、カルロスは静寂な時を、しばらくその場で一人過ごし続けた。そうやってただ目を瞑っていると、彼の中で改めてこれまでの様々な出来事が少しずつ整理されてゆき、ある一つの問いや答えを導き出しふと思い出される。
そういえばグレインは手紙の中で、次々にカルロスへパーラースワートロームの良さを伝えようとしていた気がする。それがなにを考えてのことだったのかは分からないし、あれは単なる手紙だった。
あぁ、実に彼らしい内容の物ばかりだったと思う。
いや、そういえば……。
カルロスはふと何かしら直感めいたものを感じ気づき、その気づきの答えを得ようと思い行動に出た。それは机の引き出しの中へ五ヶ月前にしまっていた、グレイン技師からの最後の手紙だ。
カルロスはそれをおもむろに取り出し、ゆっくりと広げ深い吐息と共に改めて読み返すことにする。
グレインが何故そうまでして命を落としたのか? 何故そうせねばならなかったのか? その答えが、もしかするとこの手紙の中に書かれてあるのではないか……そうした思いからだった。
〝最高評議会に掛け合い、パーラースワートロームへの侵攻をやめさせてくれ。
こんな事は、君にくらいしか頼めないし。君でなければ、今のキルバレスの勢いを止められる者など恐らくは居ないだろう。
だから頼む! お願いだ!〟
ああ、そうだ。
カルロスはこの部分を読みその時は思わず眉をひそめ、その行動を起こすのをつい躊躇してしまった。それでそのあとの手紙の内容などには余り目が行き届かなかった。
今になってそのことを思い出し、深いため息と共に後悔の思いが増す。今さらかも知れないが、改めてその内容をゆっくりと読み直してみることにする。
〝もしかするとこの手紙が君の元へ届く頃には、既に手遅れなのかもしれないが。もしそれでもダメな場合は、キルバレスの北部上流域にある《カンタロスの貯水池》へ行ってみてくれ。〟
「カンタロスの……貯水地?」
カルロスは引き続き、手紙を覗き込むようにして読む。
〝本来ならばこの私がやるべきことなのだが、いま私がこの地を離れる訳にはいかないんだ。
すまない! 本当に申し訳ないと思っている。だがその時には頼む! カンタロスの貯水池だ。その地でそれを見て、どうするかの判断は全て君に託たくすよ。
君ならばこの私などよりも、きっと冷静にそこで良い決断が出来る筈だと私は信じている。
それからな、カルロス。これだけは最後に言わせてくれないか?
君との友情は、『永遠に忘れない』約束するよ。永遠に、だ。
ハハ! なんとも私らしくもないコトを我ながら書いている気がしてならないがね?
ではな、カルロス! 元気で居ろよ。
また手紙を送れたら、きっと出す。ではまたな!〟
「……グレイン。今さらなのかもしれんがのぅ……ワシもじゃ、君はこのワシにとって、最高の……そして、これから先も変わることなき、永遠の友じゃよ…」
カルロスは涙目に感慨深くそう零し、手紙を机の上へそっと置く。
それにしてもカンタロスの……貯水地? そこに一体、何があるというのか……。まだ一度も行ったことのない地だけに、何ひとつ思い浮かばず想像すら出来ないが、カルロスはとにかくそのカンタロスの貯水池へ行ってみようと、この時に決意した。
◇ ◇ ◇
「はぁ……カンタロスの貯水池へ……ですかぁ?」
アヴァインにその事を頼むと、なんとも困った顔を見せこめかみを掻いておる。
まぁ仕方はあるまい、容易なことではないからの。
カンタロスの貯水池は、ここから上流域の北へ百キロも離れた所にある。この首都キルバレスにとって、命ともいえる大水源だ。故に、誰でもが気軽に立ち入れるところではない。しかし、カルロスほどの身分であれば本来なら、そう問題もなく入ることは可能である……が、しかし。今のカルロスは
「まあ……分かりました。なんとか手配はしてみますよ。でも、余り期待はしないで下さいね?」
「……」
なんとも意外な反応だわい。ワシはてっきり一度くらい断られるかと思っておったのだがなぁ?
カルロスは意外なアヴァインの言葉に、拍子抜けしてしまう。
「ああ、わかっておる。期待などせんで気長に待っておるわい」
やはりこの男……単なる、世間知らずかのぅ?
しかし、それから僅か三日後。その許可は意外にも早く降りた。
「ルナ様やベンゼル衛兵長官、それからそこにたまたま居合わせましたマルカオイヌ・ロマーニ評議会議員の協力を得まして、なんとかして来ましたよ」
「……ほぅ、そりゃ助かったわい。アヴァイン、ご苦労であった」
「いえ、仕事ですから♪」
アヴァインはそう言い、爽快な満面の笑みを見せている。対しカルロスの方は相当に驚かされた。
この男……意外にも大した奴なのかもしれんなぁ~?
カルロスはアヴァインを改めて見つめ直し、そう感じた。
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