第1章 カンタロスの女神(13)

 それから五ヶ月後のこと。


 共和制キルバレス本軍がアナハイト軍と衝突した、の報が首都キルバレスに届けられた。


 第一軍・第二軍の侵攻に合わせ、アナハイトの市街地に点在する敵陣の野営各地に火を放ち敵軍が動揺し浮き足だった所へ、一気に我が軍は進撃したとの知らせである。


 実はこの時、アナハイト内部で同時多発的に反乱まで起こっていた。フォスター将軍とカスタトール将軍の連携による謀略が成功しての結果だ。


 『自軍有利』の知らせに、首都キルバレス市民は心踊り活気付く。これならば自軍にそれ程の損害も出さずに勝利するだろう、と。



 そんな折、カルロスの元へ再びグレイン技師からの手紙が届いた。


〝やあ、カルロス。元気にしてるかい? 私は今のところ、元気だ〟

「……」


 なにやら気になる言い回し方だが、『元気』との事なので、先ずはひと安心しよう。


「……それは良かった」


〝そうそう、君から本当に手紙が来るなんて驚きだ。悪いとは思ったんだが、ついつい君からの手紙で私は心踊り嬉しくなってな。思わずみんなに、読み聞かせてやった〟

「お……おいおぃ……」


 カルロスはそこで、『やはり書いて送るんじゃなかった』と左手で顔半分を抑え後悔をする。

 それから吐息を一つついて、改めて続きを読むことにした。


〝今回は一つ、嬉しい報告がある。

君には前回の手紙の中で伝えたと思うが、ディベルハウスト・アルバルトロスとこの地パーラースワートロームの民であるバーバラ・カランが結婚をし、オマケになんと子供まで生まれた〟

「ほぅ……」


〝人々は皆、その事を喜び心の底から祝ってくれているのがよく分かる。本当に平和を愛する良き民だよ、ここは〟

「……ふむ」


〝しかしカルロス、キルバレス軍はアナハイト攻略後、次にそのままこの地パーラースワートロームを攻め込むつもりなのだと聞いた。君はそのことを、知っていたのだろうか?〟

「──!!」


〝そんなのは馬鹿げている! 愚かだよ。この国の民とは話し合えば、それで済む。本当に話し合いの通じる良き民、良き国なんだ! 

そのことを是非、君から皆に伝えてはくれないだろうか?

今回も君に、一つ頼みたいことがあるんだ。お願いだ、聞いてくれカルロス!〟

「……」


〝最高評議会に掛け合い、パーラースワートロームへの侵攻をやめさせてくれ。

こんな事は、君にくらいしか頼めないし。君でなければ、今のキルバレスの勢いを止められる者など恐らくは居ないだろう。

だから頼む! お願いだ! 

もしかするとこの手紙が君の元へ届く頃には、既に手遅れなのかもしれないが、もしそれでもダメな場合はキルバレスの北部上流域にあるカンタロスの貯水池へ行ってみてくれ。

本来ならばこの私がやるべきことなのだが、いま私がこの地を離れる訳にはいかないんだ。

すまない! 本当に申し訳ないと思っている。だがその時には頼む! カンタロスの貯水池だ。その地でそれを見て、どうするかの判断は、君に全て託(たく)すよ。

君ならばこの私などよりも、きっと冷静にそこで良い決断が出来る筈だと私は信じている。

それからなカルロス、これだけは最後に言わせてくれないか?


君との友情は、『永遠に忘れない』約束するよ。永遠に、だ。


ハハ! なんとも私らしくもないコトを我ながら書いている気がしてならないがね?

ではな、カルロス! 元気で居ろよ。

また手紙を送れたら、きっと出す。ではまたな!〟


 ……いつになく、グレインらしくもない手紙の内容だった気がしてならない。それだけ現地は逼迫ひっぱくしている、ということなのだろうか?

 

「……評議会に、かね」


 確かに、今のキルバレスの勢いを止めるのは相当に難しい。おそらくカルロス一人が掛け合った所で、相手にもされないだろう。それどころか、今でこそまだ許されているここでの研究特権さえも奪われてしまう恐れすらあった。


 少々、リスクが大き過ぎる……。


 それに、キルバレスとしてはその国が持つ不思議な力はやはり無視出来ない。武力ではないにしろ、何かしらの手は打つべきである。

 それに今は、グレインの身の方が心配だ。


 カルロスはそう思い、苦手な手紙を急ぎ書いた。

「直ぐに、その地から離れよ!」と。


 そして同時に、遠征中のフォスター将軍宛へ、

『彼の地の魔道の秘密は《水》にこそある。その事をグレイン・バルチス殿が解明した。彼を、必ずや保護せよ! その魔道の源である水さえ手に入るならば、武力による手出しは無用である。極力、話し合いによる解決を試みよ』

と書き記し、科学者会代表としての刻印をその責任に於いて押し、その手紙を早急に送らせた。




 それから更に五ヵ月後のこと、カルロスの元へ一つの知らせが届いた。


 コンコンと扉をノックする音が鳴り、ほどなくアヴァインが中へと入って来る。

 いつもの彼にしては随分と様子が暗い。どうやら余り良い知らせではない様じゃな? 彼は本当に分かり易い男だよ。


「カルロス技師長……今日は残念なお知らせがあります」

「……うむ。いいから早く申しなさい」


「グレイン技師が……お亡くなりになりました」

「──!!」


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