篠宮乙木編③ エントランス

「……それって、どういうこと?」

「いやだって、乙木おとぎってどう考えても女の子の名前じゃん。君、男の子でしょ?」


 彼はそう言った。私が男の子? 確かに私はハスキーな低い声だし、服装も体のラインが分かりにくい病衣だ。暗くて私のかわいい顔が見えにくいこの状況では、そう考えてもおかしくはない。


 というか、私の性別は何なんだろうか? 今まで何となく『私』という一人称を使っていたが、別にそれが私が女性であることを示すわけでない。

 下半身の確認もしていないので私自身、自分の性別が分からない。もしかしたら本当に男なのかもしれない。


「……はは、ごめんごめん。そう、乙木おとぎって名前は冗談なんだ。本当の名前は篠宮乙木しのみやきのとき。よろしくね」

「きのとき? 乙って、きのととも呼べるんだ……」


 助かった、不審がられないで済んだ。

 おつきのとと呼べることを知ってるなんて、無駄な知識があったもんだ。そんな知識より私の素性を残して欲しかったな、記憶喪失。


「よし。じゃあキノ、一緒に肝試し行くか!」

「キノ……?」

「あだ名だよ。乙木きのときって、某寓話的異世界旅人物語の主人公に何となく似てるしさ」


 からかうように彼は言う。よく分からないが、小説か何かのキャラクターに私と似た人物がいるらしい。

 私だけあだ名を付けられるのは、何だか不公平というかむず痒いので、私は彼の名前をもじって『りーちゃん』と呼ぶことにした。冗談交じりのあだ名だったのだが、意外にも彼は気に入ってくれた。


「……よし、じゃありーちゃん。肝試し、付き合うよ」

「おう、行くか」


 りーちゃんと連れ添って、この幽月邸の玄関扉まで向かう。並んで歩くと、1人じゃないという実感が私の気持ちを温かくした。

 どうやら私が思っていた以上に、私は記憶が何もない状況で1人でいることに不安を感じていたらしい。我ながら恥ずかしい話だ。


 りーちゃんが館の扉に手をかける。私の心臓の鼓動が少しだけ早くなる。でもこれは、肝試しが怖いんじゃなくて、隣に誰かが居てくれるから。


 私たちの肝試しが、始まる。

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