篠宮乙木編② 小池

「……あなたこそだれなんだ?」


 背後から現れた謎の人物に対し、私は口調としては存外大きな言葉で、聞き返した。

 質問を質問で返すのは言わずと知れた礼儀知らずだが、あいにく答えたくても答えられないのだ。

 謎の人物は虚をつかれたのか一瞬言いよどみ、こほんと咳払いを一つして、

 

「私は……まあ、そこらにいる誰かさんだよ。それより、君はこの家の人間かい?」


 どうやら私と同じく、おいそれと正体を明かすわけにはいかないらしい。さて、私がこの家の人間かどうか、か。

 一般的に考えれば、私はこの洋館の住人なんだろう。真夜中に自分の家でもない洋館で病衣姿でいるなんて状況は人生の中でもそうそうない。なのだが……。


 正直に答えていいのだろうか? 謎の人物が私がこの家の住み人かどうか知らないということは、謎の人物はこの洋館の住人じゃないということだ。

 つまりは、不法侵入者。何の目的でここの敷地に立ち入ったか、わかったものじゃない。

 私はあまり詳しくないのだが、不法侵入者に対して馬鹿正直に『あなたが踏み入った家の住人です』と言うのは、危険なことなのではないだろうか。


「……いや、違う。この家とは無関係の者だ」

「そうか……!」


 悩んだ末、私が嘘(本当の可能性有り)を吐くと、謎の人物は安堵の吐息を漏らした。どうやらこの強盗、臆病と見える。謎の人物は私の肩に加えていた力を緩め、私はやっとこさ臆病な強盗さんの顔を拝めるようになった。

 といっても、時間が時間、場所が場所なので、どんな顔をしてるか、いまいちよくわからない。わかるのは身長百七十センチ弱の男性だということだけだ。彼は朗らかな笑みを浮かべ、


「じゃあ君も、肝試しにここにきたの?」

「肝試し?」


 彼の理解不能な発言に思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。肝試し? 何のことだろう?


 彼によれば。

 この洋館は周辺住民から『幽月邸』と呼ばれて恐れらる場所なのだとか。彼は遊びのグループの面々に、罰ゲームとして一人で肝試しをさせられているらしい。よかった、とりあえずそこまで危険な人物ではないようだ。


「それで? 君はどうしてここに?」

「あー……いやいや、忘れてた。そうそう、肝試しでここに来たんだった」


 とっさに名演技を披露する。いかんいかん、ホラースポットの住人かもしれないなんて言える訳がない。急場の処置として、ここは彼にあわせて言動を心がけよう。


「じゃあ一緒に行かないか? こわ……くはないけど、ほら、肝試しって人数が多い方がたのしいじゃん」


 そう言って彼は先ほどお互いにし損ねた自己紹介を行った。最低限の礼儀作法は知っているらしい。悪い人じゃあなさそうなので、この肝試しが終わったら病院にでも連れて行ってもらおう。

 信頼関係を築くために、私もお返しに自己紹介する。名乗りながらついさっき拾ったネームカードを差し出す。

 おかしなことに、彼は私の顔とネームカードを行ったり来たりで見返して、不思議そうに眉をひそめている。

 篠宮乙木という名前は、確かにあまりメジャーではないかもしれないが、そこまで注目すべき名前なのだろうか? 同姓同名の有名人がでもいるのだろうか?


 ややあって、彼が得心したようにうなずいた。そしてなんてことないようにこう言った。


「君、本当に篠宮乙木しのみやおとぎなの?」

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