第20話 -最後の晩餐- ~ザ・デスサイズ・トゥ・クロオル・トゥワーズ~

「さあ、お食事の用意はできたわ。皆で召し上がりましょう。そう、最期の晩餐(ばんさん)をね」



 千冬(ちふゆ)は再び可笑(おか)しそうに笑うと、ゆっくりと、空中に消えて行った。



「――<ライラ>。あなたを待っているわ」



――そう言い残して。




「くそ……っ」


 あたしは、歯を食いしばって舌打ちした。


 千冬と名乗る、謎の女。そいつには、いつも邪魔されてばっかりだった。


――今回に限らず、こいつさえいなければ、「すべてがうまくいっていた」のに――



 そこまで考えて、ふと違和感を感じた。


 「すべて」が……?


 あたしは、何を、どこまで知っている……?

――いや、違う。何を、“忘れている”んだ……?



「――七織(ななおり)」


 有姫(ゆうき)が言った。


「進藤を探しに行くぞ。お前らも、覚悟(かくご)はいいな?」


 全員を見渡し、言い放つ。


「なんで、お前が仕切(しき)ってんだ」と、雷門(らいもん)が、さっきの共闘の流れは、どこへやらといった具合に、不満そうに顔をしかめた。



 一方の双子坂(ふたござか)はといえば、


「異論(いろん)はないよ。君に、エスコートしてもらえると助かるな、お姫様」


 ……と、相変わらず人を食ったような、アルカイック・スマイルを浮かべた。



「姫はやめろっつてんだろ。まあ、居場所はこれでわかったな。双子坂、お前にも、心当たりがあるんだろう」



「ああ。千夜が生まれた場所なら、あの病院に違いない。死ぬ場所、と言う台詞(せりふ)がいささか気になるけどね」


 有姫と双子坂の、謎の会話に、あたしは、思わず声をもらした。



「――生まれた場所……?」



「……第一(だいいち)府頭(ふとう)病院。ナズナが入院していた、あの場所だ」


 首をかしげると、双子坂が、やや硬くなった表情を、むりやりごまかしたような、薄い笑顔を浮かべた。



「第一……? でもあそこは、確か……」



 なおも疑問符(ぎもんふ)を浮かべるあたしに、双子坂は、丁寧(ていねい)に説明を加えた。



「ああ。国ゆかりの人物しか収容(しゅうよう)されない、国営(こくえい)の病院だ。そう説明された通り、あそこには、まず一般人は運ばれない。君の実母(じつぼ)、明海宝子がそこに運ばれたのは、間違いなく、何かやんごとなき、意図(いと)があると思っていいだろうね」



「公的な資料では、彼女の家柄(いえがら)は、ごく平凡なものだ。だが、これまでの情報から推測(すいそく)するに、恐らく、なんらかの重要な事実が、揉(も)み消されている。……そう考えるのが、妥当(だとう)だろうね」



 鮫島(さめじま)くんは、どう思う、と双子坂は有姫に、軽い調子でふった。



「ああ。お前の予想は正しい。今はまだ明かせないが、千夜は、本来なら、この国にとって少なからず、特別な意味を持つ存在だ。正確には、その子孫(しそん)と言っていい。政治的な権限(けんげん)は、もはやないが、少なくとも、“普通”の定義からは、大きく外れているな」



「そんな……何かの間違いだろ……」



 あたしは、少なくないショックで、言葉を詰(つ)まらせた。


 あたしに、チカ達、呪われた子どもたちに取りついた化け物、鵺(ぬえ)を、わずかに浄化(じょうか)する異能(いのう)があることすら、まだ全然、受け止めきれていないのに。



 立て続けに、信じられない事実ばかりが襲ってくる。



 ……チカのこともそうだ。


 ――キャパシティーオーバーにも、ほどがあった。



 チカは、しばらく黙りこんでいたが、やがてぽつり、とつぶやいた。


「……千夜のことはもういいだろ。それより、その病院に行くのが先だ」


「――いや、それはまだ早い」


 と有姫が、堂々と言い切った。



「あの魔女の性格上、せっかく釣(つ)ったエサを、誰にもみせずに、始末(しまつ)するのは、主義に反するだろう。やつは、この状況を、確実に楽しんでいる。享楽<ゲーム>を進めるうえで、あたし達がたどりつくまで、けっして人質に手は付けないだろう」



「それより、情報を整理し、少しでも作戦を立てておいた方が賢明だ。さいわい、あたしには、あっという間に、目的地に辿りつく手段(しゅだん)がある。――今のうちに、少し、話し合っておく必要があるだろう」



 まず、と姫は指を立て、話をはじめた。



「チカ。双子坂。雷門。お前らは、あたし達に協力する気があると、みていいな?」


「――ああ。気に食わないが、進藤は腐ってもあいつの親父だ。あいつが死んだら、千夜が悲しむ。オレ達は、お前達を行動を共にし、あいつを助ける必要がある」



 チカが、すこぶる嫌そうに顔をしかめながら言った。



「そうか。まあ、それに異論(いろん)はないな。だが、はじめに言っておこう。あたし達は、お前らと、馴れあう気はない。――特にチカ。お前は、明らかに危険分子(きけんぶんし)だ。この際、きっちり監視(かんし)させてもらう」



「……なんでだよ」とチカは憤慨(ふんがい)したように言った。



「――わからないフリはよせよ。言っておくが、あたしはお前の本性を知っている。あたし達――正確にはあたしと乙女は、千夜を護(まも)りきる気でいるが、お前は違う。お前はいずれ、千夜の心臓を喰らうだろう。その時は、全力で阻止(そし)させてもらう」



「――言っておくが、その場合、あたしはお前を全力で殺す。もとより、手加減(てかげん)できるような、相手ではないからな」



「――食う、って……」


 そんな、人をバケモノみたいに、とあたしは思ったが、チカの表情は硬(かた)く、ふたりとも冗談を言っているようには、みえなかった。



「……いいぜ。その時は、遠慮なく殺せよ。ただし、オレも、千夜を喰らう気はない。……最期まで、千夜を護る。――オレは、最初からそういう覚悟で、ここにいる」



「……どうだかな。そう言っていられるのも、今のうちだ。――もう一度言う。あたし達は本来、敵同士、仇(かたき)同士だ。そこをはき違えてベタベタしやがったら、わかってるよな?」



 有姫とチカの間に、緊張(きんちょう)が走る。


 一触即発(いっしょくそくはつ)。

 なんだかよくわからないが、こいつらは、互(たが)いに仲良くする気がないようだ。


 唾(つば)を飲み込んだ、あたしの意識は、いきなりそがれた。



「――なあ。それよりあたし、オシッコいきてえんだけど」


「我慢(がまん)しろ。てめえは幼児(ようじ)か」


 子どもじみたワガママを言う乙女を、有姫がたしなめるように叱(しか)った。



「だって、長くなりそうじゃん? もらしたらどうすんだよ!!」


「さっさと行って来い、バカザル」



「――バカでもサルでもねえし!!」



 ぷんすか! と乙女は、頬をぱんぱんに膨(ふく)らませながら、トイレを借りに、コンビニまで向かった。


「――オレも!」


「君は、おとなしくしているんだ」



 チカが、何事もなかったように乙女の後を着いていこうとし、双子坂が呆(あき)れた顔でたしなめた。


 いつもの空気。

 図(はか)らずも、乙女の能天気(のうてんき)に救われ、あたしは、ほっと、ひと息をついた。


 チカの、こちらの様子をうかがうような視線を感じて、あたしは笑ってみせた。



――大丈夫だ。お前があたしを喰うなんて、思ってねえから。


 目線(めせん)だけで、そう伝えると、チカは、ほっとしたように、相好(そうごう)を崩(くず)した。



「…………」



 雷門が、何か言いたそうにこちらをみている。

 チカが、ててっ。と近くまで歩み寄り、なにか耳打ちした。


 雷門は、目を見開いた。

 チカの表情はみえない。だが、恐らく、なにか重要なことを言ったのだろう。


 雷門は、しばらく、呆(ほう)けたようにチカをみつめ、そして、同じく小声で何か言った。

 チカが、こくりとうなずく。


 雷門は溜め息をつくと、チカの頭を、くしゃりとなでた。

 チカはしばらく、くすぐったそうにしていたが、やがて背伸びして、雷門をぎゅっと抱きしめた。


 雷門が、再び固まる。チカは何か囁(ささや)いて、雷門からあっさりと離れた。

 そしてチカは、またあたしの元に戻ってきた。



「待たせたな」


 乙女がすっきりした顔で、こちらに舞い戻ってきて、「おせえ」と有姫に頭をはたかれた。



「今から、作戦を立てるぞ。一同(いちどう)、この中に入れ」


 有姫がしめしたのは、ミステリーサークルのような、そこらへんの荒縄(あらなわ)で作ったとおぼしき、輪のなかだった。


 ちょうどあたし達が、全員入れるぐらいの、小さな陣(じん)。



「なんだこれ」とチカが勝手に入った。


「いいから、全員、この中に入れ。ここなら、盗み聞きされる心配もない」


「なんじゃそりゃ」


 とチカは、さっきのやり取りは嘘のように、相変わらずの能天気(のうてんき)っぷりを発揮(はっき)している。



 いよいよ、作戦会議がはじまった。


 あたし達は、とうとう運命に挑む。



――まさか、あたしが今日この日、“死ぬ”なんて思いもせず――。



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 the deathscythe ~ザ・デスサイズ~

「死神の大鎌」


 crawl ~クロオル~

「這う」


 to crawl towards ~トゥ・クロオル・トゥワーズ~

「這い寄る」


 the deathscythe to crawl towards


 ~ザ・デスサイズ・トゥ・クロオル・トゥワーズ~


「這い寄る死神の大鎌」

「死は、這い寄る大鎌だ」


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