第17話 ‐生贄の羊‐ ~ワイプアウト・パセティック・ホールド~【前編】

(ひとつお話が抜けていました。第16話はしばらく最新話として一番下に置いておきます)


「――やあ。遅かったね、千夜。そして姫」


そこは、みこと邸宅ていたくだという、豪奢ごうしゃ屋敷やしきだった。


玄関先げんかんさきで、その少年は、りんと立っていた。

余裕よゆうすら感じさせる、異様いようなふてぶてしさで。




「……チカ」


あたしは、言葉を失った。


少年のかたわらにたたずむチカは、青ざめたまま、うつむいて、震えていた。


あの明るくて、いつも自信満々なチカが、だ。

命は、チカのあごをつかみ、上を向かせた。


「チカ。悪い子だね。しゃんとしなよ。ほら、愛しい彼女がこっちをみてるよ?」


チカは、あたしの目を、おびえたようにれる瞳でみつめると、すぐに目をそらし、再びうつむいた。



「あーあ。嫌われちゃったかな。かわいそうだねえ、千夜。チカは、君のことなんてみたくない、って言ってるよ」


チカは、まだ震えている。

その痛々しい姿は、まるで、立っているのがやっとといった風で、いつ倒れてもおかしくなかった。


「――チカ、お前……」


そいつに何かされたのか、という問いは飲み込んだ。


――言えるわけない。事実はあまりに明白めいはきだった。


雷門らいもんが、そんなみことを、煮えたぎるような憎悪の瞳でみつめている。


普段、冷静な双子坂ですら、いまや恐ろしいほど殺気をはなっていた。


「こわいこわい。みんな、どうしちゃったの? あと、言っておくけど、不法侵入ふほうしんにゅうだからね。そんなにケーサツに捕まりたい?」


命は、可愛らしく首をかしげ、淫靡いんびに微笑った。


「……ふざけるな、チカを返せ」


はじめに言葉を振り絞ったのは、激情を全身に宿した雷門だった。


「――さあて、どうしようかな」


命は、くすくすとおかしそうに笑う。その手で、チカの頬をなぜる。


「…………ッ」


チカが、うめくような吐息といきをもらす。

その無様ぶざまな姿に、とうとう双子坂がキレた。


天津命あまつのみこと朔夜さくやくん、と言ったかな? それ以上、その子に、汚い手で触れるなら、こちらにも考えがある」


双子坂の凍れる瞳は、いまや、激情に揺れる、絶対零度の刃だった。

その殺意に満ちた視線を受け止めてなお、みことは平然とにやにや笑っていた。


「僕と雷門、女子ではあるが、雷早かみはやくんと鮫島さめじまくんもいる。いくら君でも、多勢たぜい無勢ぶぜいではないかな? おとなしく、チカを引き渡してもらおうか」


「やだね」


眉を吊り上げた双子坂に、みことは面白がるような視線を向けた。


「どうしてもって言うなら、力づくで取り返してごらんよ。――まあ、できるなら、だけどね」


みことは、ぱちん、と指を鳴らした。


その瞬間、ざっ、という足音と共に、あたし達は、男どもにかこまれた。

全員、黒装束くろしょうぞくに、顔を隠している、黒子くろこのような男達。


「――やっちゃいなよ。僕の愛しい下僕げぼくたち」


戦いは混戦こんせんきわめた。


男たちは、みな奇妙きみょうな術を使い、いきなり、けむりのように消えたり、現れたり、ゆがんだ刀を振り回し、おどるようにこちらを追い詰める。


雷門は強風でぎ払い、双子坂はバイタルラウンドで、ひとりひとり戦闘不能にしていくが、なにしろ、数が多すぎる。


多勢に無勢と言ったのは、誰だったか。いまや、体制は完璧に逆転していた。


「……ちっ、キリがねえ!!」


乙女は、殺さないよう手加減てかげんしつつ、ぶん殴ったり、り飛ばしたりしているが、やつらはまるで、痛みを感じないかのように、何度倒しても、ゾンビのように起き上がってくる。


しまいには、一撃で急所をおさえ、気絶きぜつさせるしか手立てがなくなった。


有姫ゆうきも、ノコギリのような刀で、峰打みねうちを繰り返しているが、らちがあかないのだろう、息をきらしている。


雷門ですら、この気味の悪い男たちに引き気味で、全力を出せていない。


消費エネルギーの高い、バイタルラウンドを連発している双子坂は、真っ青な顔で、なんとかかんとかやりくりしている、という感じで、このままでは、いつ倒れてもおかしくない。


黒子たちの肉の壁に守られた命は、こちらをゆるりと観戦しながら、チカを自らのひざの上で寝かせ、卑猥ひわいな手つきででている。


チカは、死んだような目で、されるがままになっていた。


(――チカ……!)


有姫と乙女にかばわれつつ、あたしは逃げ回っていた。


すでに、あたしを含め、全員が傷だらけだ。


さらに悪いことに、黒子たちの操る刀には、毒がしこんであるらしく、だんだんと体の自由が利かなくなっている。


――全滅。最悪の事態を想像し、あたしは青ざめた。


このままじゃ、進藤を助けるどころじゃない。

みんな、チカのように、あいつの奴隷どれいにさせられるだけだ。


なにか、なにか、方法はないのか。

あたしは、あせった頭をフル回転させた。



命の弱点。――あるいは、この男たちの弱点。



ふと、あるものが目についた。

それは、屋敷のあちこちにある、獣の形をしたかざりだ。


鳥。龍。獅子しし。虎。蛇。亀。


それら、数えきれないほどたくさんある、獣たちの石像は、なにやら、いわくありげにたたずんでいた。


あたしは、地面に転がった大きな石をつかむと、そのひとつ――鳥のオブジェに向かって、勢いよく投擲とうてきした。


石はまっすぐ飛び、鈍い音をたて、オブジェを破壊した。

その瞬間、黒子のひとりが、胸を押さえて倒れた。


黒子を相手にしていた、双子坂が目を開く。

倒れた黒子は、しばらくじたばたしていたが、やがて動かなくなった。


「呪い返し。――そうか」


有姫が、意を得たようにつぶやき、あたしにならって、ノコギリのような刀を構え、近くにあった、龍のオブジェを斬った。


二人目の黒子が倒れる。


「なるほどな! よくわかんねえけど、わかったぜ!!」


乙女が、意気揚々いきようようと、獅子のオブジェを拳で粉砕ふんさいする。


「千夜、おんに着るよ」


双子坂が、息をつきながら、<ポルターガイスト>で蛇の石像を持ちあげると、

高所から落下させ、こなごなにした。


「この石像が元凶げんきょうだったのか……!

 どうりで歯ごたえがないと思ったぜ」


雷門が、残りの石像を、ハリケーンで跡形あとかたもなく破壊した。


黒子たちが、次々に胸を押さえ、倒れていく。



「千夜……」


チカが、うつろな声でこちらを呼んだのが、かすかに聞こえた。

あたしはうなずくと、もはや最後のひとりとなった、みことに歩み寄った。



「――勝負あったな」


命は、チカをなぜる手を止め、静かに立ち上がった。



「――千夜、待て!!」


雷門が焦ったように叫ぶが、あたしはもう、聞いていなかった。



「――話をしようぜ、命。チカさえ取り戻せれば、あたし達は、お前に手を加えることはない。チカ、お前も、さっさと立てよ。もう、こいつの言うことを聞かなくていいんだ」


「千夜……」


チカの目に光が灯り、ふらふらと、あたしに歩み寄る。



「チカ」


その背中に、命の声が降る。


「約束を覚えてるよね、チカ。鮫島さめじま有姫ゆうきを、君はどうするんだったっけ?」


チカの足が止まった。


「チカ?」


あたしの声に、チカはうつむいて、なにかつぶやいた。


「……悪い」


チカは、来た道を引き返し、命のとなりに並んだ。


「――チカ!!」


「そうそう。わかってるじゃない。チカはほんとうに偉いね」


そう言って、みせつけるように、チカの腰を抱いた。


「お前……どうして……」


そう言うあたしは、よっぽどひどい顔をしていたんだろう。

チカの顔がくしゃりと歪む。


いまにも泣きそうだったが、その瞳はうるむこともなかった。


「――千夜……ごめん……」


チカは震える声でそれだけ言うと、雷門、と声を発した。


雷門が、茫然ぼうぜんとした顔で、チカの隣に立つ。


<ゴースト・サマナー>


のちに聞く、使役している霊体を、強制的に呼び出す力を使い、雷門を自らのそばに召喚しょうかんしたのだ。



「――殲滅せんめつしろ」

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