第4話 “生命停止<バイタルラウンド>”【後編】

 騒然そうぜんとする客たちをよそに、双子坂は、素早すばやくあたしの手を引き、迷わず入り口から出た。


  当然、雷門とかち合う。

  無言の視線の応酬の後、先にしびれを切らしたのは、雷門だった。


「......よう、ペテン師。未来あるガキをかどわかして、楽しいか?」


「雷門。こんな街中で騒ぎを起こせば、君は施設に逆戻りだ。いくらなんでも、考えがないね。話があるなら、公園で聞こうか」


 言いながら、双子坂は、さりげなく、背後にあたしを隠した。


「ああ。上等だ。今日こそ勝負つけてやる」


  雷門はそう答えた。


 公園までは、幸い、何も起きなかった。


 双子坂はあたしを護るように、警戒しながら歩いたし、雷門は構わず、先をずんずんと歩いた。


 赤羽町4番地の公園に入るなり、ちりっ、と鋭い風が頬を切った。


「......千夜。僕から離れないで」


  双子坂は、雷門の前に立ちふさがった。


「雷門。わかっていると思うけど、この勝負は、まるで無意味だ。しかしやるからには、こちらも本気を出す。一度でも千夜を傷つけるような真似をみせたら、死よりも、ひどい苦痛を味わうことになるけど、いいかな?」


 かちっ、となにかが聞こえた。


 双子坂のほうからだ。


「微動<ポルターガイスト>」


 木々が震える。


 双子坂の周りに、風が……強風が渦を巻いていた。

 そのまま、それは流れるように暴れ周り、雷門を襲った。


「来たか…!」


  風が断ち切られる。細切れになる。雷門が引き裂いている。風という風を。

 

  その頬を、腕を、少しずつ鮮血が伝う。

  紙で切ったような、わずかな傷だ。


  それでも、雷門は確実に傷ついている。押されている。


  双子坂は、更に告げる。


「脈動<バイタルラウンド>」


「……くっ……」


 雷門の顔つきが変わった。

 目がしかめられ、歯を食いしばり、ガタガタと震えだす。


 寒いのか……? ――いや、違う。

 その身体は、明らかになんらかの力によって、内部から、つき動かされている。


  雷門は胸を押さえた。そのまま、膝をつく。


  バイタル。……そうか。生命値<バイタル>の段階<ラウンド>。

  脈拍とか、呼吸、血圧、体温。そんなものを、コントロールしているのか。


  今、雷門は胸をかきむしり、真っ青になっている。


  おそらく血圧は下がり、心拍数が暴れている。

  額に筋が浮いている。身体が震え、荒い息をしている。


  雷門の体はいまや、双子坂に跪(ひざまず)こうとしている。


  その命は、双子坂の手中にある。

……その気になれば今すぐ、握りつぶせるほどに。


「それとも」


  双子坂は、唇に弧を描いた。


「――激動<テンペスト>……まで言うべきかな?」


「……クソッ……」


 雷門が、ごぼり、と血を吐いた。


「――化け物め!」


  雷門は、拳を地面に叩きつけた。


「……君に言われてもね。狂犬<ワイルドパピー>」


  双子坂はため息をついて、雷門に近づいた。


「来るんじゃねえ……っ!!」


「だいたい手加減をして、僕に勝てるとでも?」


「……なんのことだかわかんねえな……っ」


「雷門。君は優しい。おおかたチカの友人である、僕を傷つけまいと、本気を出していないんだろう? でもそれでは、施設には勝てない。僕が、その力を解放してあげよう」


「双子坂……てめえまさか……」


  両手を、だらりと地面につけた雷門が、双子坂をにらみつける。


  あたしは、駆けだした。


  両手を広げ、雷門をはさんで、双子坂の前に立ちふさがる。


「......千夜。なんのつもり?」


「――それ以上そいつに手を出すんじゃねえ。あたしが相手になる」


「足が震えているのに、言うね。でも、なんの能力もない君に勝ち目はないよ。おとなしく下がっているんだ、千夜」


 あたしの脳が、ちり、と焼け付き、火花を散らした。


 はっきり言って、あの公園での一件から、雷門はあたし達の敵だと思っていた。

  けど、それはフェイクだと、すぐに気づいた。雷門は、あたしを脅しにきたんじゃない。


 考えてみれば、答えは明白だった。


 掲示板であたしを釣ったのがもし双子坂なら、当然あの日、あたしと会ったのはその双子坂のはずだった。


 でも、雷門が邪魔をした。

  ……なぜ? それは、双子坂が、あたしになにかすると、踏んだからじゃないか。


 双子坂は、紳士的で優しく、ユーモアもあった。

 もし、それが演技だったら?


  あたしは、愉しそうにわらう双子坂を、ぞっとしながらにらみつけた。


  雷門は、もう瀕死ひんしだ。

  そのくたばりかけを、双子坂は、猫が死んだねずみを転がすような残酷さで、嘲笑ちょうしょうし、もてあそんでいる。


  本当の善人が、こんな、一方的にいたぶるような戦いを、するだろうか。


  雷門に勝ち目は、どうみたってない。

 ならば、雷門はやはり、あたしを護るために、双子坂とあたしの遭遇を回避しようとしたのだ。


  それに、雷門は言っていた。双子坂は、二重人格者<ダブルフェイス>だと。

  その意味が、ようやくわかってきた。


  バカなあたしでも、断言できる。コイツは、ヤバい。


  あたしは、ぞくぞくと背筋に走る、怖気おぞけに震えながらも、薄っぺらい笑みを、その端正なツラに貼り付けた双子坂を見据え、吐き捨てる。


「――無理だ。だいたいお前こそ、なんなんだよ。こんな茶番ちゃばんをみせやがって。お前の狙いはなんだ。雷門の力を解放するとかなんとか、嘘ついてんじゃねえ。最初から、別のことが目的だったんだろ」


 雷門の能力が狙いなら、わざわざ、このタイミングで、あたしの前でやる必要はない。


 そもそも双子坂は、これまで、こんな表情を、一度だってみせなかった。

 それが、ここにきて、いきなり豹変ひょうへんした。


――雷門に恨みがある?


  いや、違うだろう。双子坂は言っていた。

  自分がチカのダチだから、雷門は本気を出していない、と。


 そんな優しいヤツを、公開処刑するような、双子坂のやり方。

 そこには、なにか別の狙いがあるはずだ。


「カマをかけるつもり? いいだろう。君の勇気にめんじて、教えてあげよう。“僕の狙いは、君だ”」


「――え……?」


「~~千夜、逃げろ……!」


「らいも……?」


 その瞬間、あたしの体は脈打った。


「……あれ……?」


 ごぼ。なにかがせりあがってきて、口を押さえた。指のすきまから、ぽたぽた、としずくが落ちる。


(――赤い。なまぐさい。これ、なんだ……?)


「……千夜ァ!!」


 遠くで雷門の叫び声が、こだまする。


 (雷門……あたし……)


 地面に膝をついた感覚を最後に、あたしの意識は、闇に呑まれた――。

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