第X話 “二重人格者”<ドーン・ダークネス・クリミナルブレイン>【後編】
『お前が。お前さえ、生まれなければ……っっ!!』
遠くなる意識のなか、おれは怪物の声を聞いた。
――タスケテアゲル。オレガ、コロシテアゲルヨォ。
目を覚ませば、目の前に、父が寝ていた。
「お父さん……?」
背にふれると、生暖かい、べったりとしたものが、掌にこびりついた。
……父は、死んでいた。
おれは、しばらく、ぼんやりと床に座っていた。
もう、なんの気持ちも浮かんでこなかったし、もう自分が、呼吸をしているのかどうかもわからなかった。
不思議と、涙だけは、壊れたように流れ続けていた。
おれには、もうわかっていた。
おれがやった。おれが、殺した。化け物は、怪物は……おれ自身だったんだ。
――ヨカッタネェ。タノシイネェ。アハハ。アハハハハハハ!! アハハハハハハハハハハアッハハハ!! ――トッテモトッテモ、ユカイダネェ!!
化け物は嗤(わら)う。おれが嗤う。
はは、ハハハ。はは、ハハハ、ははハはハハはははハハハハハ。
狂ったように笑っていると、玄関のドアが開いた。
ハハは......。
「双子坂遠馬(ふたごさか・とおま)くんだね? ようやくみつけたよ」
おれは、ガスマスクをつけ武装した男達と、白衣の男が、ずかずかと、アパートに入ってくるのをみたのを最後に、意識を失った。
目を覚ましたおれは、医務室のような部屋のベットに寝ていた。
食べ物と飲み物を与えられて、おれは空っぽな心でそれを食べた。
おかしいぐらい、ひどく渇いていた。無心でむさぼる自分は、まるで「どうぶつ」のようだと、思った。
白衣の男が、カルテのようなものをみながら言う。
「結論から言うと、君にとりついている悪霊は、祓(はら)うことができないものなんだ」
「悪霊……」
おれはつぶやいた。霊なんてばかばかしいと、今の「僕」ならいえるが、残念ながら、あまりのショックにうつろな「おれ」には、通常の思考能力も、判断能力も残っていなかった。
「だが、手術で、君に巣くう化け物の残虐なふるまいを、ある程度、抑えることはできる」
「…………?」
おれは、ぼんやりと白衣の男をながめた。
男は子ども受けする優しげな顔をしていたが、眼鏡に反射して、その表情はうかがえなかった。
「簡単に言うと、君は人を殺すことができなくなる。そういうリミッターを、脳に埋め込むことで、君はこれ以上の犠牲(ぎせい)を出さずに済むんだ」
「……犠牲を」
「……そう。双子坂くん。君はまだ救われる。施設には、君のような子どもがたくさんいる。仲間ができることで、君の容態(ようだい)はだいぶ改善するだろう」
「……おれは病気なの」
「そうだよ。だが、不治の病ではないのだから、安心するといい。これから言うことを守ってさえくれれば、生活も保障しよう。君はもう、なにも心配することはない」
「…………」
「双子坂くん。君の守るべきこととは……」
僕は思う。この世は、地獄だ。そこには混沌(こんとん)があり、幸福はまやかしにすぎない。
だが、今の僕には、最後の希望が、あった。
チカ。塗りつぶされた宵闇(よいやみ)を切り裂く流星。
牢獄(ろうごく)のようなこの世界で、手を差し伸べたるその救い主は、やがては、捕らわれた子どもたちすら解放するだろう。
――DAWN WORLD.――
夜は明け、僕たちは、「夏」を取り戻す。
そこに、どんな犠牲や、「裏切り」があったとしても――。
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