”○○は言った。” を使わないって難題だった…

 あんまりウルサいから、台詞前後の(○○は言った。)を全部取っ払ってしまおうと思ったんだけど、これを取るのは割と大変だと解った。誰の台詞か解らなくなったり、コイツの台詞だろといったアテが外れて、没入感が損なわれてしまうのだ。三人以上が平気で毎回喋くりセブンしてるからね~。


 で、いちいち動作をくっつけることになるんだよね、会話文のたんびに。


 で、こいつがまたちょっとした動作、例えば(頭を掻いた)だのを使うとまた、そいつがウルサい、と。道筋とあんまり関係ない動作や会話は読んでてウザいのだ。


 だいたい私は小説読むのが嫌いな方だったんで、ちょっとでもウザいと、我がの文章ですら「ウゼェ、」となってしまってな。(苦笑


 そういやこの句読点ってヤツも気になりだすとウゼェよね。


 ミステリー小説ってのは謎解きがあるから、割とみんな目を皿にして重箱つつきをしながら読んでくれるもんだと思うのだけど、だからこそ読みやすい文章ってのは気を配らねばいけないと思ってんのよな。


 自分が他人様のミステリーを読む場合でも、文章の乱れとかは「ここになにかあるぞ、」と思って注意深く扱うとか、あるもんね。自分がそうだから、乱れがあったら要らんヒントを出してるようなモンだと思って気をつけねばと思うわけでさ。


 それはまた、情緒たっぷりの文章に近付くほどそういう乱れは解りやすくなってしまうから、どうしても事務手続きみたいな、あらすじの文章に毛が生えた程度みたいな、シンプルで情報伝達にはいいけど情緒を動かすには素っ気なさすぎみたいなさ、味もへったくれもない文章になりがちだよね。


 推敲してて気になるのは、前回の応募作品に比べて読者の情動を揺さぶる力が弱い文体を使ってしまったな、ということなんだわ。するする読めるけど、ただそんだけって感じで、フックがないというか……。訴えてこないよなぁ、コレ。て感じで。


 原因は分かっていて、文体のせいなんだよね。被害者家族にインタビューすりゃあ、そりゃ、悲壮感が滲み出てくんのが当たり前のはずなのに、弱い……。


 サクサクっと必要最低限しか書き込んでないんだからそりゃ当然なんだけどさ。


 じゃあ文章を増やせばいいかといえば、それは視点の問題で無理。視点主はそこまでたっぷりと感情移入する立場に居ない人だからね。それに事件の全体像を追うのにあんまり細部にかかずりあっていられないって事情もある。


 人間ドラマとミステリーの推理は、バランスを取るのが難しいなぁと感じてます。感情と論理思考は水と油。感情が論理の邪魔をする、という従来通りのリクツをそのまま応用してトリック作れば面白かろうと思ったんだけど、舵取りが最悪ですだ。


 謎が解ければ、その感情に対してもすとんと納得がいく、そういう話を作りたいと思ってやってるんだけど、どうもイベント数を多くしすぎたかしてひとつひとつのシーンに割ける文字数がね。


 で、移動シーンとか風景とかを池波正太郎先生方式に端折りまくって節約して、なんとか全編書き終えたんだけど、通しで読むとどうしてもスルスル~と軽く流れていっちゃう感覚が付いてしまって。感情想起が疎か。


 こういう問題が山積していて、手直しがキリないっす。(笑


 軸足の移動が必要だなぁ、ていう感じ。読後感で何を感じてもらうか、てので、感情が動くというのは棄てて、別のものをね。いや、情動ではあるんだけど、喜怒哀楽ではない別の感情想起にシフト。(あっ、と驚くとかの)

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