時代とニーズと小説とウリ

 前のページの続きなんだけど、小説なんてさ、「文学」か「エンタメ」かのどっちかで、これはベースの心得が違うから混ざりっこないと思うのね。


 文学は「読者が来い」のスタンスで、ニーズは頭から無視でしょ。

 エンタメは「読者に歩み寄る」だから、ニーズは程度差あれど、て。


 もちろん、文学でも偶然時代のニーズにマッチして大ヒットするって場合もあるけど、狙って行くモンじゃないわけで、それはあくまでイレギュラーってヤツでさ。


 じゃあエンタメは?てなったら、これはどんな商売の商品でも同じで、まず消費者のニーズを考えるわけじゃん。それも、最大公約数のトコのニーズを考えるべきで、出来るだけ多くの消費者に受け容れられるトコを狙うわけでしょ。そいつが時代性って呼ばれるわけで。


 でも商売ってそんな単純なもんじゃなくて、最大公約数が例えば「異世界・転生・ハーレム・チート・軽妙な語り」だったとしてだよ、それを押さえとけば売れるってわけじゃないわけよ。


 需要と供給の関係で、最大公約数のニーズに向けて多くの商品が提供されれば、ニーズを満たしたことでニーズそのものが相殺されてしまって、その集合体の中でさらに新たなニーズが発生して競争が始まるっていう厄介な性質あるじゃん? その際の新たなニーズってのは予想もしないモンだったりしてさ。


 それじゃあ、てんで商売としては逆張りしてみたり、ニッチ狙いをしてみたりするわけじゃん。最大公約数以外を狙ってみるとかで。その一環に、作者のオリジナリティそのものをウリにするという戦略もありでさ、これがいわゆる作家買いというニーズだよね、しかも基本、こいつは競合が起きないとされてるわけでさ。


 こういうことを書くと、一部の書き手は反感持つわけよ、売れることばっか気にしやがって、という風に。「ウリ」と言うからそう聞こえるのかもだけど、この場合の「ウリ」は、オリジナリティの話よ? その作者の武器のことね。


 好きな作家さん思い浮かべて、その作家さんの何かが好きで、代替えが効かないからその作家さんの作品じゃないとと思ってるわけでしょ? それのことね。



 前のページで書いた、「女性性の幻想」ってあたり、これは時代性に左右されてきたモンであってさ、時代が変わってしまえば一気に通用しなくなる類いのもんでしょ、という話をしていたつもりだったんよね。(笑


 特にエンタメは最大公約数狙いなだけに、というか、読者のニーズが基本であるがゆえにだ、その基準点が変わってしまえば……という話をしようとしてたの。


 文学が百年単位で生き残ってきたのはそれなりの理由があってさ、あれはニーズ無視で、それは極端な話、「共通幻想の無視」なんだわ。時代性は鑑みつつ、その時代に求められたニーズに宿る幻想の方は完全に無視して、時代のリアルだけ切り取っているから、時代が過ぎた後でも色褪せない、という仕掛けだよね。


 幻想は、時代が変われば夢が覚めるみたいに消えるんだからさ。


 一例として挙げると、ニーズは幻想の女性性を求めてんのに、文学では幻想を破棄してリアルの女性性を書くわけで、人間を書くということね、だからエンタメにならないわけよ、ニーズに合わないから売れもしないし。他のニーズでもそうで、読者が読みたいものを提供するわけじゃない、てのはソレ。


 時代が見ている幻想を映し鏡みたいに映しているけど、同時にその時代が見ている幻想だという点も冷ややかに切り出してみせてるから。幻想を幻想です、と書くのはアリってね。これが横溝とか乱歩が文学に昇格した理由と思うし。その時代を書いたってことで文学とされるようになったけど、その時代を書くって、時代ごとの幻想に染まってるってことじゃないはずだからさ。


 だから、後の時代になっても、当時の時代を見るという視点で、読むに値する面白みになるんだよね、その幻想そのものはもう鼻も引っかけられないようなモノに堕していても。


 現実を書く、てのはそういう強みがある、というべきか。


 で、エンタメの方でも一から十まで徹底して読者のニーズ満たすことだけ考えた作品ばっかじゃなくて、ニーズ踏まえつつ、上記の文学みたいな姿勢も入れ込んでいくっていう作品だって相応にあるよね、て。横溝や乱歩文学がそうだったようにさ。


 だけど、時代を超えることを目指すだけが正義じゃないよ。太く短くでもいい。だから文学になることが正解だとかを言ってるんじゃないの。売り上げが正義だみたいな意見が幅を利かせてるから、カウンターで横っ面張り倒しただけでね。


 一般文芸は特に最大公約数は無視して、っていう作品が大半だと思うんよ。最大公約数、今だと解りやすく「異世界・転生・ハーレム・チート」なんだから、本当に売れることを目指すならムリしてコレ書くでしょ。色んな事情で書かない選択してるよね。書いてみたいけどムリそう…ての含めてね。


 同様に、理想の女性像を書く、時代のニーズに合ったゴリゴリの幻想を描き出すでもいいんだけどさ、それは時代のニーズが変化したら評価まで変わるもんだよ、て。



 作者の、作家性がウリになるならそれが一番ベストかなとも思うんだ、それも一つの道で、そこを目指したいなと思うんだけどさ。


 じゃあ、自分のウリ、読者は私に何を求めてんだろうか、てのは解らんよねぇ。これが解ればな、と思わずにいられないです。はい。

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