草食男子化現象は、本来、喜ぶべきこと

 最近、恋愛に奥手な男性が増えているというニュースがちらほら聞かれるようになったが、これは長いフェミニズム運動の成果として喜ぶべきことだと思う。ようやく男性の深層に、女性は物体ではないという意識が根付いてきた証と思うからだ。


「モテたい」という意識は、女性を物体と認識して、ガワにしか用がないことを示している。なので「モテたいとか思わなくなった」は男性の多くが、女性を物質として捉えた虚飾的な飢餓感から解放されつつあることを示すと見ることが出来る。


 対して、「彼女が要らないというわけではない」という部分はまた別の欲求で、これはガワではない中身への希求、人間同士という根幹を踏まえたパートナーの存在を欲しているとみることが出来そうだ。


 パートナーを欲する(独りでいたくない)という感覚は男女共通の、精神発達が正常値にあるなら誰しもが持つ感情と思われるが、「モテたい」という感覚は共通ではないだろう。両者は混同されがちで、まったく別の根源を持つとは考えられずにきたと思う。「モテたい」の方は男女ともに「誰もが持つ感情ではない」し「独りでいたくない」と同義ではない。


 本来、生物の欲求はパートナーを求めるというものが正解であり、大概の動物は雌雄対等である。そこを考えると人間種だけは二千年だか三千年だかのひどく長い期間、間違っていたわけで、これをようやく正せるようになったと言うことだろう。


 何が原因で男性の深層心理に女性をモノとみる意識が常態化したのかは不明で、これからの研究を待つことになるのだろうが。


「ガツガツした男」が嫌われる傾向になってからも久しいわけで、「モテたい」の正体にも人々は薄々感付き始めたというところかも知れない。(笑



 あとは、女性の中に根強く残る「男性に助けてもらおう」という意識の根絶も急務だよね。この意識も、男性側の女性所有意識とセットになっていて後方支援してる。

「相手を助けよう」の意識はいいんだが、「助けてもらおう」の意識は男女とも依存になって、アカンのだ。それは子供期の特殊な感覚で、大人になったら破棄するのが正常で、そうでないと子育てに支障を来すのだ、本来なら。自己犠牲が子育てなので。

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