第3話 私を…

 連絡先交換を断られてから数日、浩平はその理由が分からずにいた。名刺にかかれている肩書きや名前を見れば飛び付かない女性はいなかったし、互いに遊びでも連絡先くらいは交換している。

「浩平さん、どうしたの?」

 リビングのソファーで、座ったまま動かない浩平を心配した母親が声をかけた。執事が持ってきたダージリンはすでに冷めている。ずいぶん長いこと、物思いに耽っていたらしい。

「いや、何でもないよ」

 そう言うと浩平は、散歩に出てくると伝えて外に出た。母親と二人きりだとどうも落ち着かないのだ。


 彼女は浩平にとって、二人目の母だった。一人目は、父親の嫉妬や独占欲に心を病んでしまい亡くなったと、通いのお手伝いさんに聞いた。今の母は、そういうことを気にしないたちのようで、父に何を言われても笑顔で答えている。前の母にとても良く似ており、聞くところによると親戚筋であるらしい。

(綺麗すぎて、どうしたらいいか分からなくなる)


 気が付くと彼は、皆藤早智の家の前に来ていた。


「まぁ、そうなの?ふふ」

「それで、そこのお母さんがね…」

 中から楽しそうな話し声が聞こえる。どうやら母娘おやこで雑談をしているようだ。

(こんな風に笑うんだな。可愛い人だな)

「あら?どなたかしら」

 母親に気付かれたようだ。仕方なく玄関の方に回り、中に入っていった。母親と共に浩平の方を見た早智は、少し驚いたような表情かおをした。

「あなた、こないだの?」

「すみません。また来てしまいました」

 早智の母親は、二人が知り合いだったことに安心したようだった。もしかしたら、借金でもしているのかもしれない。

 浩平は、チャンスかもしれないと思った。ここで母親と仲良くなれば、早智と仲良くなれるかもと思ったのだ。

「自分はこういうものです。一応、藤村家の跡取りです」

 そう言いながら名刺を渡した。もちろん、仕事で使う用のものだ。それを見ると、案の定母親の表情が変わった。しかし、それは浩平が予想していたものと違う理由からだった。

「こんな立派な方が、どうしてうちなんかに?」

「ここの夕顔が素敵で…見せてもらっていたら偶然お会いしたんです」

 とりあえず浩平は笑顔で答えた。

「そうなんですか」

「もう、来ないでください。うちに来てもなんの特にもなりませんから」

 早智はそう言うと、母親を促して家の中に入っていってしまった。


『ちょっと、感じ悪いじゃない』

『お母さん、あの人連絡先を交換したいって仰ったのよ。あんな立派な人とうちが釣り合うわけないでしょう。私はひっそりと生きていきたいのよ。私を見ないでほしいの』

『そんなこと言わないで』


 中から漏れ聞く声によると、彼女は自身の家の経済状況に引け目を感じているようだ。浩平は諦めきれない思いを抱きつつ、息子のお迎えに向かった。




 美沙子は父親の勧めによって、ある政治家と結婚することになった。その披露宴は盛大に行われ、マスコミや政府関係者が大勢招待された。

(家には逆らえないわ。でも、あのひとのことだけは忘れられない)

 美沙子は結婚後も働いており、浩平のことも聞いていた。また、探偵を使って調べることもしていた。そのため、浩平が早智に心惹かれていることも知っていた。彼女の家庭環境も。

(今度もあんな地味な女。私じゃなくて。どうして、私を見てよ。浩平くん)

 美沙子は浩平への恨みのような思いを募らせていった。

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