チュチュの大冒険

 不死鳥ならぬ不死鼠チュチュ。パンパンに膨らんだ腹の中に命のスペアを幾つも隠し持つ砂ネズミのチュチュ君は、齢五歳にして今日も元気に滑車を回している……と思っていたある日の事。ふとケージを見ると、チュチュの様子が何やらおかしい。

 ベッドの具材として前日の夜にあげたティッシュは放りっぱなし、トイレットペーパーの芯を噛み噛みして遊んだ形跡もない。カボチャの種は食べているし、喉を撫でてやれば気持ち良さげに首を伸ばしている。しかし何と無く元気がなく、そしてやや息が荒い。

 呼吸器系の感染症でも起こしたかな、と思って調べたが、目ヤニ・鼻水などはなく、体も綺麗だった。往年の毛艶は失われ、尻尾の毛も薄くなってきたが、チュチュも歳だからそれは仕方無い。

 数日様子をみたが、一向に良くなる気配はない。好物は一応食べているようだが、しかし明らかに体重が減ってきていた。


 週末、早目に仕事を切り上げて帰ってくると、チュチュの呼吸はいつもより更に荒く、苦しげだった。息をする度に大きく横っ腹が動く。毛並も悪い。しかし意識はしっかりしていて、ケージから出すと「ナンダナンダ?」と辺りを見回し、絨毯に置かれたカボチャの種に向かってトタトタヨロヨロと駆け寄る。

 チュチュは一年程前に脊椎卒中を起こし、その後遺症で後ろ足が上手く曲がらず、歩き方がやや頼り無い。ネズミにしては腰高な感じでトテトテと走り、時々バランスを崩してコケッと横向きに転ぶ。

 カボチャの種を手に入れたチュチュが、柔らかい中身を取り出す為にガジガジと硬い殻の縁を噛み切り始め……そしてなんと途中でギブアップした。しっかりと両手で種を握り締めたまま、ゼーゼーと荒い息を吐くチュチュ。食い意地の張ったチュチュが大好物のカボチャを食べないなんて、危篤一歩手前に違いない。既に時計は夜の11時を回っていたが、靴の箱にタオルを敷いて即席チュチュ用救急車を作り、知り合いのやっている二十四時間オープンの救急病院へ連れて行った。チュチュは靴箱の中でも種を握り締めていた。


 病院で酸素ケージに入れて三十分ほど様子を観たが、チュチュの呼吸は荒いままだ。悪い予感がする。しかし酸素ケージの中ですら種を放そうとしないチュチュ。食べ物に対するその純粋なまでの執着心に呆れを通り越して感心した。

 そんなチュチュ君から種を奪い、憤慨する彼のX線写真を撮った。予感的中。チュチュの心臓は通常の二倍のサイズに膨らみ、肺は白く濁っていた。


 拡張型心筋症の悪化によって引き起こされた鬱血性心不全、それによる肺水腫。


 拡張型心筋症の原因は遺伝、ウイルス等色々とあるが、チュチュの場合は唯ひとつ。慢性肥満だ。


 簡単に説明しますと、

 万年デブのチュチュ君 → 肥満による高血圧 → 心臓の筋肉が長年のオーバーワークで段々と痛み、弱まり、やがて水を入れ過ぎた水風船のように膨らむ(拡張型心筋症)→ 筋肉の繊維が伸びきっているために左心室の血液を体に押し出すポンプとしての力も弱く、更に心臓が肥大することによって心臓の弁に隙間が出来て、血が逆流し始める → 上手く流れずに溜まった血液によって心臓内の圧が高くなり、その影響で肺から心臓への血液の流れも悪くなる → 肺の中の圧が高くなる → 肺が水漏れを起こす(肺水腫)


 肺水腫とは、肺胞や気管支の中に漏れ出した水が溜まった状態だ。いくら息をしても酸素が肺胞まで届かず、血液の中に酸素を取り込むことが出来ない。つまり地上にいながら溺れているようなもので、物凄く苦しい。X線と血中酸素飽和度を見る限り、チュチュの肺水腫は生きているのが不思議なほど悪い状態だった。


「あのう、安楽死……もしアレだったら、僕がやるけど」と遠慮がちな友人の申し出を丁重に断り、代わりに皮下注射用の利尿薬を分けて貰った。

 靴箱に戻されたチュチュは、再びしっかとカボチャの種を握り締めている。チュチュはこの種を食べるのをまだ諦めてはいない。ならば私が諦める訳にはいかないではないか。


 利尿薬とはその名の通り、尿の量を増やすことによって体内の水分を体外に放出するのに使われる。急性水腫の治療などに効果的で、犬猫の治療には私もよく使う。しかし相手は砂ネズミ。一体どれ程の量を処方すれば良いのだろうか。


  当たり前だが動物のサイズは多種多様。人間だって多少の違いはあるだろうが、しかし砂ネズミとゾウほどの違いは無いだろう。それより問題は、生物学的構造の違いだ。猫に効く薬が犬にも効くとは限らない。兎には効果的でも、馬なら殺してしまうかもしれない。

 私がチュチュに使おうと思った利尿薬はわりと副作用が少なく、人間を含む様々な動物に使われる薬だ。だから多分安全なハズ……チュチュってしぶといし。などと自分を慰め、とりあえず犬に使う場合の最低量(体重1キロに対し2ミリグラム)を与えてみることにした。しかし計算してみたところ、ここ数日で激痩せして体重が70グラムを切っていたチュチュ君が必要とする量は、14ミクロリットル。如何になんでもそんな微量を注射できる使い棄ての注射器なんてない。夜中の二時半、ジェイちゃんは自分の職場の研究室に走っていき、最先端の器具を使って慎重にチュチュの薬を薄め、一度に200ミクロリットル注射出来る様にしてくれた。


 利尿薬の効き目は早い。普通なら三十分前後で効果が見られる筈だ。しかし一時間経ってもチュチュの様子に変化はない。もう一度先程と同じ量を与えて様子をみる。変化なし。

「ジェイちゃん……これ、薬入ってるんだよね?」とジェイちゃんに疑いの眼差しを向ける。

「失礼な! そんな事を間違えるほど僕はバカじゃない!」と憤慨するジェイちゃん。

 更に一時間後、チュチュの呼吸があまりに荒いのを見兼ねて、先程の倍の量を打つことにした。私の手元を覗いていたジェイちゃんが蒼ざめる。

「ちょ、ちょっと、それって多過ぎじゃない? トータルで考えると四倍だよ?」

「そうだけど、この薬って動物によっては半減期が短いし、この薬が効かなければどうせ死ぬんだから、一か八かの勝負でしょ」

 薬を打って三十分後。変化なし。少し考え、更に薬を足す。そして二十分後、チュチュがハッとした顔で辺りを見回し、靴箱の隅で大量のオシッコをした。おおお、と顔を見合わせて感動する私とジェイちゃん。私が新しいペーパータオルを取りに行っている間に、チュチュは再びオシッコをして、呼吸も見違えるほど楽になった。目を細めて嬉しげにカボチャの種を食べ始めたチュチュを見て、「不死身……」と呟くジェイちゃん。

「イズミによる人体実験を生き抜くとは、流石チュチュだね!」

「人体じゃないし。まぁチュチュちゃんもママが腕の良い医者でラッキーだったよね」

「いや、アレは医者の目付きじゃなかった。ラスベガスでブラックジャックをしている時の目付きだった。賭博師イズミ、チップはチュチュの命だ!」

「ジェイちゃんの頭でロシアンルーレットして欲しくなかったら、ちょっと買い物に行って来て!」

 朝の五時。元気にウロウロとカボチャの種を求めて絨毯を探検しつつ、三度目のオシッコをしたチュチュを見て、慌ててジェイちゃんを町へお使いに出す。必要な物はペースト状になった人間の赤ちゃん用離乳食。カボチャ、リンゴ、ブルーベリー、チキン等を少しづつ混ぜ合わせ、水を足してスポイトでチュチュに飲ませる。

 利尿薬は下手をすると体内の電解質のバランスが崩れ、脱水症状を起こすので、栄養補給と水分補給が大切だ。ちょっと反直感的だが、大量の利尿薬で肺に溜まった水を絞り出し、同時に脱水症状を起こさないようにしっかりと水分補給する。排出と供給のバランスを求め、その日からチュチュ君のイン&アウトは全て綿密に計算・記録されることとなった。


 色々と試してみた結果、チュチュは犬猫に通常使われる量の五〜十倍の薬を一日三回、七〜八時間毎に必要とした。これは恐らく彼が砂ネズミであることが関係している。

 砂ネズミはモンゴルの砂漠に住む。つまり、殆ど飲水の無い環境でも、虫や植物などから得る僅かな水分を効率良く吸収し、そして無駄にしない。(注:ケージで飼われている砂ネズミにはちゃんと水を与えて下さい。)つまり腎臓の働きが活発で、尿が濃く、ちょっとしか出ない。砂ネズミの強靭な腎臓に大量の薄い尿を作らせる為には、半端ない量の利尿薬が必要だったのだろう。しかしこれはチュチュというかなり変わった個体に因るものかも知れないので、もし万が一コレを読んでいる貴方が獣医で、且つ肺水腫の砂ネズミの治療をする必要のある場合は、いきなり十倍の薬とかは使わないで下さい。

 

 脱水症状を防ぐため、一時間半〜二時間毎に0.5〜1ミリリットル程の餌を食べさせる。餌とは水を混ぜたベイビーフードだ。チュチュは最初の一口でこの餌を非常に気に入り、餌のシリンジを見ると飛びついてくるようになった。注射を打ち、美味しいご飯をゴクゴクと飲み、私の膝の上でグルーミングして貰い、満足気に昼寝するチュチュ君。数日で彼はすっかり元気になり、私のオフィスをトテトテ歩いて見物してまわり、「信じられない」と事情を知る職場の獣医仲間達を驚かせた。

 カボチャの種や甘いシリアルなら自分で食べるようになったが、固形の完全栄養食の存在は完全に無視され、なかったことにされている。ベイビーフードは水分補給を兼ねた非常食として食欲をそそるように適当に混ぜているだけだ。栄養バランスは余り深くは考えていない。

 一週間位でダメになるかと思ったが、あまりに元気なチュチュを見て考えを改めることにした。長期戦へ向けて、病気のネズミ用のハイカロリー完全栄養食を与えることにする。粉末状で植物繊維がタップリと含まれ、水を必要に応じて混ぜるだけだからベイビーフードよりも簡単だ。

 

 用意されたシリンジを見て、「ゴハンゴハン!」と大喜びで飛びついてくるチュチュ。最近の彼はカボチャの種よりもシリンジを見た時の方が興奮しているのは気のせいか。しかし一口食べた途端、「……アレ?」と不思議そうな顔をして、続いてムッとした表情で口を閉じた。

「チュチュちゃん、ワガママ言っちゃいけません」

 歯の隙間にシリンジを抉じ入れて無理矢理飲ませようとしたが、チュチュは頑として飲み込もうとせず、口から溢れた餌で顔がドロドロになる。おまけに私にグルーミングされることに慣れたチュチュは、顔や胸がドロドロになっても私が濡らしたタオルで綺麗にしてあげるまで知らんぷりしている。齧歯類にあるまじき態度だ。

 完全栄養食に甘いリンゴやブルーベリーのペーストを混ぜてみたがダメ。殻を剥き、磨り潰したカボチャの種を混ぜてもダメ。余程不味いのか、チュチュが異常なまでに我儘グルメなのか。答えは間違いなく後者であろう。

 シリンジの先に混じり気の無いリンゴのペーストを付けてやっても殆ど興味を示さない。おっかしいなぁ、と呟いた時、ふと冷蔵庫の隅に少しだけ残っていたチキンのペーストが目に付いた。まさか……と思いつつも、試しに少しだけチキンを混ぜてみる。

 チキン味のシリンジをひと舐めした途端に眼の色を変えて飛びつくチュチュ君。シリンジの先を噛み切らんばかりの勢いだ。死にかけのネズミの癖に、飼主も呆れるほどの超肉食系。甘いリンゴやカボチャの種よりも肉が好き。世の中にこんな美味しい物が存在するなんて! 齢五歳にして、チュチュの世界は大きく開けたのだ。

「肉ばっかり食べてたら、腎臓に負担がかかるからダメ!」

 そんなツマラナイ言葉に耳を貸すようなチュチュではない。だからこそ万年肥満体型で心不全なんか起こすのだ。そしてその日から、シリンジの中身をチキンだと思わせて完全栄養食をチュチュに食べさようとする私と、如何に上手く完全栄養食を避けてチキンだけを食べるかに全身全霊を賭けるチュチュの戦いが始まった。


 我が家から仕事場までは自転車で約五分。数時間毎に薬や餌を必要とするチュチュ君は無論毎日私と共に仕事場に来る。チュチュ君輸送用には小さな箱を使い、仕事場にはタオルを敷いたベッド用の靴箱とティッシュを敷いたトイレ用の靴箱が常備された。チュチュ君の専属ドライバーはジェイちゃん。別に親切とかではなく、奴は私が片手でチュチュの箱を持って自転車に乗り車道を走るのを非常に怖がるのだ。ちなみに本人の危機感は薄い。


 そんなある日の事。

 寝過ごしたジェイちゃんを置いて、チュチュと共に先に家を出ようとした私をジェイちゃんが慌てて止めた。

「チュチュは僕がイズミのオフィスまで連れて行くから!」

「別にいいけど、薬の時間に間に合うように、ちゃんと一時間以内に連れて来てよ? あと新しいタオルも持ってきてね」

 一時間後、ジェイちゃんは輸送用の箱ではなく、タオルを敷いた靴箱にチュチュを入れたままオフィスに現れた。

「ちょっと、なんでチュチュタクシー(輸送用の箱の愛称)じゃないの?!」

「いいじゃん、別に。どうせコレ持って自転車乗るのは僕なんだからさ」

「全然良くない。チュチュはこの穴から脱走出来るんだからねっ」

 靴箱の蓋に開けられた直径二センチ程の穴を指差して怒ると、「そんなまさか」と言ってジェイちゃんは笑った。

「デブのチュチュがそんな小さな穴を潜り抜けられるワケがない」

「毛がふわふわしているから分かり辛いだけで、チュチュは激ヤセして、もうジェイちゃんの仲間じゃないんだからね。我が家のデブはジェイちゃんだけなんだからね」

「オーケー、オーケー」などとヘラヘラ笑うジェイちゃんには反省のカケラもなかった。


 そして夜の八時過ぎ。日が沈み、辺りは薄暗いが、まだ完全に暗くなるまでは少し時間がある。迎えに来たジェイちゃんと共にオフィスを出て、自転車に乗る前にタオルで靴箱の穴を塞ごうとしていると、「もういいから早く行こう」とジェイちゃんが珍しく苛ついた声を上げた。

「お腹ペコペコだし、犬達が待ってるよ!」

「……ちゃんと穴が塞がってないから、チュチュが出ないように気を付けてよ?」

「ハイハイ」

 一抹の不安を感じつつ、靴箱をジェイちゃんに渡した。

 そして五分後。ガレージで何やらゴソゴソしているジェイちゃんを残して家に上がり、靴箱を開けた。チュチュはいなかった。


 あの瞬間、自分が何を考えたかはよく憶えていない、というより、本当に頭が真っ白になった。脳波を測っていたら、脳死時よりも更に平坦なフラットラインが出たのでは無いだろうか。

 階段を駆け下り、ガレージに飛び込んでジェイちゃんの前に仁王立ちした。

「YOU!!!! YOU LOST HIM!!!!」

 私の形相を見たジェイちゃんは、一瞬ポカンとして、続いて私を押しのけると四段飛びで階段を駆け上がり、チュチュの靴箱を開けた。そしてタオルを掴んで広げ、まるでそこにチュチュが引っ掛かっている事を期待するかのように振り回し、更に空っぽの靴箱を逆さにして叩いた。マジックショーでもあるまいし、18x30センチもないような靴箱の何処に一体チュチュが隠れているというのか。奴の動顚の程が窺える。怒りのあまりに言葉もない私を置いて、ジェイちゃんは再び四段飛びで階段を駆け下り、自転車に飛び乗った。


 絶対に見つかる訳がない、という冷静な諦めと、しかし胸を掻き毟りたくなるような焦燥に駆られて私も家を飛び出した。時計はすでに八時半を回り、外は真っ暗になる一歩手前だ。

 仕事場までの道は大学の構内とはいえ、かなり交通量の多い道路。そして片側二車線計四車線の太い道路を横切る。車だけでなく、自転車が引っ切り無しに走り、犬を連れて散歩している人や、カラスなども多い。そして道路の横は数試合同時に行われる程に広いサッカー場。路上駐車。茂み。視界のきかない夕闇の中、全長十センチにも満たない茶色のネズミが見つかる訳がない。


 家から走り出た私は、怒りと絶望に震えつつ、何故か車道の真ん中だけを見て走っていた。小動物が真っ先に逃げ込みそうな薮の陰や停まっている車の下は一度も見なかった。

 そして大通りの二十メートルほど手前に差し掛かった時、左折してきた車のヘッドライトの光の中に私はソレを見た。


 やや腰高な小さな影。ヨタヨタと頼りない足取りで数歩走り、コケッと転び、再び立ち上がってヨタヨタ……。


 車道に飛び込み、小さな影を手ですくい取り、そのまま反対側の薮の中に転がり込んだ。背後で悲鳴が聞こえた気がしたが、恐らく私の身代わりとなって車にはねられた私の守護霊だろう。ナムアミダブ。


 恐る恐る開いた手の中で、チュチュは私を見上げ、ふうっとひとつ大きく溜息をついた。


 走っている自転車から落とされ、その真後ろを走っていた私やその後何台も通ったであろう自転車や車に轢かれることもなく、ジョギングしている人に踏み潰されもせず、犬やカラスにも襲われず、そして陽の沈みきった薄暗がりの中で、車に轢かれてペタンコになる三秒前に私に発見されたチュチュ。まさに奇跡としか言いようがない。

「チュチュ発見! 無事救出!」

 当ても無く暗闇の中を彷徨っているであろうジェイちゃんに電話する。本当は罰として二時間ぐらい放って置こうかとも思ったのだが、チュチュ発見の感動を誰かと分かち合いたいという気持ちが勝った。

「信じられない。あり得ない。オマケにあの薄暗がりでこんなちっこいモンを見つけたのが、超ド近眼で鳥目のイズミってところがまたあり得ない」

「チュチュが見つからなかったら、どうするつもりだったの?」

「絶対に見つかるわけがないとは思ったけど、でも手ぶらで帰って家に入れて貰えるとは思わなかった。 イズミが怒り狂っている姿は見慣れてるけど、あんな凄まじい形相は初めて見た。もう絶対にコレだけは一生赦して貰えないだろうと思った」


 二十分程の大冒険の間に少なくとも十回は死んでいると思うのだが、チュチュは完全に無傷だった。腹に溜め込んだ命のスペア、ジェイちゃんの人生の運の全て、そして私の人生の運の半分くらいを使い、無事に生還したチュチュ君は、家に帰って五分後にはケロリとした顔で、「あー、大冒険でお腹がペコペコだ! ゴハンゴハン!」とシリンジにむしゃぶりついていた。


 人にしろ獣にしろ、チュチュほど神経の太い生物を私は他に知らない。

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