モカ&ラテ(中盤戦)

 二週間程すると仔犬達は身体つきもしっかりしてきた。まだ耳も目も開いていないが、しかしこんなチビでも既に性格が現れ始める。


 モカちゃんは甘えん坊でダンボール箱に入っているとすぐにミュウミュウと泣く。膝に抱くと泣き止みクゥクゥと大人しく寝る。病弱なわけではないが、女の子らしくスラリとした骨格で、ミルクを飲むのにも時間がかかる。

 ラッテくんは滅多に泣かない。肩の辺りも逞しく、骨太でがっちりしている。ミルクなんか哺乳瓶が凹みそうな勢いで一気飲みだ。しかし彼には脱走癖があった。目も開いていない仔犬の癖に、ダンボール箱の壁をむ〜んと頑張ってよじ登り、ボテッと箱の外に墜落する。そしてハイハイして部屋のド真ん中まで行き、そこで仰向けになってグゥグゥ寝る。暑いのかな、と思い箱の温度を涼しめに調節してやったが、別にそういうワケではないらしい。ただひたすら箱の外に出たがる。根っからの冒険者なのか、広い世界への憧れが強いらしい。しかし私が寝ている間にコレをやられては危ないので脱走防止にダンボール箱の壁を高くしたところ、彼は物凄く憤慨して箱を引っ掻きむしっていた。


 リディアはとにかく仔犬が気になり、ずっと箱のそばについている。遊びに来た友人が仔犬を抱くと、物凄く心配そうな面持ちで背後からじっと見つめる。しかし仔犬の世話を手伝うような甲斐性はない。精々モカがミュウミュウと泣きはじめると、慌てて私に知らせに来るくらいだ。


 二週間が過ぎた頃、寝ている仔犬達を完全無視するどころかワザと踏みつけて歩いていたエンジュに変化が現れた。

 絨毯で日向ぼっこしていたラッテにエンジュが近付き、ふんふんと匂いを嗅いだ。仔犬達が来てから初めてだ。黙って見ていると、エンジュが寝ているラッテを鼻先で突ついて仰向けに転がした。ラッテが何やらむぎゅむぎゅ言いながら手足をバタつかせ、腹這いに戻る。それを見て、エンジュがゆっくりと三十五度くらいの角度で尻尾を振った。コレは完全に、新しく面白いオモチャを見つけた時の表情だ。

 再びラッテを仰向けに転がすエンジュ。むぎゅむぎゅ言いながら腹這いに戻るラッテ。エンジュの尻尾の振りが大きくなった。ニヤついた顔で、ふんっと乱暴に鼻先でラッテを転がす。コロコロと二〜三転するラッテ。と、突如リディアがエンジュに吠えかかった。

 エンジュが露骨に「チッ、うっせーな」といった表情でリディアを睨む。そして今度は隣でスヤスヤと寝ていたモカに近づき、鼻先で乱暴に転がした。

「ガウガウガウッ」とリディアが文句を言い、エンジュから守るようにモカとラッテの間に陣取る。元々エンジュとリディアはあまり仲が良くないのだが、しかしランク的にはエンジュが上だ。エンジュがムッとした顔でリディアに向かって牙を剝く。しかし私が見ていることに気づくと、「チッ、仕方ねぇな」とでも言うように目を逸らし、仔犬達から離れた。

 しかしその日以来、チビ達をオモチャ認定したエンジュは事あるごとに二匹を弄くりだした。そしてリディアはエンジュがチビ達に近づかないように見張る。エンジュも少しは後ろめたいのか、リディアと面と向かって喧嘩するような真似はせず、彼女が寝ている隙を狙ってチビ達をこねくり回す。しかしリディアも馬鹿ではない。彼女はエンジュの奇襲に備え、チビ達の半径五十センチ以内で眠るようになった。


 仔犬達は二週間半程で耳が開き、三週間が過ぎた頃に目が開き始めた。しっかりした身体つきの割にはやや遅かったが、まぁ個体差があるので特に問題はない。

 開いたばかりのぼんやりとした青みのかかったダークグレーの瞳では、まだ物の形もはっきり見えないはずだ。しかし目アキになった途端にチビ共は風呂に抵抗するようになった。

「気持ちイイでしょ! お風呂好きだったでしょ!」と言っても、「いやーいやー」と大騒ぎしてバシャバシャと水を跳ね上げる。実に生意気なのだ。


 丁度この頃、両親が私の卒業式に合わせて日本から遊びに来た。

 目アキになってもチビ達の性格は変わらず、ラッテは手はかからないが目を離すと脱走し、モカはすぐにピーピー泣く。三週間を過ぎればミルクも夜は五時間おきで良いので夜中にモカが泣いても放っておいたのだが、我が母は「うるさくて眠れないし、かわいそう! そもそも泣くのを放っておくなんて、情操教育に良くない!」とか言って夜中に箱から出して抱き寝していた。彼女が勝手にやる事なので放っておいたのだが、三日ほどすると、「なんか耳の辺りが痒い」と言い出した。見ると首から耳にかけて何やら赤くなってかぶれている。

「モカちゃんがピーピー泣くから抱っこして寝てたらね、耳たぶをちゅうちゅう吸うのよ。耳許でジュウジュウってうるさいけど、泣くよりマシかと思ってたんだけど。困ったわねぇ」

 あなた、そりゃ三日も耳たぶを吸われれば、肌もかぶれるでしょうよ。全く何やっているんだか。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る